「未来の牛」
三日目の朝。
ホテルのロビーでスミ子はユウキとともに
曽根崎から渡されていた冊子を読んでいた。
それは、坂下総合病院の院長であり、
すでに故人である天城カズラの書いた冊子。
彼の信仰する神についての概要と、
信徒に向けての言葉が書かれている教書だった。
この冊子の持ち主は
津久毛神社の先代神主の須藤ミカゲであり、
冊子の中にはミカゲ自身の注釈もいくつか入っていた。
…曰く、この神は信仰する人間を将来の繁栄に導き、
またその中から不老不死となる人物を選ぶとともに、
その子孫から予言を行う牛の姿をした存在、
すなわち未来の牛を作り出す役割があるのだそうだ。
ミカゲの注釈にはこの神が
天城カズラが海外に行った時に接触した神であり、
不老不死の祝福をカズラに与えていたと書いていた。
そして、未来の牛が生まれると信徒は再び集結し、
未来の牛を維持し信仰を保つことが目的として書かれており…
「…うわ、カルト教団じゃん。
俺たちもあの変な化物見ていなきゃ、
ただのあぶねー集団としか思わないわな。」
ユウキはロビーで頼んでいたオレンジフロートを飲みつつ、
冊子の内容に苦言を漏らす。
ただ、一部にはミカゲ自身の心境を吐露する記述もあり、
都会に行った信徒の大部分が未来の牛の存在に懐疑的なこと。
自身が率先し、より未来の牛を生み出しやすい環境を整えるために
障害となる街の結界の存在を排除していく旨が書かれていた。
「街の結界って、あの神社のことかな。
んー、じゃあミカゲは過激派の単独犯で、
婿入りしたのは未来の牛を邪魔する場所を潰すためで、
それであの神社のめちゃくちゃな環境が出来上がったと。」
そう言いつつも、ユウキは頭をかく。
「でも、何でこの街にこだわるのか、
イマイチわかんねえなあ。」
その辺りのことはスミ子が気づいていた。
「…多分、これを書いたのは地盤沈下で町が潰れた直後じゃない?
坂下総合病院の関係者はみんな街に移ったみたいだし、
それに伴って未来の牛の環境を整える必要が出たのよ。
発行年数を見ても、それくらいの年だし…」
「お、スミ子さんやるねえ。」
だが、その先はかなり判読に時間を要した。
冊子の後半をミカゲの考えが埋め尽くしていたからだ。
大小の書き殴られた文字、
思いつきで書かれたものか文章は大分乱れている。
その大部分が信徒に対する苦言であり、
「未来の牛」へ反発する派閥への名指しでの誹謗中傷、
故郷を捨てる信徒に対する侮蔑の言葉が大多数だった。
そしてページの真ん中には赤い文字でこう書かれていた。
「鳥が地を進み大地と空が交わる。
牛は崩れ、鳥は彷徨う。」
ボールペンで書かれた赤い文字。
殴り書きのように書かれた文字。
その雰囲気だけが他と違い、
須藤ミカゲがこの言葉に対し、
いかに意識して書いたかが読み取れた。
「これ、もしかして予言かな。
未来の牛がしたっていう予言はさ。
ということは、もう産まれちゃっていたんだな。
予言をする牛の存在がさ…」
ぽそっと言うユウキ。
だが、その言葉にはわずかな震えが混じっており、
自体がより深刻なものだということを物語っていた。
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