「子供化」
「急がなくていいから、ゆっくり噛んで。
落ち着いたらデザートも頼むから。」
そして、あらかたお腹が満たされ、
セットのパンを食べる頃、スミ子の目からポロリと涙が落ちた。
…正直、久しぶりだった。
金銭的に余裕がなく、
外食なんて一年以上も行っていなかった。
温かいご飯なんて、
ずっと食べていなかった。
それだけに、久しぶりの食事に涙が出た。
みっともないと思いながらも、
パンを味わいながら口いっぱいにほうばる。
「あーあー、もうしょうがないなあ。
…ほら、ナプキン使って。誰も見てないから。」
ユウキは鬱陶しそうな顔をしながらも、
どこか手馴れた様子でナプキンをよこしてコーヒーをすする。
「落ち着いたら言って。
俺もこういうことには馴れてるからさ。」
スミ子は目元を拭いながらも、
内心ではユウキの意外な一面に驚いていた。
仕事の時には、周りのことなんて見えていない
子供のように感じていたのに、なんというか…
こういう場面では随分頼りになる。
「ま、面倒なことは一週間後に考えればいいんだよ。
今のところは俺も曽根崎さんも付いているしさ。」
ユウキはシメのデザートを選ぶため、
メニュー表で顔を隠すふりをしながらも、
スミ子にそう助言してくれた。
…そして、スミ子の気分も大分落ち着いてきた頃、
ユウキは注文した桃のパフェを食べながら、
「スミ子さんの言っていた鳥ってさ…」と顔を上げる。
「多分空間を泳ぐ『
師匠も何回か話してはいたけれど…
ただ、そこまでは大きくないと思うぜ。
せいぜいでかくなっても10センチもいかない。ただ…」
ただ?
そこでユウキは言葉を切ると、
スミ子に運ばれてきたマンゴーパフェを
羨ましそうに見てからこう言った。
「モグラみたいに地面に空間の穴を開けるんだ。
穴の大きさに比例して時間と空間にズレを引き起こす。
…ま、全部師匠の受け売りだけどね。本物は見たことないし。」
そこで、スミ子は思い出す。
確か、スミ子が見た鳥は
目玉だけで両手を広げた大きさではなかったか?
それに、本部内で見た空間が鳥によるものだとしたら、
大規模な穴が本部の中に開いてしまっているということであり、
…と、そこでユウキのスマホが鳴った。
「はい、はい…あ、マジですか。」
そして、スマホを切ったユウキはスミ子の方を向いた。
「…予定、変わった。明日も本部に来て欲しいんだって。
駐車場の空間に入った修理師二人がトラブったらしい。
で、スミ子さんも悪いんだけど一緒に来て欲しいって。」
スミ子はそれに了承したが、
少し引っかかることもあった。
それにユウキも気がついたらしく、
パフェの桃を最後に口に運ぶと
再びドリンクバーへと向かいこう言った。
「マンションには、曽根崎さんと二人の修理師が来てたんだ。
修理師は二人ともスミ子さんが出てくる前に駐車場の空間に入ってた。
でも、途中で行方不明になって…ついさっき本部で見つかったんだ。」
そうして、お盆に載せたハーブティーのポットと
カップをテーブルに置くユウキ。
「廊下で5歳ぐらいの子供になって見つかったらしい。
ダブダブの服につけていたカメラも分析に回しているんだけど、
正直、どうしてそうなったのかまではわかっていない。」
ユウキはカップに紅茶を注ぐとスミ子に渡す。
「…ま、今日の所はしっかり寝て休んで、
明日に詳しい話をしたいって曽根崎さんが言っていたよ。
こっちは言われなくてもそうするつもりだし、
大事なのは明日ベストな状態で動くことだから。
…スミ子さんもそうは思わない?」
そう言うとユウキは熱い紅茶を
一気に飲み干し伝票を手に取った。
「…あとさ、今日は色々勝手なことをしてごめん。
随分と迷惑かけたから、今回の夕飯は俺がおごっておくよ。」
そして、ユウキはカバンを取ると、
一人会計へと向かって行く。
「ゆっくりでいいからそれ飲んで。
俺は外で待っているから。」
スミ子は手を振るユウキの様子を見送った後、
彼がシメに淹れてくれたドリンクバーの
カミツレの紅茶をゆっくりとの飲み干し、
席を立つことにした。
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