第13話 退鬼師と第一部隊


 集合場所は、黎明本館の正面だった。

 既に玲央と明日葉、貴澄は揃っており、珊瑚は「ありがとう、桜」と礼を言って桜の肩から下りる。向かった先は明日葉の肩だ。


「玲央兄」

「皆、揃ったね」


 玲央はやって来た桜達を見てから、任務の内容を伝えるためにデバイスを取り出す。

 部隊全員での任務は初めてだ。単独での任務とは異なる空気感に、桜は両手をぎゅっと握りしめた。


(足を引っ張らないといいけど……)


 まだ霊力の調整方法を碌に覚えていないというのに、戦力になるのだろうか。

 不安に刈られる桜だったが、ふと、視線を感じて玲央へと目を向ける。

 目が合った彼は、にっこりと笑みを浮かべた。


「大丈夫。今度は柊矢もちゃんといるから」

「先もいたけど?」

「降神していなかっただろう?」

「…………」


 心外だ、と言わんばかりに反論した柊矢だったが、玲央の一言は事実であり、返す言葉が見つからなかった。

 不満げに視線を逸らした柊矢は、わざとらしく大きな溜め息を吐く。もちろん、玲央には取り合う気などないが。

 玲央は、デバイスに表示された任務についての詳細を読み上げる。


「出現場所はここから北西に向かった、暁の外だ。五蓋は青。数は今のところ十」

「お、多いですね。赤ならともかく、青が十って……」

「一人二体でちょうどじゃん」


 貴澄が怯みを見せるが、対するリオンは余裕そうだ。これも実力差なのか、それとも気質故なのか。

 ただ、玲央は貴澄ではなくリオンを注意した。


「確かに、リオン君の実力ならそう言えてしまうだろうね。けど、青は凶暴性が高い。甘く見ていると怪我をするぞ?」

「はい。すみませんでした」


 普段どおり軽い調子のリオンだったが、注意を受けると表情を引き締めて謝った。

 玲央は小さく頷いて返すと、任務の詳細の続きを話す。


「現在、鬼は暁に向かって進行中。こちらもヴァンで向かい、町に侵入する前に討つ。鬼の正面から、明日葉とリオン君は左方向に、柊矢、貴澄君は右方向に展開。俺は正面で迎え討つ」

「「「「了解」」」」


 移動用のヴァンはすぐ後ろに控えていた。

 五人は玲央を先頭にヴァンに乗り込み、桜も後に続く。空いていた柊矢の隣に座れば、彼は「降神はさせない」と言ってきた。今回も桜は戦っていいようだ。

 ただ、玲央から名前を出されなかったため、どう動けばいいのか分からない。列を乱せば、戦況に影響を及ぼす可能性もある。


「あの、私はどこに行けば……?」

「俺の視界に入るところにいればいい」

「……難しい注文ですね」


 複数人で動く上に、相手も数が多い。果たして、周りを見る余裕などあるのだろうか。

 しかし、柊矢は大した心配もしていないのか、「着いた」とだけ言うとさっさと出入り口へと歩いて行ってしまった。

 桜は、戦う前から疲労感に襲われ、大きく息を吐いてうなだれる。

 横を通ろうとしたリオンが、その様子を見て怪訝に訊ねた。


「もしかして、また戦うの?」

「そうみたい」

「ええ? ちょっと、玲央兄。あの人何考えてんの?」

「うーん……。降神するよう、一華さんからも言われているんだけれど……困ったね」


 我慢ができず、リオンは上司である玲央に抗議する。

 降神については、当然ながら使用者に意思がなければできないことだ。このままでは、また桜は降神をする機会が失われる。

 すると、意外なところから柊矢のフォローが入った。


「あいつ、桜をあくまでも『神威』じゃなくて、『退鬼師』に近い存在として扱いたいんじゃねーの?」

『おや。珍しいことを言うものじゃのぅ』

「別に、あいつのためじゃねーよ」


 いつもなら柊矢と何かと言い合っている明日葉だが、主張し合っているからこそ、通じるものがあるのかもしれない。また、明日葉は種族は違えども生き物の神威を所有している。

