第14話 退鬼師と帰還
瓦礫の山の間を通る細い道。
しかし、そこには別の物も通っていた。
「この辺りは調査が済んでいると思っていたが、あんなに細い川があったとは……」
一見すると水気のない地面だが、退鬼師ならば視える川――境界川があった。
暁の周辺は、町が形成される際に川の位置を入念に調べていたはずだが、細さ故に見落とされていたのか、それともごく稀に起こる新しく生まれた川の一例か。どちらにせよ、任務後に報告しなければならない。
「どどっ、どうしましょう! もう亀裂が……!」
「大丈夫。落ちついて」
細い川の一カ所には、小さな亀裂が縦に走っている。先程、玲央が聞き取った微かな音は亀裂が走った音だ。
慌てる貴澄を、玲央は彼を見ずに穏やかな声音で鎮める。そして、桜と柊矢を一瞥して小さく息を吐いた。
明日葉とリオンもこちらに向かってきているため、彼らを桜の応援に向かわせれば、事は楽になるだろう。
(あちらは三体。明日葉達が二体、私と貴澄君で三体討ったから、あとは何処かに潜んでいる二体のみか)
冷静に分析している間にも、空中に出来た亀裂は徐々に大きさを増している。
流れている境界川が細いということは、現れる鬼も相当な強さのはず。
玲央は刀を鞘に戻すと、一緒に帯刀している脇差しを抜いた。加工した
「修繕を急ごう。貴澄君、手伝ってくれるね?」
「はっ、はい!」
「まずは、亀裂の向こうにいる鬼を押し返す。亀裂に
「分かりました」
貴澄の駿河が契約している神威は「大気」だ。火の神威の威力を強めることもできるため、川を決壊させようとしている鬼を怯ませるにはちょうどいい。
視認できないこの神威は、生き物の神威を除けば最も契約が難しいとされている。しかし、貴澄は自己評価が低いことに加え、彼を見下していた一部から「契約は奇跡」と言われたせいか、あまり使いたがらない。
今回は接近してくる鬼が多かったせいで使っていたのだが、貴澄にとっては良い切っ掛けになったようだ。
(やはり、俺の見込みは間違っていなかったね)
真摯に頷く貴澄に、玲央は彼の成長を見た気がして笑みを浮かべる。そして、「行くよ」と一言声を掛けてから、瓦礫の山を一気に下った。
「――
亀裂に明星を突き刺して唱えれば、刀身から炎が溢れ出す。“彼岸”へと流入したことで、微かに鬼の絶叫が聞こえてきた。
それでも、亀裂の広がりは止まらない。
「――
玲央が明星をそのままに亀裂から離れたところで、貴澄は亀裂に向かって槍を突き出す。
駿河に纏わりついていた風は、渦を巻きながら炎と合わさって亀裂へと入り込んだ。
すると、先程よりも大きく鬼の悲鳴が響いた。
「相手が見えないから、討てているかはともかく……」
霊力は強めに流したが、果たして鬼と釣り合っていたかは定かではない。ただ、悲鳴を聞く限りではちょうど良かったようだ。
亀裂が広がらなくなったのを見て、玲央は明星を抜いて亀裂を真横に数度切った。
すう、と消えていった亀裂は、もう開く様子はない。
「ありがとう。貴澄君」
「めっ、滅相もございません!」
「難しい調整が出来たのだから、もっと自信を持ってもいいものだけど……まぁ、振り返りはすべて終わってからにしよう」
今はまだ鬼が残っている。
明星を鞘に戻した玲央は、すぐさま桜達のもとへと向かうために、再度瓦礫の山を登っていく。
貴澄も取り残されないよう、慌ててその後に続いた。
(どうしよう。まだ、一体も倒せていないのに)
桜は、鬼が振るう刺又を避けて内心で呟く。
視界はぼやけ、体の至る所が痛い。足は先程から震えたままで、天音を握っているのがやっとだった。
それでも、本能なのか鬼の攻撃を避けることは出来ていた。正確には、直撃を免れているだけだが。
青の鬼は凶暴性が高いと言われているだけはあり、攻撃も次から次へと休みなく繰り出される。
少し離れた位置にいる柊矢が気まぐれに加勢してくれてはいるが、何故か急所を外してばかりだ。唯一、潜んでいた鬼が奇襲をしかけてきたとき、たった一発で討伐していたが。
(ちゃんと戦力に入れてくれていたのに、全然、役に立ててない……!)
