第一部

 あったことか、なかったことか。七つの国を七回越えたまだ向こう、ギルガーツィアよりも遠く、オペレンツ海を渡ったはるか彼方で起きた出来事だ。

 偉大なるヤーノシュ王が長きにわたるいくさを終えて、数年ぶりに領地のエルデーイへと帰って来た。

 金銀財宝あまたの戦利品を略奪したヤーノシュ王は、この機会におのれの財産を調べ上げて目録を作ろうと思い立ち、臣下に命じて一週間で完成させた。それが終わると、ヤーノシュ王は一番の財産である妻や息子たちとともに、おだやかな日々を過ごした。

 一ヶ月後、ヤーノシュ王はまた出陣することとなってしまった。

 別れを惜しみつつ、家族に見送られて領地を出たヤーノシュ王。ナジセベンの街を望む山中で、彼はひどくノドが渇いてしまった。すぐ近くにある湖へ臣下に水を汲ませに向かわせた。

 けれども、命じられた臣下は空の革袋を持って戻って来た。何でも水を汲もうとしたら、突如、雷に打たれたのだという。べつの臣下を向かわせたが、二人目も三人目も、同じく雷に打たれて戻った。

 そこでしかたなく、ヤーノシュ王自身が湖へ行ってみると、彼の前に悪魔が現れて言った。「わらわはスコロマンスの悪魔じゃ。ここはわらわの湖ゆえ、たとえヤーノシュ王といえどタダで水を飲ませてやるわけにはいかぬ」

「ならば悪魔よ。何が望みだ。言ってみるがいい」

「そうじゃな。音に聞こえしヤーノシュ王ともなれば、数え切れぬほどの財産を持っているじゃろうて」

「いや、数え切れぬというほどではない。実はちょうど先日、わが財産をひとつ残らず調べ上げ、目録を作成させたところだ」

「なるほど。ではこうしよう。湖の水を飲ませてやる代わりに、目録からもれた財産をもらおうか」

 ヤーノシュ王はあまりにノドが渇いていたので、深く考えず了承してしまった。「よかろう。目録にはわが財産をひとつ残らず載せてあるはずだが、もしも何か書きもらしがあったとすれば、どうせたいしたモノではあるまい。くれてやったところで同じコトだ」

「神に誓うか?」

「ああ。神に誓って約束を守ろう。王に二言はない」

 すると悪魔はこう告げた。「引っかかったな。目録に載っていない財産とは、王妃が昨夜身籠った姫のことじゃ。さあヤーノシュ王よ、湖の水をたらふく飲むがいい。その代わり、そなたの娘はいただく。十二年経ったら迎えに来るからな」

 それだけ言い残すと、悪魔はつむじ風とともに消えてしまった。

 ヤーノシュ王と妻は嘆き悲しんだが、約束してしまったものは取り消しようがない。イロナと名付けた娘を、いずれいなくなるものとして愛情をいだかないよう育てた。

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