 驚く珊瑚に、明日葉は照れ隠しなのか視線を逸らしてぶっきらぼうに返した。


「詳しいことは本人から聞けばいいだろ。今は討伐が優先じゃないんですか?」

「……そうだね。桜君は、なるべく柊矢のそばか、最低でも誰かが近くにいるように」

「は、はい」

「そんな縮こまらなくたって大丈夫。僕達もしっかりフォローするから」


 さっそく迷惑を掛けてしまい、萎縮する桜の背中をリオンが軽く叩いた。その後ろで、貴澄が「僕も頑張りますから……!」と相変わらず視線は明後日の方向で言った。

 明日葉は出入り口へと向かいながら、数ヶ月前を思い返して笑みを浮かべる。


「リオンは初任務のときからぶっ飛ばして、俺達の足を引っ張るほどだったしな」

「煩いなぁ。討伐はできてたじゃん」

「周囲の損害も大きかったけどな」


 明日葉達について外に出れば、先ほどまでの美しい光景とは一変。

 教科書やテレビなどでも見たことのない、荒れ果てた町が広がっていた。


「…………」


 桜は、生まれてこの方、暁から出たことがない。町の端に行くことも。

 唖然とする桜を見て、最後にヴァンから出てきた玲央は「ああ、なるほど」と彼女が初見であると見抜いた。


「『外』を見るのは初めてかな?」

「教科書や、テレビで見たことはあります。暁の外も、てっきりそうなのかと……」

「そうだね。世間的に広められている映像は、鬼が破壊した後、自分達で瓦礫などを撤去した場所が多い」


 桜が知っている町の外は、何もない荒野だ。時折、町の残骸が残っている程度の。

 何もないからこそ、鬼の驚異は大きく感じられたが、目の前の光景はそれとはまた違ったリアルな恐ろしさを如実に物語っている。


「けど、基本的には何処も『こう』だよ」


 町の外に広がっていたのは、破壊されたままの『町』だった。

 崩れたビルや基礎だけが残る建物の跡、押し潰されて原型を留めていない車も散らばっている。辛うじて形を保っている住宅は蔦に覆われ、割れた窓からは破れたカーテンが風に揺らめいていた。支えを失った軒先は今にも落ちてしまいそうだ。

 また、道路を橋にしたような巨大な物も崩れており、桜が「あれが『高速道路』って呼ばれていた物ですか?」と問えば、玲央は無言で頷いた。


「かつて、暁のあった地には日本の中でも栄えていた都市があった。『東京』とは違った町だけどね」


 建物の瓦礫の跡を見れば、確かに、ここには大きな都市があったと分かる。そして、その大都市を、鬼は僅かな時で破壊したのだと。

 ずしん、と遠くのほうから地響きがした。


「人間ってしぶといよねぇ。――薄氷うすらい

「だからこそ、こうしてまた町を作っているんだよ。――夕月ゆうづき


 リオンと貴澄は、手元に退鬼具である扇と弓を出現させる。

 明日葉も短く「北斗」と呟けば、珊瑚の額が淡く輝き、桃の花びらが溢れ出して渦を巻く。そして、渦の中心から覗いた、小さな身に宿していたとは思えないほどの大剣の柄を掴んで引き抜いた。


「で、壊されないように守るのが俺達の仕事だ」

『自然界もそのために力を貸しておるのじゃ』


 明日葉の肩にいる珊瑚は、真っ直ぐに音のした方角を見て言った。全身から滲み出る霊力が、段々と研ぎ澄まされていく。

 それを感じ取った明日葉が「珊瑚、降神」と唱えれば、桃の花びらに包まれた珊瑚が大剣に宿った。


「ねえ」

「はい」

「……やっぱりいい」

「ええっ!?」


 何か指示があるのかと柊矢を見たが、彼は何かを言いかけて口を噤んだ。こうなった柊矢は、何をしても口を開かない。

 諦めた桜は、先程より地響きの音が大きくなったことに気づき、天音を呼び出す。

 玲央を中心に、桜達は展開しやすいように左右に広がり、接近する鬼に備える。

 やがて、崩れたビルの向こうに、原型を留めない瓦礫の上に、ひび割れた路上に、複数の鬼が現れた。

 鬼としての姿をしたものから、角を生やした巨大な蛇や四つ足の獣と様々だ。ただし、どれも共通して目が青い。

 玲央は左の腰に携行していた刀に手を掛ける。

 その瞬間、彼を包むように水のベールが湧き起こった。


「さぁ、“彼岸”へとお帰り願おう」


 玲央の言葉を合図に、一斉に鬼へと向かって地を蹴る。

 対する鬼も退鬼師の霊力に反応してか、中央にいた一体が大きく咆哮を上げ、手にしていた刺又を振り下ろした。

 刺又が地面にめり込み、その先から四方八方に地割れを起こす。

 同時に突き出てきた岩を、リオンは寸でのところで躱した。


「うひゃあ! 『専用武器』じゃん! 実体化して時間経ってるぅー!」

「得物が長い分隙はある! それを逃すな!」


 鬼には、それぞれが扱う固有の武器がある。この世界に来たときの鬼は、大抵、霊力を消費しすぎたことで武器を失っているが、実体化をして安定した鬼については霊力を練って武器を創り出すのだ。

