第21話 退鬼師と最強


 暁の外、東北方面。過去に鬼によって破壊された町を通る境界川が決壊し、再び多くの鬼が出現していた。

 確認されているのは、「赤」が五体、「青」が二体、「緑」が一体、「黄」が四体の全十二体。その内、半数近くが既に実体化しているとのことだ。


「前回とあまり変わらない数ですけど、出動部隊の数は多いんですね」

「それだけ決壊した川が大きかったってこと」

「かっ、川が大きいと、開いた亀裂も広がりが早くて……。だから、新しい鬼の侵入を防ぐためにも、一刻も早い討伐が求められるんです」


 ヴァンでの移動中、今回の鬼の情報を聞いた桜は、鬼の数の多さよりも出動部隊の数に驚いた。数の多さに対して出動部隊を変えているなら、何故、前回は第一部隊だけだったのかと。

 だが、それもリオンと貴澄が説明をしてくれたことで、すぐに納得がいった。

 リオンは全面のディスプレイに表示された、決壊した地点の映像を見ながら眉間に皺を寄せる。


「あと、鬼も相当な強さだと思うよ。川の広さと出現してからの時間を考えても、霊力を消耗した鬼が、瘴気体から実体化するまでのスピードがかなり早い」

「そのとおり」

「玲央兄。他の隊長との話は終わったの?」


 ディスプレイ横のドアが開いたかと思えば、運転席側にいた玲央が入ってきた。

 今回は合同での討伐となるため、他の部隊とどう動くか隊長同士で話をしていたのだ。

 リオンの問いに無言で頷いた玲央は、端末を操作して映像を切り替える。

 四等分されたディスプレイにそれぞれ映し出されたのは、四体の黄の鬼だ。実体化しているのは三体。手に持った両刃鋸で、辺りの倒れた建物や木をさらに破壊している。瘴気体のものは辺りをうろついており、憑依する物を探しているのかもしれない。


「第一部隊が討伐するのは、この鬼だ。第二部隊は赤、第三部隊は青、第四部隊が緑を担当する」

「黄かー。あいつら、行動パターンが読みにくいからなぁ」

「退鬼具が届く範囲内なら攻撃。これで事は済むだろ」

「うわ、出た。脳筋思考」

『これだから、退鬼具の扱いが荒いと西郷に怒られるのじゃ』


 嫌そうな顔をしたリオンと違い、軽々と言ってのけた明日葉。だが、それはあくまでも大剣という、攻撃力の高い退鬼具を持つ明日葉だからこそ出来る芸当であり、リオン達には難しいものだ。

