「マンションの屍体」

編棒と毛糸の束。

横には拙いながらも自分で作った帽子と手袋もある。


それは、スミ子の数少ない趣味の一つ。

社会人となってから久しくしていない趣味。


だが、ゆっくりしている時間はない。

ユウキを外で待たせている。


スミ子は慌ててボストンバッグを担ぐと

玄関のドアを開ける。


「うっし、忘れ物ないか?」


ユウキにうなずき、スミ子は玄関の鍵を閉めた。


これで当面は帰ってこれない。


ひとところに長い間滞在していると、

空間に引き寄せられてしまう。


一度空間で大きな被害が

あったところならなおさら。


それは、曽根崎に注意されていた言葉。


だが、空間を避け続ける期限も一週間。

それまでの辛抱だとスミ子は自分に言い聞かせる。


そして、スミ子はエレベーターに

乗り込むと「閉」のボタンを押した。


…だが、エレベーターが完全に閉まる直前、

誰かこちらへと駆け込んでくる姿が見えた。


スミ子はとっさに「開」のボタンを押し、

相手を中に入れる。


それは、20代に届くかという青年。

肩で息をし、額には汗が浮かんでいる。


彼は中に入るとスミ子を押しのけ、

ボタンの「閉」を連打する。


「閉まれ、閉まれ、閉まれよ!」


スミ子たちは、わけがわからずも

閉じていく扉を見つめ…そして、気づく。


そこに、老人がいた。


枯れ木のように痩せ細った体。

裸足に合わせ目を逆にきた白い着物姿。


三角布を頭に付け、顔は大部分が布に覆われ、

ゆらゆらと歩いている。


しかし、老人が入る前に青年がドアを閉じた。


階下へと降りていくエレベーター。

中には、ユウキとスミ子と汗だくの青年だけ。


青年は必死に息をしながら二人に言った。


「…あの爺さん、2週間前に死んだんだ。

 なのに、今もああしてさまよっているんだよ。

 あれは動く死体なんだ。」


絞り出すような声で青年はそう言うと、

大きく息を吐いてエレベーターの床に座り込んだ。

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