「老人との再会」
チェックアウトの時間が迫っていたので、
スミ子とユウキはホテルを離れることにし、
少し早めの昼食をとることにした。
「…未来の牛の信奉者であった須藤ミカゲが
最後に冊子の中でこれだけ怒っているということは、
結局、思うようにいかなかったってことなのかしら?」
駅前のカフェテラスで野菜サンドを
食べるスミ子にカレーナンをかじるユウキはうなずく。
「かもな。未来の牛が産まれた後、
なんらかのいざこざがあったかもしれない。
というか、天城家と信徒がそれを育ててるんだろ?」
スミ子はそれを聞きながら、
須藤ミカゲの書いた注釈を思い出す。
不老不死となる人物を選ぶとともに、
その子孫から予言を行う牛の姿をした存在、
すなわち未来の牛を作り出す…
祝福を受けたのは天城院長だとして、その子孫は院長の子供、
…いや、年齢的なことを考えれば孫かもしれない。
その孫が『未来の牛』
予言を行う『牛』なのか?
その時ふと、スミ子の脳裏に
一人の人物が浮かび上がった。
それは、昨日スミ子たちが出会った女医。
天城院長を祖父と言った女医。
彼女は実質的には天城院長の孫にあたるはずだ。
だが、彼女は牛の姿をしていなかったし、
別に牛と言えるような特徴もない。
それなら、彼女は無関係なのか?
いや、おそらく何かを知っているはずだ。
あの態度は間違いなく何かを隠しているはずだ。
でも、それが何かがわからない。
「…スミ子さん、
スミ子さん。聞いてる?」
ユウキの呼びかけにハッとし、
スミ子は顔を上げる。
「思ったんだけどさ。スミ子さんって考えているとき、
すごい集中していることが多いよね。」
ユウキの言葉にスミ子は動揺する。
…そうだ、前の職場にいたときにもそうだった。
たまに人の話を聞けないぐらいに集中することがあり、
その度に相手を苛立たせ、怒らせていた。
だから次にユウキから言われる言葉も、
きっとスミ子を諌める言葉にちがいない。
スミ子はそれを覚悟していたが、
ユウキの口から出た言葉は意外なものだった。
「いや、それだけ熟考できるってことはさ、
俺みたいに表面だけしか考えられない人間とは
違うんだなあって思って、時々羨ましくってさ。」
…え、とスミ子はユウキの方を見た。
ユウキもスミ子の視線に照れくさくなったのか、
急いでラッシーを飲んでごまかす。
「…えっと、ともかく。
曽根崎さんからまだ連絡も来ていないし時間もあるようだから、
この冊子に載っている未来の牛に反発していた人の話を
聞きに行こうかなと思ってスミ子さんに話していたんだけれど。」
そう言って、冊子をパラパラとめくるユウキ。
「ほら、この最後のページ。
信徒の名前と住所と電話番号が載っているんだ。
その中に、ここからそう遠く無い住所があってさ。
そこに住んでいる人間の名前が山口っていうんだよ。」
そこでスミ子は気がつく。
須藤ミカゲが冊子に書いていた
愚痴の中で何度も出ていた名前。
それどころか、確か廃病院で会った天城院長は
須藤の他に山口の名前も出していなかったか?
「スマホで調べてみたら、
住所も動いていないみたいなんだよ。
だからワンチャンあるんじゃないかって思ってさ。」
確かに、調査が進むのならば、
少しでも手がかりがあるほうがいいかもしれない。
「そうね、行ってみましょうか。」
スミ子はユウキに同意し、
ユウキはそれを聞くと立ち上がる。
「じゃあ食事も済んだし、とりあえず目的はそれでいいな。
こっちは家に行くまでのルートを調べるし、
スミ子さん、悪いけどトレーを片付けといて。」
スミ子はそれにうなずき、
すでに会計を済ませた食器をトレー置き場にしまう。
…その時、テラスから見える駅の出口付近で、
スミ子は見覚えのある人影に気づいた。
とっさにスミ子は店の外へと駆け出すと、
人影の元へ走る。
「あの、待って、待ってください。」
それを聞いて、タクシー乗り場に
行こうとした初老の男性は足を止めた。
「ん、君は。一体…?」
それは、見覚えのある姿。
フェルト帽にグレーのスーツ。
丸メガネの奥に見える目は不思議そうにスミ子を見る。
…それは、空間委員会の本部で会った、
あの奇妙な紙の束のような生き物を連れていた
初老の男性で間違いなかった。
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