 珊瑚も呆れを滲ませており、主の無茶ぶりに苦労している様子だった。


「…………」

「柊矢さん?」

「少し、無茶をさせるけどいいよね」


 黙ったままの柊矢に声をかければ、彼は突然、不穏な言葉を発した。

 疑問系ではないそれの意味を問おうとするも、玲央が今回の作戦を話し始めたことで聞けずじまいになった。


「瘴気体はリオン君、貴澄君。明日葉は後方にいる鬼を、柊矢は中間地点の鬼を。俺は最前にいる鬼を討つ」


 最前というのは、町から見ての距離だ。町まではあと一キロもない。鬼同士がやや離れているため、ヴァンは鬼達の中間地点に降りることになっている。

 誰より早く討てる自信があるからこそ、玲央はより緊急性の高い鬼を受け持つことにしたのだ。また、柊矢を中間地点に当てたのは、桜の怪我の状態もある。


「桜君の降神は――」

「しない。より早く討つ必要があるなら、降神しないほうが効率がいい」

「また桜に無茶させるの? その怪我だと、安静にって言われたんじゃない?」

「勿論。俺がサポートに入る」


 今までの戦闘と同じように、桜に戦わせて自分はほとんど動かない気なのか。

 責めるように言うリオンだが、柊矢から返ってきたのは今までにない答えだった。

 全員が目を瞬かせ、一瞬の沈黙が車内を満たす。

 やがて、一足先に我に返ったリオンが桜に訊ねた。


「えっ。何、どっかで頭打ったの?」

「柊矢がサポートって……何のフラグだ? これ」

「だだっ、大丈夫ですか? これから、大変な戦いになりそうですけど……」

「ちょっと。君達、失礼すぎ」


 ざわつく三人をじろりと睨んだ柊矢だが、それだけ彼の発言は驚きをもたらしたのだ。何せ、今までの柊矢なら「サポートに入る」など一言も言ったことがないのだから。

 玲央は柊矢の心境の変化に表情を和らげた。そして、到着まで時間がないことを思い出して話を切り替える。


「到着までもうすぐだ。それぞれ、討伐が完了次第、終わっていないところに合流、もしくは亀裂の修繕に向かうように」

「「「「「了解」」」」」


 早く修繕しなければ、新しい鬼が出てきてしまう。それだけは防ぎたい。

 少しして、ヴァンが目的地に到着し、玲央を先頭に各々がヴァンから出る。


「第一部隊、出撃する」


 インカムで黎明に伝えた玲央の一言を号令に、対象の鬼へと向かって地を蹴った。

 桜は柊矢に続いて駆け出す。柊矢の担当は最も近い位置にいる鬼だ。

 少し走ったところで、柊矢は建物の陰に身を隠したまま、後からやって来た桜に止まるよう手で制する。

 桜も物陰から少しだけ顔を覗かせて見れば、目的の鬼が両刃鋸を引きずりながら歩いているのが確認できた。


「どうするんですか?」

「……出て」

「え」


 無防備に前に出れば、鬼からすれば格好の的だ。

 相手は動きが読みにくいと言われている黄の鬼。果たして、正面から挑んで対応ができるのか。


「大丈夫。あまりあんたを走らせる気はないから」


 ただ、天音は構えておいて。とだけ言って、柊矢は雷鋼を取り出す。神威は補充しているため、討伐に問題はない。

 桜は無言で頷き、物陰から出て鬼の前に立つ。

 ゆっくりと進んでいた鬼が桜を見つけ、地面と武器が擦れる耳障りな音が止む。


「――天音」

「オオオオオォォォォォォ――ッ!」


 契約印から天音を出せば、空を仰いで雄叫びを上げた鬼が身を屈め、強く地面を蹴って跳躍した。

 だが、そのまま桜に突進してくるわけではなく、周りの建物や車を踏みつけては跳躍を繰り返し、なかなか姿を捉えられない。


「えっ? な、何なんですかこの鬼は」

「黄の鬼」

「知ってます!」


 柊矢も建物の陰から動きを見ているが、鬼は一向に止まる気配を見せない。桜に向けて飛びかかることもせず、ただ茶化すように跳び回っているだけだ。

 このままでは時間が経過するだけでキリがない。

 痺れを斬らせた桜が動こうとしたとき、柊矢が声を上げた。


「桜!」

「っ!」

「動くな」


 足が地面に縫い止められたかのように動かなかった。

 ふいに、初めて鬼を討伐した時を思い出した。あのときも、黄の鬼を討伐しようとしており、姿を隠した鬼を見つけるために柊矢が手を貸してくれたのだ。

 柊矢は雷鋼を桜の頭上に向ける。何もない空中だが、迷わず彼は引き金を引いた。


「――雷雨」


 電流を纏った弾が撃たれ、桜の遙か上で弾ける。

 四方八方に散った電流の弾が跳び回っていた鬼を掠め、鬼は痛みに悲鳴を上げ、地面に転がり落ちた。

 ぶつかった建物が崩れ、その音で我に返った桜は天音を構えて地を蹴る。


「――退鬼、霊刃」

「――退鬼、雷銃」


 桜が天音を振るい、白い刃を飛ばす。また、柊矢が雷鋼で鬼を撃つ。

 刃は鬼の左胸を斬り、そこに電流を纏った弾が撃ち込まれる。

