第6話 退鬼師と初任務


 柊矢が一華から預かった任務は、退鬼師の中でも初心者が受けるような内容だった。

 黎明に程近い位置にある公園。そこに、鬼が出たと報せがあった。

 既に現場には第五部隊が到着しており、付近の住民の避難も完了している。討伐は粗方済んでいるようだが、一華曰く、「少し厄介な鬼で、膠着状態が続いている」とのことだ。

 待機していたヴァンに乗り込んだ柊矢は、桜が座ったのを確認すると、ホルスターのポケットから細長い棒を取り出した。桜の情報を見る際にも取り出していた道具だ。


「あんたの分の『デバイス』は貰えなかったから、これで見て」


 デバイスと呼んだ棒の端のボタンを押せば、薄緑色のディスプレイが浮かび上がった。それを操作した柊矢は、ヴァンの前面にあるモニターを見る。

 映し出されたのは、町中に出現したときに撮られた鬼の写真だ。どれも実体化しており、赤、青、黄、緑、黒の五色の鬼がいる。


「任務を遂行する前に、相手のことを知っておいてもらう」

「はい」


 戦闘の基礎はともかく、相手の知識もないまま戦闘に突入とは、さすがの柊矢もさせる気はない。

 桜はしっかり聞いておこうと背筋を正す。

 再度、ディスプレイを操作した柊矢は、並んでいた写真の内、黄色い鬼の写真を拡大して表示する。


「今回の鬼はこれ。鬼の種類を現す五蓋は黄。特徴としては、小型のものが多く、こちらを茶化すように動く鬼もいる」


 前回、桜の前に現れた鬼は「赤」だ。最も出現頻度の多い鬼であり、その力もスピードも鬼の中では平均的だが、今回はそれとは異なる。

 力こそ赤よりも劣るが、俊敏さは鬼の中では最速と言っても過言ではない。


「力が弱くても、何度もダメージを受けていれば重傷にも繋がる。相手の動きを先読みして動けるかが鍵だ」

「先読み……」

「視線の動き、状況……あとは経験則か」


 どれも戦闘が初めての桜にしてみれば難しいものばかりだ。ただ、それも補えるのが退鬼具に積もっているという記憶なのだが。

 桜はそっと服の上から契約印に触れる。身に宿している退鬼具に触れていないせいか、未だ記憶が流れてくる気配はない。

 不安げな桜を見た柊矢は、小さく息を吐くと、彼女の手の上から契約印を指して言った。


「あんたの中にある天音は、俺がずっと使ってきたものだから、経験は積んでる」

「どうやって出すんですか?」

「名前を呼べばいい。……まぁ、今日は初めてだから俺が出してあげるけど、次からは自分で出せるようにして」

「わ、分かりました」


 桜が頷いたのと、ヴァンが停止したのはほぼ同時だった。微かに聞こえていたエンジン音が消え、柊矢は出口へと足を向ける。

 桜もすぐにその後に続いて外に出た。

 目的地である公園は、遊具が数種類あるだけの小さな広場だ。鬼が出た今、一部の遊具は壊され、公園の所々に植えられていた木も薙ぎ倒されている。

 公園を囲うように男女数人が等間隔で立っており、彼らの一、二歩手前からはシャボン玉に似た薄い膜が公園を覆っていた。膜の表面には、時折、地面から頂点へと青白い光の波が走っている。

 柊矢は、公園を囲う人達を少し離れた場所で見ていた一人の男性に歩み寄った。

 四十代半ばに見える彼は、柊矢に気づくと姿勢を正し、小さく頭を下げた。


「お疲れ様です。砂羽さん」

「状況は?」

「膠着状態のままです。逃がさないよう、防護陣で公園を包囲したまでは良かったのですが……」

「この様子だと、まだ実体化はしてないか」

「ええ。……あの、そちらの方は?」


 明らかに年下である柊矢に畏まった態度を貫く男性に違和感はあるが、組織内の上下関係のせいだろうと桜は二人の話に耳を傾けていた。まさか、そんな自分の存在を追究されるとは思わず、咄嗟に答えられずに目を瞬かせてしまう。

