第11話 退鬼師と敬遠
リオン達との手合わせ後、桜は柊矢からも指導を受けた。天音の扱い方や隙の少ない動き方について。そして、昼を少し過ぎた頃、一度休憩を取ることになった。
食堂に向かう途中でリオン達と合流した際、貴澄が腰を九十度曲げて桜に謝罪したのは、通りがかった退鬼師達にまた新たな誤解を生みそうだ。
「あー、お腹空いたー」
「リオン君って、見た目の割によく食べるよね」
「いっぱい動くと、その分、お腹空くんだもん」
「食べ過ぎて太らないでよ」
「失礼な!」
リオン、貴澄、柊矢と食堂に入り、桜も突き刺さる視線を感じつつ後に続く。
いつもならぼやくことはないのだが、今はリオン達もいるせいか、つい、不満を口にしてしまう。
「私、何かしたのかな……」
「んん? ……ああ、気にしなくて良いよ」
前に並んでいたリオンは、一瞬、何のことか分からなかったが、すぐに周りを見て理解するとあっさりと言ってのけた。貴澄も頷いている。
「皆、どう対応したらいいのか分からないんだよ。それも、柊矢のだし」
「なんで俺」
唐突に矢面に立たされた柊矢は、怪訝に眉を顰めた。誰が主であっても、対応は同じだろう、と。
すると、リオンは言葉の中にたっぷりと嫌味を含ませて言う。
「そりゃあ、今はこんなのでも『最強の退鬼師様』ですし? 『元』だけど」
「どうでもいいけど、わざわざ元を強調しないでくれる?」
「嫌味だし」
「知ってる」
「むかつく」
「今度の討伐任務、退鬼具当たったらごめん」
互いに棘のある言い方に、リオンの隣で聞いている貴澄はおろおろとしている。仲裁に入ろうにも、矢継ぎ早な言葉の投げ合いに入るタイミングを逃していた。
これで同じ部隊の仲間なのだから、任務のときは大丈夫なのかと不安になった。
今のところ、リオン達と同じ任務には当たっていないため、様子を知っているであろう貴澄に話しかけた。
「あの」
「ふぁい!?」
「柊矢さんって、誰にでもあんな感じなの?」
名前を呼ぶのはまだ憚られた。そこで、桜は貴澄の肩をそっと叩いて話したい意思を示す。だが、これも大きく肩を跳ねさせたため、あまり意味はなかったが。
しかし、そのまま話は聞いてくれる雰囲気だったことから、桜は言葉を続けた。
ちなみに、柊矢とリオンはまだ言い合いをしているので、こちらには気づいていないようだ。
「えっ!? あっ、そ、そう、だね! 大体は……」
「……私がいるの、反対だよ」
「ご、ごめんなさい……」
貴澄は返事をしてくれたが、その顔が向けられているのは正反対の方向だ。声は聞こえているが。
そこで、柊矢との口論を終えたリオンは貴澄に笑顔を向けた。桜達の会話は聞こえていないと思っていたが、どうやら彼の耳には入っていたらしい。
「触られて、変な声上げても逃げなかっただけ進歩じゃん。すごいすごい」
「あんまり嬉しくない……」
『なんじゃ、ようここで会うのぅ』
「まぁ、お昼の時間帯だしね」
やって来たのは珊瑚と明日葉だ。
珊瑚が言うように、会う場所はほとんど食堂だが、時間帯を考えればそれも必然となってくる。中には混雑を避けて時間をずらしたり、寮近くの食堂と本館の食堂で分かれる者もいるが。
ここは寮近くの方の食堂で、座席数は本館よりもやや少ない。
埋まってきた席を見て、リオンはあることを桜にお願いした。
「あ、そうだ。桜は珊瑚と一緒に席取ってて。ボク達でご飯持ってくから」
「げっ。一緒に食べるのかよ」
「いいじゃん。同じ隊のよしみで」
「はぁ……はいはい。分かりましたよ」
一瞬、嫌そうに顔を顰めた明日葉だったが、リオンに笑顔で言われると断りづらくなったのか、渋々了承した。
