第12話 退鬼師と女子会
昼食を終え、桜とリオン、珊瑚は休憩のために場所を寮の談話室に変えた。何人か利用者はいたが、食堂での一件もあったせいか、逃げられることはなかった。
空いているソファーに座り、リオンも紅茶を二つ持ってきて桜の隣に座る。珊瑚は桜の膝に乗って伏せ、撫でられる準備は万端だ。
先程まで一緒にいた柊矢と明日葉は、玲央に呼ばれて部署に向かっており、貴澄も部署で用事があるからとそちらについて行っている。
食堂を出る頃、桜に向けられる視線が別の意味を孕んでいたが、もはや桜にはどうしようもない。
「桜はさ、退鬼師目指してたんでしょ?」
「うん」
今となっては果たせなくなった夢だが、最終的な目標は変わっていない。少し別のルートを歩むだけだ。
「その退鬼師を目指す切っ掛けってなんだったの?」
「切っ掛け?」
「あ。言いにくいことならいいんだけどね」
退鬼師は圧倒的に男性が多い。勿論、一華のように女性の退鬼師もいるが、退鬼師全体の一、二割程度くらいだ。
だからこそ、リオンは純粋に気になった。桜がどうして退鬼師を目指していたのか。
「ううん。大丈夫。切っ掛けはね、十年前に私の両親が鬼に殺されたからなの」
「……そっか」
『辛い世になったものじゃな』
今のご時世、鬼に家族を殺される人は少なくない。桜がいた施設の子供達も、九割がそうだった。
リオンはなんと返していいか分からず、短く返してそっと息を吐く。
聞いたことは後悔していない。ただ、自分達がもっと鬼を討伐できれば……と力不足を痛感した。
「そのとき、私も殺されそうになったんだけど、ちょうど退鬼師の人が助けてくれたの」
『ほう』
「柊矢みたく?」
「今、それ言わないで……」
「あはは。ごめんごめん」
食堂で改めて言われたせいか、契約をしたときを思い出してしまう。
テーブルに突っ伏しそうになった桜だが、膝にいる珊瑚を押し潰すわけにもいかず、すぐに気を取り直して当時を振り返った。
「もう駄目だって思ったとき、前に立ちはだかってくれたのが、大きな刀を持った男の人で、最初は何がなんだか分からなかった」
彼は、自分の身長とさして変わりないほどの大きな刀を自在に操り、鬼を圧倒していた。
また、唖然としていた桜を安全な場所に避難させたのは、彼と一緒に駆けつけてくれた女性の退鬼師だった。
二人の姿は朧気にしか覚えていないが、「もう大丈夫」「お父さんとお母さんを助けられなくてごめん」という言葉は、今もしっかりと耳に残っている。
「そのときの鬼は人に憑いてたんだけど、討伐できなかったみたい。今も何処かに潜んでいるかもしれないから、私が討ちたいって思ったの」
「人に憑依するタイプか……。厄介だな」
顎に手を当てて呟くリオンは、声色が普段よりも低くなっていた。真剣に考えているのだろう。リオンも経験年数は短くとも、第一部隊の一員だ。場数は他の部隊の新人よりも踏んでいる。
珊瑚は黙ったままで、リオンと同じく思案しているようだ。
「ちなみに、憑依されてた人は……まぁ、無事じゃないか」
「うん。その人も亡くなってる」
憑依されたとき、人の体は大きく変異する。角が生えたり、腕や足が巨大化したりと様々だ。
鬼の討伐後にも影響は残っており、ほとんどの者が激痛と出血によるショック死を迎えている。
討伐しても後に引く凄惨な状態であり、これを見た退鬼師の一部が暫く動けなくなっていると聞く。リオンはまだ見たことがないが。
今回もそのパターンか、と思ったリオンの耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
「退鬼師さんは、鬼が人を盾にして逃げたって」
「え? ちょっと待って。それってつまり、鬼に人間並の知恵があったってこと?」
『ふむ。そのような鬼の話は聞いたことがないのぅ』
多少の知恵は鬼にもある。だが、相手の力加減を見定め、人も傷つける程度に誘導した上で逃げる程の知恵があるとは聞いたことがない。
思案するリオンに、桜は当時の退鬼師の会話を話す。
「そういうことだと思う。あのときの退鬼師さんが、『鬼に知恵がついている』って言っていたから」
「知恵のある鬼、か……。んー、五蓋が黄ならあり得るのかな……?」
奇天烈な動きする黄の鬼は、リオン達でも苦戦するときはあった。
あの鬼にも相当な知恵はありそうだが、複雑な考えを持たないからこその動きとも取れる。
桜は当時の鬼がどの五蓋だったのか知らない。任務の履歴を見れば出てくるのかもしれないが、膨大な数の履歴を見る余裕は、課題の多い今の桜にはなかった。
『しかし、そのような鬼が出たとなれば、忠告されておっても不思議ではないのじゃがの』
「鬼の出現は毎日のようにあるし、暫く出てないなら埋もれて忘れ去られてる可能性もあるよ」
桜が両親を亡くしたのは今から十年前だ。
いくら特殊な鬼とはいえ、それ以降、出現していないとなれば重要度も変わってくる。
『他に覚えていることはあるかえ?』
「……ある、よ」
今でも夢に見る、忘れたくても忘れられないものが。
「鬼は、人に憑いていたからかもしれないけど、両親を殺していたときも、退鬼師さんと戦っているときも、すごく楽しそうに笑ってた」
「ええ、何それ。怖っ」
リオンは不快感を露わに顔を歪めた。
鬼にとって都合の良い状況になって、瞬間的ににやりと笑う鬼は見たことがあるが、終始笑っている鬼は見たことがない。