 代わりに答えたのは柊矢だ。


「これ? 俺の神威」

「えっ」

「黎明内だとかなり話が広まってるけど……まぁ、谷渡やとさんは気にしなさそうだしね」


 谷渡と呼ばれた男性は、柊矢から桜へと視線を移す。その瞳には驚きの色が滲んでいるが、食堂や本部で受けた好奇とは異なる。


「あの砂羽さんが……」

「何か文句でも?」

「いえ。……私は第五部隊隊長、谷渡と申します。以後、お見知りおきを」


 恭しく頭を下げた谷渡に、桜も「瑞樹です。よろしくお願いします」と返した。

 小さく笑みを浮かべた谷渡は、桜から公園へと視線を戻す。表情はすぐに真剣なものへと変わり、公園に潜んでいる鬼へと意識が向いていると分かる。

 彼やリオン達のように、あっさりと受け入れてくれる退鬼師が多ければ助かるのだが、慣れるまでは仕方がない。


「ちなみに、鬼の数は?」

「瘴気体として確認ができたのは五体です。内、四体はこちらで討伐が完了。残る一体が、公園内に潜んだままです」

「川は?」

「修繕しています」


 柊矢の言った「川」は、鬼が現世に来る際に通る境界川のことだ。鬼は川を渡り、現世と接触する箇所を決壊させて入り込む。

 退鬼師であれば視認できるそれは、いつまでも現世と繋げていては新たな鬼の出現を招く。そのため、現場に到着して真っ先に行われるのが決壊した箇所の修繕だ。


「了解。それじゃ、俺とこいつで入るから、防護陣を緩めて」

「お一人で戦われる気ですか?」


 第五部隊が手こずる相手だ。いくら最も優秀と言われる第一部隊の隊員で、一時は「最強」とまで言われていた柊矢とはいえ、最近では腕が落ちてきたという噂も聞く。一人でどうにかできるのか。