桜は珊瑚を肩に乗せ、席を確保するために列を離れる。珊瑚についてはテーブルか、誰かの膝の上に乗っているとのことなので、最低でも五席を探さなければならない。
見回しながら歩いていると、窓際のテーブルが空いているのを見つけた。
「あ。あそこ空いてる」
『そうじゃな。どれ、妾が同席の許可を貰ってきてやろう』
八人掛けのテーブルには、既に二人の青年が座っていた。端の所で向かい合って座っているため、五人でも問題なく座れる。
珊瑚は桜の肩から飛び降りると、着座している二人に歩み寄った。
「ん? 長老だ」
『ここを一部使ってもよいかの? 五人ほど来るのじゃが』
テーブルには乗らず、床にいるまま見上げて訊ねれば、二人は顔を見合わせてからまた珊瑚へと視線を戻す。
そして、笑顔で隣の席を軽く叩いた。
「勿論、いいですよ。どうぞどうぞー」
『感謝するぞい。……桜。大丈夫じゃぞ』
「「え」」
青年二人は快く了承してくれた。
珊瑚は笑顔を浮かべて礼を言い、振り向いて桜を呼ぶ。その瞬間、二人の顔つきが強張った。
「良かった。ありがとうございます」
「あ、いえ、その……俺達、向こうに友達いたんで、全然大丈夫です」
先ほどまでは笑顔だった二人だが、突然、表情を曇らせて桜から視線を逸らす。
さらに、まだ食事の残ったトレーを持つと、そそくさと席を立とうとした。
「し、失礼しま――」
『これ。お主ら、それでも退鬼師か』
「ちょ、長老……?」
それまで穏やかだった珊瑚が、突然、険しい表情で叱った。
周囲の退鬼師や職員達も、何事かと珊瑚達を見た。
珊瑚はテーブルに飛び乗ると、青年を見据えて言葉を続ける。
『桜が何も言わぬなら口を挟むべきではないと思っておったが、これでは妾まで侮辱されておるようで我慢ならん』
生き物の神威である珊瑚は、種族こそ違うが神威としては桜と同じ立場だ。
それが、見た目の違いだけでこうも扱いを変えられれば、神威である珊瑚としても気分の良いものではない。
『生き物の神威がどうして忌諱されるのか、妾とて理解しておる』
黎明では、特例を除いて、生き物の神威は認められていない。
一華から聞いていたが、桜はその理由をまだ知らなかった。
『神威は、超常現象を引き起こす自然の力であると同時に、重要な「道具」でもある。その役割を自我のある生き物がこなすということは、妾や桜は自らを道具だと言っているようなものじゃ』
それも、成功率の限りなく低い契約を乗り越えて成約している。だからこそ、一部の人は自らを道具にした人に対して、あまり良い目を向けられない。中には、差別する者もいるという。
『じゃが、いくら人としての生を捨てた神威とは言え、元はお主らと同じ人間。そして、今も
「そ、うだけど……」
青年は桜を一瞥すると、また珊瑚へと視線を戻す。
不安げな瞳には、まだ他に理由がある気がした。
(何だろう……。確かに、自分から物になった人なんて、普通の精神じゃ考えられないから怖いけど、それ以外に何かありそうな……)
今、下手に口を挟むべきではないと見て、桜は思考を巡らせる。冷静でいられるのは、珊瑚のおかげだ。
すると、違和感の正体は珊瑚から明らかになった。
『ふむ。確かに、彼女の霊力は圧倒的じゃ。平然としておる第一部隊や一華達は、流石と言ったところか』
「え?」
『しかし――』
珊瑚の指摘は当たっていたのか、退鬼師二人は悔しそうに下唇を噛んだ。
避けられていたのは、桜が保有している霊力が強く、並の退鬼師では圧倒されていたからだった。先ほど、リオンが「皆、どう対応したらいいのか分からないんだよ」と言っていたのはそう言うことか、と漸く合点がいった。