 言葉にならない絶叫が辺りに木霊し、やがて、鬼が消えると同時に悲鳴は小さくなっていった。


「おっと。もう終わった?」

「リオンちゃん!」

「だ、大丈夫ですか?」

「ありがとう。私はちょっと走ったくらいだから、大丈夫」


 討伐が終わってすぐ、リオンと貴澄が奥の建物の陰から出てきた。走ってきたのか、貴澄は肩で大きく息をしている。

 さらに、別方向からは明日葉と珊瑚、玲央も合流した。


「あっちの亀裂は修繕してきたぜ」

「これで第一部隊の任務としては完了だが、他の部隊がまだ苦戦しているらしい。そちらの応援に向かおう」

「……ん? 隊長、俺達の補助がなくない?」


 早く討伐が終わった者から、他の討伐の補助に回るはずだった。勿論、討伐ができていなければの話だが。

 しかし、玲央は柊矢よりも奥にいた明日葉と一緒に現れた。明らかに、柊矢達を一度通り過ぎている。

 柊矢の指摘に、玲央はきょとんとしていたが、すぐに切り替えて端末を取り出した。


「さて、一番近いのは……」

「ちょっと」

「いやぁ、柊矢が初めて桜君の名前を呼んでいたから、びっくりしてね」

「はっ!」

「盗み見るとか趣味悪過ぎなんですけどー」


 にこやかに笑んだ玲央の発言で、桜も今まで柊矢にまともに呼ばれていなかったことに気づく。せいぜい、名前を呼ばれたのは最初の降神くらいだ。

 一方、柊矢は恥ずかしいのか、桜を見ることなく玲央を非難している。

 今になって羞恥心がこみ上げてきた桜だったが、ふと、火花が飛び散る音にはっとして辺りを見渡す。

 玲央達も聞き取ったのか、その場に一気に緊張感が走った。

 正体を知る玲央や柊矢、明日葉、珊瑚は警戒心を露わにしているが、リオンと貴澄は只ならぬ気配に戸惑っている。


「桜、降神」

「えっ、ちょっ!」


 突然、柊矢は桜を天音に宿した。何の予告もなかったことに桜が戸惑うも、声は桃の花に飲まれて消える。

 持ち手を失って落下する天音を、地面に触れる直前で柄を握って持ち直した。

 その様子を見たリオンは、戸惑っていたのが嘘のようにすっと目を細め、「ふーん」と声を漏らす。


「まぁ、こんな気味悪い霊力の中で桜をそのままにしてたら、俺が貰うところだった。いろいろ言ってるけど、大事なんだね」

『おやおや。桜も大変じゃのぅ』


 リオンの言葉は一部聞き捨てならない部分があったが、取り合えばにやにやする珊瑚にも新たな楽しみを与えてしまう。

 小さく息を吐いた柊矢は、冷静なままで素直に返した。


「ああ、大事だよ」

 ――えっ!?


 天音に宿っている桜が驚いている声が聞こえた。勿論、持ち主である柊矢以外には聞こえないが、同じ神威である珊瑚には届いたようで、微笑ましげに笑みを浮かべたままだ。

 よくもこんな状況下で、と思いながら、柊矢は音のした方を見て言葉を続ける。


「だから、あの鬼はまだこいつには早いから、俺がやるんだよ」


 小さく開いていた亀裂が、一気に広がった。

 次の瞬間、吹き出してきた大量の漆黒の靄に、貴澄が怯えたように声を上げた。


「ままま、まさか、あれは……!」

「初めて見た……! どうりで、気味悪いはずだよ」

「リオン君?」


 腰を抜かしそうになった貴澄だが、リオンが腕を掴んだことで正気を保てた。辛うじて、だが。

 貴澄は、腕を掴んできたリオンの手も小さく震えていると気づいた。その原因が、目の前の靄への恐怖心であるとも。

 瞬く間に空へと昇った靄は、五メートル程の高さまで膨れ上がる。その中でぎらりと輝いた二つの黒い光が、五人を見下ろした。


「『黒』か。まさか、『最凶の鬼』を拝めるとはな。――珊瑚、降神」

「実体化する前に討つ」


 玲央の表情がいつになく険しくなった。

 現れた鬼は、五蓋が黒だ。滅多に現れることのない黒は、鬼の中でも最も厄介とされている。

 瘴気体の時点で巨大であり、目を合わせたり、長く近くにいれば精神を喰われ、退鬼師が霊力の暴走を起こしてしまう。さらに、実体化をすれば町一つは簡単に消えてしまう程に凶暴だ。

 玲央もまだ一、二回くらいしか出会ったことがない鬼だが、そのときでも多くの退鬼師が犠牲になっている。


「隊長、明日葉。退いて」

「は……?」

「――退鬼、霊刃」


 玲央と明日葉を止めた柊矢は、二人の訝る視線を気にせず、天音を大きく下から上へと振るった。

 直後、軌跡から飛び出した白い刃が、靄をいとも容易く両断した。

 愕然とする玲央達を見て、柊矢は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。


「俺を誰だと思ってるわけ? 『最強』の退鬼師だよ」



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