 柊矢は怪訝な顔をすると、いけしゃあしゃあと言ってのけた。


「は? 俺はお守りに決まってるだろ。戦うのはこっち」

「余計に心配なのですが!?」


 人の神威が戦闘を行った例は極めて少ない。それも、今回の場合、桜は神威になったばかりの戦闘初心者だ。

 しかし、柊矢はさして気にすることもなく、公園を覆う防護陣へと歩み寄る。

 桜も後を追いながら、膜に触れても割れたりしないのかと疑問に思った。

 膜の手前で足を止めた柊矢を不思議に見れば、彼は突然、桜の首もとに手を伸ばす。


「え?」

「天音」


 契約印に手を翳し、手短に唱える。

 直後、契約印が淡く光り輝き、柊矢の手のひらとの間に青白い陣が浮かび上がった。陣の中心から溢れ出したのは、無数の桃色の花びらだ。

 柊矢は躊躇することなく陣に手を突っ込むと、目的の物を掴んで引いた。


「っ」


 契約印が熱い。同時に、体の芯から力が抜けていく感覚がした。しかし、不思議と膝から崩れ落ちることはなく、少し後ろにふらついただけだ。

 花びらが柊矢の持つ物へと吸い込まれていき、やがて、花びらの下から現れたのは一振りの野太刀だった。

 抜いた態勢のままだったため、切っ先は桜の鎖骨の辺りに向いている。


「ちょっ……!」

「紐付いたあんたを傷つけることはない」

「いや、そういう問題ではなくて……」


 反射的に身構えた桜に呆れを滲ませた柊矢だが、そもそも、刃物を人に向けるのが間違いだと言いたい。人じゃなくて神威だろ、と一蹴されて終わりだろうが。

 柊矢は切っ先を下に向けると、柄を持つよう促した。

 有無を言わせない姿勢に、桜は渋々、野太刀を受け取る。初めて触れた刀は、意外と手のひらに馴染んだ。重さも感じず、本当に刀なのかと疑いたくなる。


「入るよ」


 まじまじと天音を見ていた桜だったが、柊矢に言われるとはっと我に返った。そして、先に防護陣内へと踏み入った柊矢を慌てて追う。

 触れると割れそうだった防護陣は、二人を吸い込むように受け入れると、元の形状へとすぐに戻った。

 陣内の空気は重く、酸素も薄いのか呼吸が少しやりにくいように感じた。これも鬼が潜んでいるせいか、と辺りを見渡していた桜の肩を、柊矢が軽く叩いて言う。


「じゃ、頑張って」

「はい。……はい?」


 反射的に頷いたものの、言葉の意味を考えて彼を見やる。

 だが、見た位置に柊矢の姿はなく、少し先にあったジャングルジムの上に軽々と飛び乗っていた。


「あ、言い忘れてたけど」

「何ですか?」


 彼の場合、言い忘れではない気がするが、もはや指摘するのも面倒だ。柊矢の性格が移ったわけではないが。

 ジャングルジムに座った柊矢は、今、鬼と同じ空間にいるとは思えないほどに落ちついている。

 近くにある砂場が少しだけ隆起したのを、桜は見逃さなかった。


「鬼にとって、霊力のあるものは格好の餌だ」

「それって、つまり……」

「察しがいいね。退鬼師が霊力の塊である神威を何らかのケースに収めるのは、霊力を放出しないためでもある。けど、君は別」


 桜や珊瑚のような、生き物の神威をケースに収めることは不可能に近い。そのため、霊力を抑える「抑制具」という物がある。

 柊矢はポケットから黒いチョーカーを取り出すと、人指し指に引っ掛けて回しながら言った。


「餌を見つけた鬼は、すぐに出てくるよ」


 言い終えるのが先か、それとも砂場の異変が先か。

 砂場が勢いよく隆起し、黒い靄が溢れ出す。流れ落ちる砂の合間から見えたのは、黄色い二つの光だ。

 愕然とする桜の目の前で、流れていた砂が黒い靄を包むように動きを変え、形を整えていく。やがて、形成されたのは、砂で出来たステゴサウルスだった。公園内にある滑り台が同じ形をしており、実体化する際に模倣したのだろう。


「残念。瘴気体なら力はまだ弱いけど、実体化した鬼は面倒かもね」

「嘘でしょ……」


 瘴気体では本来の力を発揮できない。だが、憑依をしてでも実体化した鬼の戦闘力は一気に上がる。

 戦い慣れた柊矢達ならばともかく、戦ったことのない桜にとっては非常に厄介な状態になってしまった。

 鬼が槌の如く太い足で地面を叩いた。


「ガアアアア!」

(こうなったら……!)


 低い咆哮に気圧されそうになりながら、桜は天音の柄を握り直す。すると、柄を通して、自分がどう動けばいいかイメージが頭に流れ込んできた。自然と体が動き、鬼の手前で身を屈め、膝を伸ばす反動で高く跳躍する。


「はぁっ!」


 鬼めがけて天音を振り下ろす。

 流れ込んだイメージでは、刃は鬼を捉え、切り裂くはずだった。


「え? な、なんで……」


 しかし、刃が触れたのは鬼の体表より数十センチ離れた位置の空だけ。鬼の体に触れることは叶わなかった。

 宙を落ちていた桜の体を、鬼の尾が容赦なく打つ。


「っ!?」


 飛ばされた体は鬼と同じ姿の滑り台に当たり、視界が揺れる。

 頭を振って意識をはっきりさせ、次のイメージに合わせて地を蹴った。


(記憶よりも刀身が短い? なら、もうちょっと距離を詰めてやらないと)


 戦闘に入るまで、本当に記憶が流れ込んでくるのかと不安だったが、今は自然と受け入れられる。

 まずは鬼の弱点を見つけなければ、と目を凝らした。

 天音の記憶が教えてくれたのは、鬼には原動力である「核」があること。それを破壊すれば、鬼は実体化は勿論、瘴気体であっても現世に留まる力が失われ、消滅するのだ。ただし、その核も瘴気体であれば見つけやすいが、実体化すれば殻ができてしまうために見えにくくなる。


(柊矢さんだったら見えたのかな?)