「どこかでまた退鬼師の前に現れてるなら、そんな報告も上がってるだろうけど……」
「今まで聞いたことない?」
『ないのぅ』
「僕達が知らないだけかなぁ……。でも、そんな変な鬼、いたら噂になってそうだし」
「うーん。隠れてるのか、それとも討伐されちゃったのか……」
できることなら自分の手で討ちたいが、誰かに討たれているならそれはそれで良かった。長く逃がしておいて被害が拡大するよりは。
桜は軽く息を吐くと、困ったように笑みを浮かべた。
「けど、こうして退鬼師に関われる状態でいられるんだから、頑張らないとね」
『うむ。良い心がけじゃ』
珊瑚の頭を撫でてやれば、嬉しそうに尾がゆっくりと揺れる。
差し込んでくる日差しも暖かく、室温もちょうどいい。気を抜けば、このまま寝てしまいそうだ。
ふと、リオンは桜が以前は何処にいたかを思い出して訊ねる。
「そういえば、施設の人達とは会えた? って、まだそんな日にちも経ってないし、無理か」
「うん……。そうだね。いつかは会いたいかな」
「髪色とか変わってるんでしょ? びっくりするだろうねぇ」
「柊矢さんから、霊力の影響だろうって聞いたよ」
神威となり、霊力が表に出たことで変わったようだ。
珊瑚も『妾も色素とやらが薄くなってこの色になったからのぅ』と楽しげに言った。
以前の珊瑚の姿が気になるが、明日葉は写真を持っているだろうか。あまり撮らなさそうに見えるが、桜はあとで聞いてみようと思った。
「リオンちゃんは……地毛だよね?」
出会って日は浅いが、染色しているなら根本の色は変わってくる。
その様子がないことを確認しつつ問えば、リオンは笑顔で頷いた。後ろで一つに結わえた金髪が、動きに合わせてさらりと揺れる。
「そうだよ。母親がフランス人のハーフ」
「やっぱり! どうりで、すっごく可愛いと思った」
「桜みたいに純日本人の可愛さもいいけどね」
さらりと褒め返され、桜は赤面しながら「あ、ありがとう?」と言うしかできなかった。
リオンは近くにあったクッションを抱きしめると、「話は変わるけど」と周りを確認し、こそっと桜に耳打ちした。
「柊矢と契約したときが初めてだった?」
「……え?」
何が、と目を瞬かせてリオンを見れば、離れた彼はにっこりと笑って自らの唇を指す。
意味を理解した瞬間、声にならない悲鳴を上げて珊瑚を抱きしめた。胸元の毛が最もふわふわとしており、優しい香りがする。
『おやおや』
「あははっ。可愛いー」
「からかわないで……」
珊瑚の毛に顔を埋めれば、宥めるように前足で頭を軽く叩かれた。肉球が気持ちいい。
難しい契約だったため、成功率を上げるには仕方がない行為だった。
しかし、リオンは桜の契約印がある箇所を見て言う。
「でもね、契約印って、最初に血が触れた箇所に出るらしいよ」
『妾の場合は額じゃの』
珊瑚は桜に見せるように頭を下げ、額の契約印を示す。
初対面の柊矢と桜と違って、珊瑚は明日葉の飼い猫だった。そのため、口移しするような必要はなかったのだ。
だが、桜の契約印は鎖骨の下辺りにある。柊矢が手を切って血を含む際に流れ落ちたのだろう。
肌に触れた血で契約が成立しているのなら、口移しをした意味は果たしてあったのか。
「あれって、意味なかった?」
「んー、前例が少ないから何とも言えないけど、外と中から触れたから契約が成功したのかもしれないしね」
『たらればを言っても仕方がなかろうて』
「うう……そうだけど……」
消化しきれないもやもやとしたものがある。
桜は、時間が経てば解消されるのかと思いながら、溜め息を吐いたときだった。
リオンのポケットから小さく電子音が鳴り響いた。
持ち主であるリオンは、デバイスを取り出してボタンを押す。浮かび上がったディスプレイに羅列する文字を読む横顔は、段々と険しいものへと変わっていった。
『鬼じゃな』
「えっ!?」
『出動要請が来たのだろう?』
「そう。第一部隊全員に」
珊瑚の問いに答えたのは、ソファーの後ろに現れた柊矢だ。
いつから立っていたのかは分からないが、リオンや珊瑚も何も言っていなかったため、つい先ほどだろう。
普段と変わりないあっさりとした様子の彼は、「リオンと離れていたら、珊瑚もあんたも連絡つかないから」と現れた理由を口にした。
『おお、そうじゃな。感謝するぞい』
「……ありがとうございます」
何となくだが、柊矢と顔を合わせづらい。
視線を逸らしながら言ったが、彼は桜の異変について指摘せず、「行くよ」とだけ言ってドアへと向かった。
「第一部隊全員って言うから焦ったけど、数が多いみたいだ。俺も頑張ろうっと」
「……リオンちゃんは、どっちが素なの?」
「んん?」
リオンは一人称を使い分けている。また、女装はしていても男としての自覚はしっかりとあるため、どれが本当のリオンなのか気になった。
突然の桜の問いに、リオンは目を瞬かせたあと、妖艶に笑みを浮かべた。
「さーて、どっちでしょう?」
「っ!」
「どっちも僕であって、俺だから」
答えのようで答えになっていない返事に、桜はそれ以上の追究をやめた。
桜は肩に乗ってきた珊瑚を落とさないよう気をつけながら、部屋を出た柊矢をリオンと共に追った。
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