戦いながら、リオン達の様子も見えてはいた。
あっさりと一体目の鬼を倒した明日葉とリオン。そして、貴澄や玲央も次々と鬼を討伐して、今は瓦礫の向こうで何かをしているようだ。
強い霊力が放出されているのを感じ、桜は奥歯を噛みしめる。
「私だって……!」
ふらつきそうになった足を叱咤し、天音を握り直して地を蹴った。目の前の鬼に、まずは一太刀浴びせようと振り上げたときだ。
「っ!?」
一閃は避けられ、代わりに影が掛かる。
見上げれば、いつの間にか背後にいた鬼が刺又を振り下ろしたところだった。
逃げる暇はない。
ぎゅっと目を瞑った桜だったが、空気を打つ音が三度、鼓膜を叩いた。
「……?」
「何を焦っているのかは知らないけど」
恐る恐る目を開けば、雷鋼をこちらに向けた柊矢が映った。
彼の後ろには鬼が迫っていたが、桜が声を上げるより早く、鬼の体を背後から二つの刃が貫いた。
「やったね。俺のほうが早かった」
「核を斬ってんのは俺だっつの」
鬼を刺したのは、リオンと明日葉の退鬼具だ。二人がほぼ同時に退鬼具を抜けば、鬼は膝から崩れ落ちた。
柊矢は二人の口論を気にせず、周りを取り囲んでいた鬼を雷鋼で撃ち抜く。一体、また一体と地面に倒れ、小さく大地が揺れた。辛うじて建っていた近くの古い民家は、その振動で完全に崩れてしまった。
「初心者なんだから、せめて周りを見て動きなよ」
「……す、すみません」
全身から力が抜け、地面に座り込んでしまう。
天音を戻さなくては、と思うも、もう柄を握る力すら残っていなかった。
「大事にならないで良かったじゃないか」
「俺が見てたからね」
明日葉達の向こうから現れた玲央が、呆れ混じりに柊矢に言う。だが、柊矢は桜が無事なのはさも自分の功績のように返した。
確かに、最後は彼が討ってくれたが、それまではほとんど手を出してこなかった。今の桜には、そんな文句を言う余裕すらないが。
玲央は肩を竦め、小さく息を吐いた。
「面倒見が良いのか悪いのか……」
「怪我されたほうが面倒でしょ」
「…………」
リオンと共に桜のもとに歩み寄った明日葉は、柊矢の発言に眉を顰める。
すると、視線に気づいた柊矢も眉間に皺を寄せた。
「何?」
「……別に」
何か言いたげではあったが、この場では言う気はないのか、明日葉はそれっきり、柊矢を見ることはなかった。
リオンによって止血が施される桜を見て、玲央は傍らに控えていた貴澄にヴァンを呼ぶように言う。そして、自らのデバイスを取り出して手早く操作した。境界川の調査部隊を要請するためだ。
亀裂は修繕したとはいえ、別の場所にも綻びがあるかもしれない。また、川自体が増えている可能性も。
「調査は専門部署にやらせればいい。俺達は早々に帰還しよう」
土地の調査は、専門の部署が存在する。彼らは退鬼師ではあるが戦闘を主とはしておらず、退鬼具を所有していない。そのため、護衛として各部隊のどれかがつくこともある。
だが、第一部隊としての任務は一旦は完了した。負傷者もいる以上、このまま護衛の任が下る可能性は低い。
「大丈夫? 歩ける? 抱っこする?」
「だ、大丈夫……」
不安げな顔をしたリオンが桜を抱えようと腕を伸ばすも、羞恥心が勝った桜にやんわりと断られた。
やって来たヴァンに乗り込み、黎明に着いてすぐ、桜はリオンに連れられて医務室に向かった。ヴァンの中で休んだおかげで、天音を戻し、自分の足でしっかりと歩けるくらいには回復できた。たまたま近くを通りかかった退鬼師や事務員は、血塗れの桜を見てぎょっとしているが。
亀裂の件もあるため、報告書は玲央と貴澄でまとめるとのことだ。
柊矢は自室で休もうと寮に足を向ける。
だが、その前を塞いだのは、難しい顔をした明日葉だった。
「あとで、話がある」
「ふーん? 『
「……ちっ。ああ、そうだよ」
ちら、と柊矢は明日葉が手にしたままの北斗を見やる。
悔しげに舌打ちをしてから頷いた明日葉は、恐らく、先程言い掛けていたことを伝えたいのだろう。
俺は話したい事なんてないけど、と内心でぼやいてから、「談話室にいる」と告げて彼の横を通る。その際、一つだけ言いたいことがあったと思い出した。
「珊瑚を無くしたくないなら、もっと扱い方を考えれば?」
「っ!」
それは、柊矢にだけは言われたくなかった。
振り向いた明日葉は、怒りに震えながらも言葉が出ず、また盛大に舌打ちをしてから目的の場所へと急いだ。
「どうせ、こういうことでしょ」
溜め息混じりに吐かれた言葉は、明日葉の耳には届かなかった。
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