 記憶の中では、柊矢が霊力を研ぎ澄ませ、核の位置を感知していた。だが、今、天音を使っているのは神威である桜だ。果たして神威にそこまでの能力があるのか。

 やり方が分からない以上、下手に真似をして隙を作らないほうがいいと判断して、桜は核のありそうな位置を虱潰しに狙うことにした。


「まずは、ここ……!」

「ギャアアアアア!」


 背中にある盾のような棘を狙い、天音を一閃。今度は距離を見誤ることなく捉えた。

 切り離された盾の半分は通常の砂へと変わり、さらさらと流れ落ちていく。斬られた箇所からは黒い靄が滲んだが、核らしき物は出てこなかった。


「ちょっと。霊力飛ばさないでくれる?」

「え? ……わっ!?」


 突然、ジャングルジムで傍観していたはずの柊矢から注意が飛んだ。

 何かあったのかと見れば、柊矢は既にジャングルジムから下りていた。しかも、彼がいたジャングルジムは真横に切られ、本来の位置からずれて落ちている。落ちた音は、鬼の悲鳴でかき消されたようだ。


「俺とあんたでは霊力が違う。使い方を誤らないで」

「はい……すみません」


 どうせ、柊矢さんより霊力はないですよ、とぼやけば、柊矢は怪訝な顔をしていた。

 桜は気にせず、鬼に集中する。背中にないとすれば、あるのはやはり頭か、それとも体の中心部か。

 核の位置を探っていた桜の目の前で、鬼が前足を高く上げ、振り下ろすと同時に地面を強く叩いた。直後、鬼の正面から桜へと向かって地中から岩が突き出してくる。


「っと」


 横に跳んで避け、鬼の様子を窺う。

 黄の鬼は予想外の行動をすると言っていたが、まだそれらしき動きはない。頭を狙おうにも、鬼は桜を見据えているために死角に入りづらい状況だ。

 柄を握れば、またいくつかのパターンが頭に流れ込んでくる。


(迷ってる場合じゃない。とにかく、やってみるしか……!)


 確率の高い手段で、と天音に力を込め、下から上へと大きく振るう。そして、間髪入れず高く跳躍した。

 刃の軌跡から放たれたのは、白い光となった霊力の刃だ。

 だが、鬼は霊力の刃を気にも止めていないのか、避けることをしなかった。光の刃が向かってくる中、鬼はまた高く足を上げ、地面を強く叩いた。

 光の刃が鬼の足を切断し、バランスを崩した鬼は地面に崩れ落ちる。

 このまま頭を刺せるかと思った桜だが、鬼の前方から突出した岩に息を呑んだ。


「いっ……!?」


 空中にいた桜に避ける術はない。何とか身を捻ったものの、尖った岩は足と腕を掠めた。

 天音を握り直し、着地先である鬼を確認しようと視線を戻す。

 だが、岩に意識を取られすぎていたのか、鬼の姿は忽然と消えていた。

 地上に下り、どこに行ったかと辺りを見回しても、巨大な恐竜の姿はどこにもない。


「柊矢さん、見てませんか?」


 傍観している柊矢ならば見ていたはずだ。教えてくれるかはともかく、今は助力を乞うしかない。


「潜った」

「潜った!?」


 地中に潜ったにしては跡がない上、その様子は少しも見えなかった。また、地中ともなれば何処にいるのか皆目検討がつかない。

 困り果てた桜を見兼ねてか、柊矢は溜め息を吐きながら指示を出した。


「はぁ……。狙いどころは間違ってない。そのまま、そこで立ってて」

「ここですか?」


 桜が首を傾げると、柊矢はホルスターから銃を取り出し、彼女の足下へと向ける。


「えっ、ちょっ! な、なんですか?」

「動くな」

「ええ……」


 天音といい、名前はまだ知らないが銃の退鬼具といい、柊矢は凶器を人に向けすぎだ。

 焦りを覚える桜をよそに、地面を見ていた柊矢は突然、桜の足下に数発の弾丸を撃ち込む。そして、短く「雷流らいりゅう」と唱えると、弾が撃ち込まれた箇所から電流が迸った。