ただ、桜としては、自身の霊力がどれ程の物か自覚がない。柊矢も検査結果を教えてくれなかった。そのため、圧倒的と言われても実感は湧かないのだが。
一人納得していた珊瑚だが、急に目を細めると、退鬼師二人を見据えて鋭く言った。
『彼女が何か、お主らに危害を加えたかえ?』
「っ!」
『しておらんだろう。何もしておらぬのに、避けられればどう感じるか、幼子ではないお主らならば分かるじゃろう?』
「…………」
返す言葉も見つからず、青年二人は視線を落とした。桜は無自覚で相手を圧倒していただけで、何も危害を加えていないのは、彼らも重々承知している。
重くなった場の空気を見て、桜は思い切って声を張り上げた。
「あ、あの!」
相手が自分を怖がっているのなら、こちらから歩み寄ればいい。何も不安を抱くことはないのだと示すだけだ。
食堂内に、桜の声が響く。
「先日、鬼に襲われて死にかけたところを、柊矢さんに助けてもらって神威になった瑞樹桜です。候補生になる前だったので、まだ何も分からないド素人ですけど、一生懸命頑張るので、どうかよろしくお願いします!」
「「…………」」
目の前の退鬼師二人に頭を下げる。周囲がしんと静まり返った。
静寂の中で、その言動はかなり目立っており、奥で作業をしている食堂の職員さえ手を止めている。
頭を上げた桜は、ぽかんとした退鬼師二人と視線を向けてくる周囲に気づくと、泣きそうな顔で珊瑚に助けを求めた。
「わ、私、マズいことしちゃったかな?」
『ほっほっほっ。逆じゃ、逆』
「えっ?」
珊瑚は表情を緩め、いつもどおりの柔らかい口調で言った。
逆とは? と桜は首を傾げる。とても今の状況からは、良いことをしたとは思えない。
『妾が口を挟んだとは言え、敬遠されておると分かっておるのに素直に自己紹介とは、なかなかに肝が据わっておるのぅ』
「あっ。えっと……」
今さらながら、自分が何をしたのか理解した。恥ずかしさから、顔に熱が集まるのを感じる。
そこで珊瑚が一度、意気消沈した退鬼師達を見てから穏やかに言う。
『ついでに、こやつら側の「ふぉろー」もしてやるとな、お主は霊力が強い以外にも特殊なのじゃ』
「特殊?」
『左様。神威となるには、退鬼師との強い繋がりが必要なのじゃ。妾の場合、明日葉に命を救われた猫じゃったからな』
離れた位置にいる明日葉が、「余計なこと喋ってんじゃねーぞクソ猫!」と怒鳴っている。珊瑚は気にもしていないが。
『それからは明日葉の飼い猫になったが、あやつが退鬼師になる直前、ある事が切っ掛けで神威となったのじゃ』
その話は、またいずれ。と珊瑚は妖艶に笑んだ。
猫でもそんな雰囲気が出るとは、彼女が人間だったならさらに凄まじいだろう。
『人間であれば、血縁者や恋人、友ならば可能性はゼロではないのじゃろうが……お主らは初対面と聞く』
「そうだね」
『ふむ。恐らく、初のことじゃろうて』
黎明の記録にもないはずだ。神威が人である例は数件程度あるようだが。
すると、トレーを持った柊矢達がやって来た。
「まぁ、俺は元でも最強だし、契約の血は直接与えたからね」
「直接って?」
「……げっ」
桜との契約のとき、現場に居合わせたのは明日葉だ。
軽い気持ちで訊ねたリオンだが、明日葉は嫌そうに顔を歪め、桜もきょとんとしていたがすぐに思い出してまた赤面した。
慌てて柊矢の発言を遮ろうとしたが、彼が言うほうが早かった。
「口移し」
ひそひそと会話が戻っていた食堂内が、再び静寂に包まれる。
だが、言葉の意味が行き渡った瞬間、桜や明日葉、珊瑚以外の声が食堂内に木霊した。
「ええええええええ!?」
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