「願いの紐」

それから数時間後、

スミ子達は車中の人となっていた。


レンタカーは天城ハルカが手配したもので、

今回のお礼とお詫びも含め呼んでくれたものだった。


「えっと、要するに今のところ、

 マザー・ヴンダーの片腕の爺さんが鳥と共に行方不明。

 未来の牛は死亡扱い。で、院長の消滅後も天城家は存続と。

 …これで、ひと段落はしたのかな?」

 

レンタカーの助手席で首をかしげるユウキ。


天城ハルカと共に未来から戻ったスミ子は、

曽根崎たちと一緒に病院を離れ、帰宅の途へとついていた。


「…いや、ここから先が大変だろう。

 未来の牛の信者の扱いは天城ハルカに任せるとしても、

 鳥の行動が予測不可能だ。過去も未来も行けるのだから、

 今まで鳥が暴れた分の被害がこれから起こる可能性も高い。」


ハンドルを握る曽根崎は、

公用車ではないからとタバコを吸いながら運転している。


「空間修理師はますます忙しくなるだろう。

 人手不足もさることながら、

 今回の件で委員会がようやく重い腰をあげたからな。

 これからさらに高度な技術力を持つ専門部門を作るそうだ。

 私もそれに賛成だが…なあ、スミ子くん。」


突然の曽根崎の呼びかけに、

「え?」と顔を上げるスミ子。


…プツン


その時聞こえた、

不意に何かがちぎれる音。


スミ子が腕を見ると、

巻いていたミサンガの端が一部、切れていた。


それは数日前。

気がついたら腕にはまっていた赤い紐。

未来の自分からもらった毛糸で出来たミサンガだった。


街の明かりに照らされたそれはひどくボロボロで、

スミ子はこれを巻いて過ごした数日のあいだ、

自身がどれほど空間を移動したのか思い知らされる。


廃病院に、砂嵐に、吹雪の中。

紐がここまで擦切れるのも無理のないことだった。

すると、曽根崎はこう続けた。


「委員会は私をその部門のチーフにすると言ったが、

 …もし、良かったら。君もユウキくんと共に、

 そこで働いてみないかい?」


ちらりとスミ子に顔を向ける曽根崎。

ユウキはそれを聞いて「ガタン」と腰を浮かす。


「実はね、上層部が君を勧誘したがっているんだ。

 マザー・ヴンダーのお墨付きというのもさることながら、

 廃病院で空間移動の証拠映像が決め手となってね、

 申し訳ないが…あの時の一部始終をカメラに収めさせて

 もらっていたんだよ。」


そう言うと、くわえタバコの曽根崎は

自分のスマホを軽く振って見せる。


「空間内では電話こそできないがカメラの類は使用できる。

 それを上の方に見せたらすぐに採用したい旨の連絡が来たんだ。

 …まあ、今すぐにはとは言わない。来月までに話を聞こう。

 何しろ君は一度、虚に入りかけた身だ。心を癒す時間も必要だ。」


…プツン


再び、紐が切れる音。

みれば、ミサンガが中ほどまで解けていた。


その様子を見たスミ子は顔を上げ、

曽根崎を見つめる。


「いえ、この場で言わせてください。

 私はその部門で働きたい。むしろ働かせてください。

 だって、こんなに面白い職場はありませんから。」


スミ子の心からの言葉。


…プチッ


その瞬間、ミサンガが腕から離れ、

膝の上に落ちた。


そして、スミ子は気づく。


未来の自分が腕に結んでくれたお守り。

そのお守りをスミ子に送った真意を。


すると曽根崎が嬉しそうにうなずいた。

 

「…そうか、じゃあそういう形で上に報告しよう。

 君が快く引き受けてくれたと言っておこう。

 無論、正式な書類が届くのは数日後、

 働くのは来月にしておくけれどね。」


対してユウキはスミ子の方に振りむくと、

子供のように唇を尖らせてみせる。


「あーあ、せっかく専門の部門に行けるのに、

 スミ子さんと一緒かあ。俺の立場なくなっちゃうよお。」


そう言って文句を言うユウキに、

曽根崎は素直に笑った。


「そうならないように、

 ユウキくんも研鑽を積まないとな。」


車内に広がる笑い声。

スミ子はそれをくすぐったい気持ちで聞く。


心なしか気持ちが軽くなった気がする。


それは自身にとって明るい未来が

開けためだとスミ子は気づいた。


ふと、車窓から外を見ると、

ビルの点々とした明かりが美しく見えた。


…今まで、スミ子は夜は嫌いだった。


一人で眠れず、体も重く、

ベッドの中で日々の辛いことばかりを考えていた。


でも、今日は違う。なんだか暖かい。

こんな気持ちになったのは久しぶりだ。


スミ子は紐の切れたミサンガを膝から拾う。


『はじめはこれくらいから始めるといいわ。

 編棒も毛糸もあなたは持っているでしょう。

 子供の頃から編んで何かを作るのが好きだったのだから。

 …人からどう言われようとも自分は自分なのだから。』


それは、未来の自分から掛けられた言葉。

スミ子を励ますために掛けた言葉。


…そうだ、できることから少しずつ始めよう。


スミ子は紐を握りしめる。


自分らしく生きよう。

前を向いて。


そして、これから起こる未来のために、

これから進む将来のために、


スミ子は、この道を、この先を、

自分と先行く人たちとともに生きていくことに決めた。

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胡乱な街 化野生姜 @kano-syouga

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