「真意」
マザー・ヴンダーの代理人と称する老人、
その老人を見た曽根崎は明らかに動揺していた。
「…ありがとうございます。まさか代理人の方が
こちらまで来るとは思っていませんでした。
何か飲み物でもお出ししましょうか?」
旧市役所の地下。
空間委員会の本部内のエレベーター前で、
スミ子たちは打ち合わせ通りの時間帯に集合していた。
ただ、予定外だったのが目の前の老人の同席。
マザー・ヴンダーの使いを称する老人の同席や、
未来の牛に関する新しい資料の出現は、
曽根崎にかなりのショックを与えたらしい。
「いや、座れる場所さえあればいい。
この街の状況は刻一刻と悪くなりつつある。
もはや秒読み状態だ、一刻も早く対処するべきなんだよ。
現在、未来の牛に関する資料があるなら見せてくれないか?」
マザー・ヴンダーの代理人と称する老人、
その老人を見た曽根崎は明らかにたじたじだった。
とりあえず近場の自販機でペットボトルのお茶を購入すると老人に渡し、
須藤家の資料をデスクから持ち出し会議室まで案内すると、
ユウキとスミ子を部署の隅まで引っ張っていき、耳打ちする。
「…いや、彼は本当に有事の時にしか来ない人だからね。
彼はマザー・ヴンダーの片腕であるトラブルシューターだ。
あの人が来るということは事態は相当深刻に違いないよ。」
額に冷や汗を浮かべつつ
ペットボトルのお茶を持った
曽根崎はこっそりスミ子に耳打ちした。
正直、スミ子は驚いた。
何しろ数日前に本部で会った老人は自分のことを何も語らず、
スミ子を空間にいる老婆の元へ連れて行く以外、
ほとんど接触もなかった人だ。
そんな有名な人だったのか。
自販機から追加の茶菓子を取り出しつつも、
スミ子は老人のことを考える。
灰色のスーツに丸メガネ。
若い頃はそこそこハンサムであっただろう顔立ち。
だが、それ以前にスミ子は
どこか引っかかりを覚えていた。
どうもあの顔を見ていると、
大事なことを忘れているような気分になる。
しかし、それを思い出せないまま会議室に戻ると、
机の上に先ほど雑貨店から持ち出された段ボールの中身や
須藤家の資料が並べられているのが目についた。
それらはアルバムや計画書の束であり、
中身を綺麗に並べた老人は須藤ミカゲの注釈の書き込まれた
冊子をパラパラとめくると何度か曽根崎に質問を繰り返し、
最後に「ふむ」とつぶやく。
「少し状況を整理しよう。
須藤ミカゲは坂下総合病院が崩れた後、
天城家の勢力を大きくするために
津久毛神社の神職をしながら結界を緩めて、
街全体の空間バランスを崩そうとしていた。」
曽根崎の用意したホワイトボードに
老人は「須藤ミカゲ→津久毛神社」と書き込む。
「また、未来の牛は生まれた後
すぐに街に再建された天城家の離れで育てられ、
10年後に始祖である天城院長が亡くなった後、
山口率いる反対派によって秘密裏に誘拐された。」
そして、「山口→未来の牛」と老人は
ホワイトボードに書き加え、ペットボトルのお茶を飲む。
「問題は未来の牛が現在どの位置にいるのか。
そして、須藤が空間の境界を崩したせいで、
小夜鳥が空間内でどれほど育ったかだな。」
そう言いつつ「津久毛神社→小夜鳥」
と書く老人に対しユウキが首を傾げた。
「え、未来の牛って反対勢力に捕まったんでしょ。
じゃあ、殺されててもおかしくねーんじゃないの?」
ユウキの言葉に老人は首を振る。
「いやいや、結果的に子孫に未来の牛が生まれてしまうし、
元々信仰していた穏健派の連中だって黙ってはいないはずだ。
彼らが望んだのは安易な予言の流出の回避と平和的な牽制。
未来の牛を外部に知れることなく管理することだったんだよ。」
老人は山口の書いたとされる計画書を
ひらひらと振ってみせた。
「…ただ、須藤ミカゲのしたことは完全に悪手だった。
奴は津久毛神社が何の意味を持って建てられたかを理解せず、
未来の牛の脅威になるというだけで結界を解いた。
ゆえに空間の境界が崩れ、徐々に街を侵食したのだ。」
小夜鳥の巨大化は、
その過程で起こったものだという。
「元々、小夜鳥は空間のエネルギーを食べる鳥だ。
餌が豊富であればあるほど巨大化し、
エネルギーを使うために別の空間へと移動する。
天城院長の病院が崩れたのも、鳥の仕業だろうな。」
老人はそう言うと「小夜鳥→未来の牛」と書き込む。
「さらに面倒なことに、空間は人間の影響を受けやすい。
結果、須藤ミカゲの解放した空間の歪みは未来の牛の信者と
繋がりを持つようになった…無論、虚の影響を考慮すれば
決して健全な方向ではなく、逆に死ぬ人間が多発したようだがな。」
そこで、ようやくスミ子は気づく。
今まで未来の牛に関わった名前のほとんどが、
子の代で亡くなっているという、その事実に。
「幸い、都心に逃げていた人間は今も健在のようだ。
それは、曽根崎くんが先ほど報告してくれた。
須藤の冊子に載っていた会員の人間で生き残れたものは、
みんなこの街から出ていたという結論だったよ。」
そう言うと、老人はホワイトボードを見つめ、
困ったようにため息をつく。
「だがこうなると、
あまり思わしくない状況になったと
言わざるを得ないな。」
その一言にユウキが反論する。
「え、反対勢力の元から奪還するだけでしょ?
簡単なんじゃないですか?」
だが、それに対し老人は「未来の牛」の箇所を
コツコツとペンで叩く。
「いや、反対勢力の活動がこれほどスムーズに進んでいるのは、
天城家の内部にも協力者がいたという証拠に他ならない。
しかも、その人間が露見しないところを見ると、
現在も天城家を動かす存在であり、なおかつ未来の牛を
監視できる立場についている人間のはずだ。」
そこでスミ子は思い出す。
そうだ、病院内で会った天城ハルカは
何かを隠しているようだった。
天城家内部にも反対派の勢力がいるとすれば、
彼女も黙ってはいないはずだ。
それがないとすると、
もしかして反対派の人間というのは…
「おそらく未来の牛が監禁されている場所は、
天城家の息がかかっている街の総合病院と見て間違いない。
…そして、ここが一番の問題なのだが、
総合病院には我々も知る重要人物が入院している。」
そう言うと、老人は苦々しく笑って見せた。
「まさか、知らず知らずのうちに人質になっていたとはな。
そう、マザー・ヴンダーは今も総合病院に入院中の身だ。
彼女の身に危険が及ぶ以上、私も迂闊に動くことができないのだよ。」
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