「食事」

病院からそう遠くないファミレス。


グラスに入れられた水にも手をつけず、

スミ子はぼんやりとしながら、

今日一日のうちに起きたことを考える。


本部の空間で見た銀髪の女性は

鳥を追うように言っていた。


病院の特別病棟にいた老婆は

鳥を追うためのヒントをくれた。


しかし、時間が経てば経つほど、

スミ子にとってそれは絵空事のように思われた。


だいいち、鳥を追って何になるのだ。


確かに空間委員会の本部で見た鳥は

巨大で影響力もあるように見えた。


だが、追ったところでスミ子が

将来的に会社に元のように雇用されるとか、

今の辛い現状が改善されるとか、

そういう感じは見受けられないように思えた。


いや、それどころか今の自分は無職に近い。


補償金のおかげで空いた期間に多少の余裕はあれど、

今後生活が苦しくなることに変わりはない。


早めに、自分の今後のことを考えていかないと。


今後の就職活動や失業手当のことなども

もっと真剣に考えていかないと。


「…なあ…なあ、スミ子さん。」


名前を呼ばれ、ハッとする。

気がつけば、ユウキがメニューを指さしていた。


「何食うの。決められないなら、

 俺が適当に決めちゃうけど。」


時刻は夜の8時を回る頃。


病院を出た後、

「とりあえず食事でもするか」という

ユウキの言葉でスミ子はファミレスに来ていた。


スミ子は「あ、お願い」と言って、

また考えに走る。


そうだ、食事なんてしていられない。

次の就職先のことを考えなければならない。


職場が潰れてしまった以上、

辞めさせられる可能性が高い以上、

早く次の仕事場を探すべきだ。


後頭部の痛みが強くなっていき、

息をするのが次第に辛くなっていく。


でも、こんなに目まぐるしく事が起きている状態で、

いったい何から手をつければ…


「…思うんだけどさ、

 スミ子さん、今、すっげー気が張ってない?」


ユウキの言葉にスミ子はハッとする。


みれば、ドリンクバーから

二つのスープの入ったカップを持ったユウキが、

こちらを見つめていた。


「あー、図星か。ま、先に飲んで。

 こういう時にはあったかいもの飲むといいから。」


ユウキはそう言うと、

コンソメのスープに口をつける。


スミ子も促されるままにスープに口をつけ、気づく。


…そういえば、しばらくの間、

まともに食事なんてしてなかった。


口の中にコンソメの香りと温かさが広がっていく。

中にはクルトンが入っていて、カリッとした食感がする。


固形物なんて全然食べていなかった。

水かパンか簡単なものしか食べていなかった。


味などここしばらく感じていなかったのに、

急にここに来て不意にリアルな食感が蘇る。


「ああ、その顔。どうもしばらくの間、

 まともにもの食べてなかったんでしょ?

 スミ子さん。」


驚く様子のスミ子にユウキは慣れた様子で

ドリンクバーで持ってきたコーヒーに砂糖を混ぜる。


「…最初に見たときから寝ていないみたいだったし、

 そういう時には食事をとって寝るべきなんだよ…

 ま、6時間も寝てるような状態だったから眠くないかもだけど。」


ユウキの注文したのはおろしハンバーグステーキだったらしく、

スミ子は弱っている自分の胃袋に収まりきるか不安になる。


すると、フォークとナイフを取りながら、

ユウキは「大丈夫」といった。


「俺、虚から助けた人に飯おごるのも仕事だったんだけどさ、

 師匠の勧めでステーキとか動物性タンパク質を出すようにしていたんだ。

 そのほうが回復するって師匠も言っていたし、意外と食えるもんだよ。」


スミ子は恐るおそるフォークとナイフを出すと、

肉を切り分け、一口食べてみる。


ジュワッという肉汁とともに

肉の旨みが口の中に広がった。


飲み込むと、お腹のあたりが「ぐう」と鳴り、

改めて自分の空腹を実感する。


いつしか、スミ子の目に涙が溜まる。

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