第10話 退鬼師と課題
三人での手合わせは、リオンが動いたところからスタートした。
彼は退鬼具である大きな扇を巧みに操り、桜の天音は扇を閉じて受け、貴澄の矢は開いて弾く。
金属同士がぶつかる音が響き、桜は扇が木製ではないと気づいた。軽々と扱っているが、相応の重さはあるはずだ。
扇の要についた飾り紐には水が入った小さなガラス玉がついており、それが淡く輝くと扇の周囲に水の帯が発生する。帯は徐々に形を変え、やがてリオンを覆う壁となった。
桜は構わず、邪魔な水の帯を天音で斬り払おうとしたが、水はただ刃を通り抜けさせただけで、すぐに元の形に戻ってしまう。
(そっか。水は本来、物を防ぐことはない。威力を弱めることはあっても)
一旦、リオンから距離を取り、冷静に分析する。
天音の記憶から、水は神威であれば斬れるという情報は得ていたが、それにはある条件があった。
(天音に私の霊力を馴染ませて、相応の力で斬らないと消せない。さっきの状態だと、普通の物と同じ反応だから……強すぎたのかな?)
ちら、と天音を見下ろし、柄を握り直す。そして、息を吐いて肩の力を抜く。
桜の霊力は、天音を握れば自然と流れていっていた。ただ、調整が難しい。
柊矢が桜を天音に降神したときは、戦い慣れた彼が調整をしていた。その記憶を頼りにしているものの、やはり、神威自身が動くとなると加減は変わってくる。
「ほらほら。早くしないと、全身ずぶ濡れにしちゃうよー」
「え? わっ!?」
楽しげなリオンの声にはっとして前を向けば、水の壁の一部が変化していた。
水で出来た龍が一匹、桜を見下ろしていたのだ。また、貴澄のほうにも同じ龍が出現している。かと思えば、龍は水飛沫を上げながら水の壁に潜り込み、姿を隠してしまった。
「すごい……。こんな事までできるんだ」
「関心している場合?」
「そ、そうでした」
呆れた柊矢に言われ、唖然としていた桜は慌てて天音を構え直して水の壁へと駆け出す。
今度は霊力を抑えて振るう。だが、今度は壁に刃を防がれ、飛び出してきた龍を横に飛んで避けた。
「なら、これくらいで!」
「――退鬼、
桜は龍の首を狙って天音を振り下ろす。また、反対側では貴澄が炎の矢を放った。
しっかりと水を捉えた刃が水龍の首を斬り落とし、貴澄が放った矢は炎の勢いを増幅させて向かってきた水龍を蒸発させた。
水の壁が解かれ、桜は次の水が生まれる前に、と地を蹴った。
「え、ま、待って待って! 挟み撃ちは――」
さすがのリオンも油断をしていたのか、迫ってくる桜と弓を引く貴澄に焦りを滲ませた。
たった一瞬だけ。
「っ!?」
「ひっ!」
閉じた扇が天音を強く打ち、桜の手から離れて後ろの地面に突き刺さる。弾みでよろけた桜は尻餅をついた。
さらに、リオンは素早く身を捻りながら、貴澄に向けて小太刀を投げる。
小太刀を何処に潜ませていたのか、動きが早すぎて桜には視認できなかった。
リオンは桜に扇を突きつけ、妖艶に笑みを浮かべて言う。
「はい、俺の勝ち」
貴澄は……? と視線を向ければ、彼は蔦で作られた籠に閉じ込められていた。籠のそばの地面には小太刀が突き刺さっており、そこから蔦も伸びている。どうやら、小太刀の神威は植物のようだ。
深く息を吐いた桜に、リオンは片手を差し出した。
「お疲れ様。初心者にしては上々じゃない?」
「うう……ありがとう」
「まずは、相手の力をきちんと見極めることだね。ボク達、退鬼師がどれくらい神威の力を引き出しているか、それが分かれば、鬼と対峙したときにも出すべき力は分かるはず」
退鬼師を相手に戦闘はしないが、鬼も霊力を持つ相手だ。神威の力を有効化するには、やはり相手の霊力を素早く見定める必要がある。
ただし、それはあくまでも退鬼具を扱う者の話であり、リオンは改めて桜が神威であることを思い出して苦笑いをした。
「というか、そのときは柊矢が調整するから任せればいっか」
「何のために手合わせさせたと思ってるんだ。一人でも戦えるようにするためだよ」
「わぁ。遠回しにサボる宣言しちゃったよこの人」
せめて、心の中に留めておいて欲しかった。
リオンは「今のは聞かなかったことにしといてあげる」と言って、投げた小太刀を回収しに行く。
地面に突き刺さった小太刀は、柄頭が透明なケースになっており、そこに神威である小さな花びらを入れている。白や桃色と様々な色や形の花びらが、小太刀を動かすたびに中で移動した。
「貴澄は何かアドバイスある?」
「ぼぼっ、僕から!?」
「そう。一応、先輩でしょ。ボクと同期でも歳は君のほうが上なんだし」
「二つしか違わないじゃないか……」
「もうすぐで三歳差じゃん。サバ読まないで」
先日、リオンは十六歳だと言っていた。その二つ上となると、貴澄は十八だ。リオンの発言から、もうすぐ十九になると明かされているが。
退鬼師の新人の年齢は、十九歳や二十歳が多い。先の手合わせでも感じたが、やはり、リオンはかなり優秀だ。
リオンと共に歩み寄ってきた貴澄は、桜を一瞬だけ見た後、手合わせの中で気になった桜の課題を言う。
「ま、まだ、神威になったばかりですし、仕方ないとは思うのですが……」
「前置き長い」
「うっ。そっ、その、動きが慎重すぎるかな、と……。多分、相手の出方を窺っているんだとは思うんですけど、それだと鬼に先手を取られたときが不利になりやすいと言うか……」
