第17話 退鬼師と決意表明
談話室へと戻りながら、桜は気持ちを整理する。
柊矢は自分と契約をしたことを後悔していると言っていた。だが、今思えば、彼はきちんと指導はしてくれる。スパルタな部分はあるが。
(まだ神威になってから日は浅いんだから、悩んだってしょうがない。後悔しているって言ったのは……多分、世話が面倒だったからだとは思うけど)
清盛曰く、以前はやる気はあったとのことだ。何がきっかけかはともかく、後悔の元が育成への手間だとすれば、桜はその手間を減らすよう努力するしかない。
談話室に近づけば、まだ柊矢の気配はする。
ドアの前で一度止まり、深呼吸をした。先程の緊張とはまた違う緊張感に満ちていたが、割り切れば幾分かは楽になった。
「し、失礼しまーす……」
ゆっくりとドアを開ければ、音に気づいた柊矢がソファー越しに振り返る。
不機嫌に顔が歪んだのを見た瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。
「遅い。何処ほっつき歩いてたの」
「ご、ごめんなさい」
柊矢は、珊瑚から桜が談話室前に来ていたことは聞いていた。何故、すぐに入ってこなかったのかと言いかけて、珊瑚から聞かされた内容を思い出す。
「珊瑚から聞いたけど、用事って?」
「へ?」
何のことかと桜は目を瞬かせる。用事などあっただろうかと。
だが、柊矢は桜が言うのを躊躇っていると思い、また、用事を聞いたところで何と返せばいいのかと自問して話を切ることにした。
「……やっぱりいい。あんたの用事って言っても、大したことなさそうだし」
「あ」
そこで漸く、桜は珊瑚に「用事を思い出した」と言って去ったのを思い出した。
しかし、柊矢はすっかり興味を失ったのか、ソファーから立ち上がると桜の横を通り過ぎて出入り口へと向かう。
「あ、あの!」
「なに?」
「用事って言うのは、その、さっき、手当てをしてくれた志摩さんから、私の霊力が上がってるっていう話を聞きまして……」
「志摩……って。あのババア、よくも……」
突然、出てきた名前に理解が遅れたが、思い浮かんだ一人の女性に小さく悪態を吐く。
柊矢としては、桜の霊力についてはまだ明かしたくなかった。彼女がどういう反応をするか分からなかったからだ。
「手当てが終わってここに来ている途中で、霊力をもっと上手く扱えるようリオンちゃん達に手合わせをしてもらおうと思って……お願いしようとして、一回離れたんです」
我ながら無理な嘘を吐いていると思った。だが、今思いついただけで、手合わせをしたいのは本心でもある。
柊矢はリオンの名前が出た瞬間、嫌そうな顔をした。同じ部隊のメンバーではあるが、あまり関わりたくないのかもしれない。
「それで、探している途中で、西郷さんにお会いしまして……」
「わざわざ鍛冶場まで行ったの?」
「……いろいろとあったんです」
リオンを探すなら、まず本部内からだろう。鍛冶場は正反対だ。
疑いの眼差しを向けてくる柊矢だが、逆の立場なら桜も疑っている。
大雑把に話を流すと、柊矢もそれ以上、追究はしてこなかった。
「西郷さんから、天音のことを聞きました」
「皆、当事者置いて話をしないでほしいんだけど」
「勝手に聞いてすみません」
京子といい、清盛といい、柊矢のいないところで明かされたくない話を次々としている。口止めをしておけば良かった、と後悔したが、時既に遅し。
桜は、溜め息を吐いた柊矢に謝りながらも、彼に話を打ち切られないようにと言葉を続けた。
「天音が、柊矢さんのお父さんの形見だと聞きました。二度、折れたことも」
教材でも学んだ。退鬼具は、折れたり壊れたりしても、神威との契約が切れるのだと。
現に、二度目の補修をした後の天音は、桜と契約を結ぶまで何の神威とも契約をしていなかった。それは、以前の神威との契約が切れていたからこそだ。
「私も、両親を鬼に殺されているので、復讐したい気持ちは少なからず分かります。だから、柊矢さんのお手を煩わせないためにも、もっと早く強くならないと――え? 柊矢さん?」
桜としては、柊矢にとっての面倒事を減らせるよう、努力する旨を伝えたかった。
だが、突然、戻ってきた柊矢が頭に手を置いてきたことで言葉は止まる。
驚いて彼を見れば、柊矢には普段の気怠さはなく、優しい目をしていた。
「よく知ってる」
「え?」
「知ってるから、今日はもう、休んで」
「……ええっ!?」
任務では連戦、筋肉痛により座学となったときも、痛みを緩和させて手合わせをさせたりと、「休む暇があるなら動け」と言わんばかりだった柊矢からのまさかの言葉。
呆れや諦めからではなく、心から休むように言っている。
「あ、あの、どういう意味ですか? 私、何かまずいことを――」
「煩いな。休めるときに休めって言ってるの。はい、出て」
「ええええ!?」
柊矢は桜の後ろに回り込むと、背中を押して談話室から追い出した。閉じたドアの向こうから「明日は嵐かな……」と失礼な呟きが聞こえてきたが、今は取り合う余裕がない。
ドアに背中を預けた柊矢は、大きく息を吐く。
(あんたが復讐したい気持ちは、痛いほど知ってる)
耳の奥で、少女の泣き声が木霊する。帰らぬ両親を思って泣きじゃくる少女の姿も、握りしめた小さな手の温もりも、目を閉じれば鮮明に思い出せる。
振り払うように頭を振った柊矢は、ふと、視線を感じてソファーを見た。
そこにいたのは、死角からひょっこりと顔を覗かせた珊瑚だ。
『昔の自分を思い出したのかえ? それとも――』
「煩いな」
どこかにやにやとして見える珊瑚から逃れるように、柊矢は背中を向ける。
だが、耳まで赤くなっていることに、珊瑚はばっちり気づいていた。
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