 次いで、くぐもった鬼の絶叫が響き渡る。


「出るぞ」

「まさか……」


 桜が鬼のいる場所に気づいたのと、足下で地面が盛り上がったのはほぼ同時だった。


「わわっ!?」

「そのまま刺せ!」

「は、はい!」


 バランスを崩しそうになる桜を一喝したのは柊矢だ。

 初めて彼が声を荒げたことに驚きながらも、今は鬼が優先と気持ちを切り替え、地中から覗いた頭めがけて天音を突き刺した。

 その瞬間、刀身から溢れたのは白い靄だ。


「え?」

「退鬼、霊刃」


 これは何だ、と疑問を覚えた桜の耳に、柊矢の声が届く。

 短く唱えた直後、刀が刺さった部分から白い光が溢れ、地中から半身を出した鬼は言葉にならない悲鳴を上げた。


「――――ッ!!」


 桜は慌てて天音を引き抜き、鬼から離れる。

 地中から這いずり出た鬼の体は、端から炭化してボロボロと崩れていき、断面からは黒い煙を立ち上らせていた。

 呆然と見ていた桜の横を、柊矢が通り過ぎて鬼へと近づく。


「えっ。あ、危ないですよ?」

「問題ない。もう終わったから」


 あっさりと言ってのけた柊矢は、手にしていた銃を砂場へと向ける。

 まだ何かいるのかと思った桜が銃の先を追って見ると、『ある物』に気づいた。


(黒い、穴……? それと、何か流れてきてる……)


 歪に開いた黒い穴が、砂場の上に出来ていた。また、穴からはドライアイスの煙を黒く染めたような気体が流出している。

 最初に見たときはなかったものだが、何故、今になって見えるようになったのか。

 唖然と見ていた桜の前で、柊矢は無言のまま穴に数発の弾を撃ち込む。

 すると、中で弾けた電流が縫うように穴の表面を這い、穴は端から徐々に小さくなっていった。

 やがて、穴が完全に塞がれると、柊矢は銃をホルスターに戻した。


「修繕完了。……谷渡さん」


 小さく息を吐いた柊矢は、防護陣を解き、駆け寄ってきた谷渡を見やる。そして、第五部隊の隊員の一人が桜に歩み寄り、「傷の手当てをしましょう」と言ったのを制した。


「俺達、別の任務があるので後はお願いします」

「……承知しました。お引き受けいたします」


 谷渡は何か言いたげに一瞬だけ桜を見たが、口を挟むべきではないと判断して素直に引き下がった。

 元々、この場所の討伐は第五部隊が引き受けていた。柊矢は膠着状態を解消するため、派遣された応援に過ぎない。

 事後処理に関して文句はないが、谷渡としては桜の手当てはいいのかと気になったのだ。また、彼女の力についても。

 当の本人である桜は、手当てを申し出てくれた退鬼師に礼を言ってから、ヴァンへと向かう柊矢を追った。


(いくら天音に記憶があるとはいえ、あれだけの霊力を放てるとは……)


 霊力によって斬られたジャングルジムを見る。

 神威は、その力を退鬼具に宿して技を放つ。基本的に、効果を発揮するのは鬼のみであり、鬼以外は透過する場合がほとんどだ。勿論、力加減を間違えれば斬れることもあるが、普通の使い方でそこまで力を込めることがない。


「あの神威、何者なんですかね? 物を壊すだけの霊力を消費したのに、倒れることもないなんて……隊長?」

「……いや、砂羽さんが戦闘中、霊力の差があるから使い方を誤るなと彼女に言っていた」


 二人との距離はさほど離れていなかったため、会話は谷渡達にも聞こえていた。

 谷渡はあの言葉を聞いたとき、ジャングルジムを破壊するほどの霊力は柊矢の霊力と彼女の霊力が合わさったからだと思っていた。だが、もしかすると別の意味を持っていたのかもしれない。


「砂羽さんは『お守り』だと言っていた。つまり、霊力は貸していない」

「それって……」


 天音から流れ込んできた力の使い方では、柊矢の霊力と以前の神威の力が合わさっていたはず。

 しかし、今回は柊矢の霊力はない上に種類の異なる神威だ。

 それを彼女一人で補い、さらには戦闘後にも普通に歩けているとなると――


「彼女の霊力は、砂羽さんをも上回っている可能性がある」


 とんでもない神威が出てきたものだな、と、ヴァンに乗り込む桜を見て、谷渡は小さく笑みを浮かべた。




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