 リオンの近くにいた明日葉は、はしゃいだように言う彼に檄を飛ばし、別方向から飛び掛かってきた四つ足の獣型の鬼へと視線を移す。

 狼に近い姿だが、大きさは象と同じくらいだ。額や肘から生えた角が、憑依による変化を物語っていた。


「残念」


 明日葉は、地面に押さえつけようと伸ばしていた鬼の前足を避け、にやり、と口元に笑みを浮かべる。

 退鬼具に霊力が流れていき、珊瑚の霊力と混ざって新たな力を生み出した。


「俺は、猫派なんだ」

「――ッ!!」


 鬼の苛立った叫びが空気を打ち、肌が痺れたような錯覚に陥る。

 だが、明日葉は大剣の柄を握ると、地面を蹴って跳び上がった鬼に向かって振るった。


「――退鬼、霊刃!」


 靄にも似た、白い炎を纏った刃が鬼の首を跳ねた。

 切断面は黒く、血が噴き出す代わりに黒い欠片が零れ落ちる。砕かれた鬼の核だ。

 徐々に崩れていく鬼の頭が、最後の足掻きと言わんばかりに顔を歪め、青い目を明日葉へと向けた。


「ちっ。しぶといな」

「――氷矢ひょうし!」


 大剣を構え直そうとした明日葉だが、横から飛来した無数の氷柱が鬼の頭を貫いたことで必要がなくなった。

 氷も水の神威だ。そして、水の神威を扱うのは第一部隊では玲央を除いて一人しかいない。


「やったー! 先輩に貸し作っちゃったー」

「……ちっ」


 氷柱を飛ばしてきたのは、にやにやと笑みを浮かべてはしゃぐリオンだ。

 舌打ちをした明日葉だったが、ふと、リオンの後ろに見えた大蛇に気づくと、彼に何も言わずに「退鬼、霊刃」と大剣を振るった。

 刃の軌跡から白い光の刃が出現し、リオンの横を掠めて背後の大蛇を切り裂いた。


「先輩に、何だって?」

「……性格悪っ」

「どっちがだよ!」


 心底嫌そうな顔で吐き捨てたリオンに明日葉が吠える。

 仲裁したのは、退鬼具に宿る珊瑚だ。


 ――これ。まだ終わってはおらんぞい?

「はいはい」

「んん? なんか、玲央兄と桜の方に集まってるね?」


 鬼はリオン達と同じく横に広がっていたはずだが、いつの間にか玲央や桜の方に鬼が集中している。

 迫ってくる鬼に弓矢では対抗しきれないと思ったのか、貴澄は退鬼具を槍へと変えていた。


「そりゃあ、鬼は霊力が強いほうが好きだからだろ」

「あー、そっか。玲央兄は隊長やるだけあって霊力はトップクラスだし、剥き出しの神威なんて格好の餌かぁ」

「貴澄も人数多いほうで楽そうって思ったけど、案外、そうでもないな」


 鬼は自身の糧にするためにも、より強い霊力を好んで食らう。また、神威は人間よりも純粋で高い霊力を保有している。

 周りに鬼がいないせいか暢気に観察してしまった二人だが、意味を噛み砕いたところで現状の危機に気づいた。


「えっ。やばくない?」

「やばいな」

 ――早う向かわぬか!


 珊瑚の叱咤が飛んだところで、二人はほぼ同時に駆け出す。新たな鬼が現れないことを願いながら。

 その頃、鬼の攻撃を避けては一撃を入れていた玲央は、怪我が増えていく桜を危惧していた。


(このままでは、彼女もただでは済まないぞ)


 柊矢が何を思って神威である桜を戦わせているのか、未だに理由は分からなかった。

 鬼をおびき寄せるための餌の役割にしては、桜に近づいてきた鬼を撃つことはせずに別の鬼を撃っている。

 玲央は目の前の鬼へと最後の一撃を入れると、桜の助太刀に入ろうと動く。

 だが、一歩踏み出したところで微かに聞こえた氷が割れたような音に、はっとして辺りを見回した。


「今のは、まさか……」

「たっ、隊長!」


 瓦礫の上にいる貴澄が、玲央からでは死角になっている瓦礫の向こうを指す。

 玲央は、そちらへと神経を集中させて愕然とした。確認のため、近くの崩れた塀へと飛び乗る。さらに民家の屋根へと飛び移れば、漸く瓦礫の向こうが見えた。

 そこにあったのは、瓦礫の山と山の合間に出来た細い道。

 ただし、退鬼師である玲央達には別の物も視えていた。




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