「はい。分かりました」
「ぼ、僕なんかが烏滸がましいですよね! すみません!」
桜としてはアドバイスが有り難かったのだが、貴澄は最後まで腰が低い。肩を縮め、怖がっているようにも見える。
桜は、これも彼の女性恐怖症のせいか、と結論づけてリオンへと視線を向けた。
「リオンちゃん達は入ってどれくらいなの?」
「んーと、半年くらいかな? 候補生のときの実地研修も入れたら、大体一年近くにはなるけど」
「たったそれだけで、あんなに動けるようになるものなの?」
「候補生でも、訓練は普通の退鬼師とほぼ変わらないから、ほとんどの人が動けるようになってるよ。まぁ、中には脱落する人もいるけど」
「やっぱり、生半可な気持ちではできないよね……」
候補生の期間は、大体二、三年だ。成績に応じて入隊となるため、同時に候補生となった人でも退鬼師となるまでに差は出てくる。
桜も本来であれば、候補生として勉強や訓練を重ねてから黎明に入る予定だったため、果たしてそんな短い期間で動けるようになるものかと不安になった。
「そういえば、桜は何歳なの?」
「十七だよ」
「えっ。ボクの一個上だったんだ?」
てっきり、同い年かと思ってた。と目を丸くするリオンに、桜は軽く笑いながら「ほとんど同い年みたいなものだよ」と返した。
すると、リオンは桜の手を取って真面目な顔で言う。
「大丈夫。俺、歳が上でも平気だから」
「え?」
「おいこらマセガキ」
「いったぁ! 何すんのさ! 一人だけ成人してるからって拗ねてんの?」
どういう意味か桜が理解するより先に、リオンの後頭部に柊矢の手刀が落とされた。
抗議するリオンだが、桜は彼が言った発言の中で気になることがあった。
「え? あ、あの、柊矢さんって……成人されてたんですか?」
「はぁ?」
「あっはははは! そうだよねぇ! どう見たってボクらと同い年にしか、いっひゃい!?」
盛大に吹き出して笑ったリオンを、柊矢が頬を抓って黙らせる。
そして、溜め息を吐いた彼は不機嫌さを隠さずに言った。
「俺はこれでも今年で二十一だから」
(良かった……。これで三十路とか言われたら、色々と衝撃が大きすぎる……)
成人していると言われたため、もっと上の年齢かと思ったが、そうでもなかったことに内心で安心した。
そんな桜の心境を再度乱すことになったのは、またもや柊矢だったが。
「あと、一応、歴代最年少で退鬼師になったから、うちの隊長と同期だから」
「隊長……」
「玲央兄だね。あの人は二十七だっけ?」
「そ、そのはず」
一瞬、頭が理解してくれなかったが、リオンと貴澄がご丁寧に説明してくれた。
優しい笑みの玲央を思い出したところで、桜の思考は停止する。
(え。待って。もしかして、もしかしなくても、私、本当にすごい退鬼師の神威になった感じ?)
そこで、漸く、桜は柊矢がかつては最強だったことも思い出す。
たった一年や二年の活躍で「最強」と呼ばれるはずもない。そこから、柊矢の退鬼師としてのキャリアが長いことは想像がついたはずだ。
リオンがフリーズした桜の肩を軽く叩いて、「おーい、大丈夫ー?」と気を遣ってくれたことで、漸く我に返ることができた。
「だっ、大丈夫。ただ、びっくりして……」
「まぁ、そうだよねぇ。見た目は同年代なのに、実は成人してるし、最年少退鬼師だった上に元最強だもん。肩書き、ちょっとくらい譲ってくれてもいいじゃん」
「『最年少』に関しては、何をどう足掻いてももう無理でしょ」
「じゃあ、『最強』狙うからいいよ」
ふふん、と笑ったリオンは、いつか本当に実現してしまいそうだ。
柊矢は肩書きについては気にしていないのか、表情一つ変えなかったが。
「いろいろと大変だけど、一緒に頑張ろうね。貴澄も」
「う、うん。……あの、僕、こんな性格なので、気分を害することも多々あるとは思うんですけど……」
リオンに軽く背を叩かれた貴澄は、桜の様子をちらちらと窺いながら言う。またしても前置きが長いのは、彼なりの気の遣い方のようだ。
「同じ部隊の一員ですし、そのっ、敬語とかも大丈夫、なので、気軽に……あっ! いえっ! 『気軽に』なんて、上から目線ですみません!」
「ごめんねー? まどろっこしいだろうけど、気長に付き合ってあげて? 気軽に『貴澄』って呼んでいいから」
「じょっ、女子から名前呼び!?」
「やめて恥ずかしい。その童貞丸出し感」
(呼んでいいのかな……)
名前一つで耳まで赤くする貴澄を呼んだとき、果たして普通に答えてくれるのか不安になった。蔑むように言ったリオンの言葉についてはスルーしたが。
リオンと貴澄が一頻り騒いだ後、貴澄が桜に向き直って言い直した。
「あのっ、あっ、改めて、よっ、よろしく、お願い、します……」
「うん! よろしくね!」
「貴澄」
リオンが小さく言ったのを聞いて、桜は小首を傾げつつ、その言葉を繰り返した。
「た、貴澄君?」
「ひゃああああああ!」
「ひどーい! 待ってよー。貴澄くーん!」
脱兎の如く逃げ出した貴澄を、リオンが悪い笑顔を浮かべて追いかけていく。
暫く、貴澄の名は呼ばないでおこう、と心に決めた瞬間だった。
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