「津久毛神社」

午後はスミ子にとって苦手な時間帯だ。


血の巡りが悪くなるのか頭が回りにくくなり、

夕暮れに近くなるたびに体は重みを増す。


神社の境内で工事現場の音が聞こえてきたときにも、

スミ子はあまりいい気分がしなかった。


以前から、大きな音や光にも

敏感に反応することが多くなった。


バリバリという工事の大きな音に

自分の気持ちが落ち込んでいくのもわかる。


だが、それは自分の問題だ。

これくらいの音は我慢しなくてはいけない。


いくら具合が悪くなろうと、

これは自分の問題なのだから…


「うるさいだろう?この近くに博物館ができるらしくてね。

 二年後の完成をめどに急ピッチで工事が進んでいるんだ。」


そう言ってスミ子たちを案内する壮年の男性は、

津久毛神社の神主で曽根崎の友人の津久毛サトルといった。


さすが昔ながらの友達ということもあり、

曽根崎は気兼ねなく彼に話しかける。


「どうだい、息子さんは。

 最近じゃあ地元に帰って不動産業をしているんだろ?

 少しは地元に貢献してくれているかい?」


「…いや、アキラの奴はダメだねえ。

 社長になったのをいいことに大方のことは部下に任せて

 自分はテナント借りて機械いじりに夢中みたいなんだ。

 いい歳した大人だから、叱れなくて困っているよ。」


そんな世間話を交えつつ、

津久毛はスミ子たちを自分の家に上げ、

客間に通すと熱い番茶を出してきた。


「ほい、で何だったかね。

 うちの親父の話だったけ?」


机の上に置かれている茶菓子の饅頭をつまみながら、

津久毛は曽根崎に聞く。


曽根崎はうなずくと津久毛サトルの父、

…旧姓、須藤ミカゲについて尋ねた。


「仕事の関係で天城家を調査することになってね。

 その過程で君の親父さんの名前が出てきたんだよ。

 50年前に坂下総合病院と何か繋がりがあるらしくてね。

 知っていることがあったら教えてくれないか。」


直球といえば、あまりにも直球。


だが、津久毛は特に嫌な顔することなく

うなずいて見せる。


「ん、電話でもそう言っていたしな。

 ちょっと親父の遺品を漁ってみるか。

 …何なら、みんなで一緒に来て探してみるかい。

 親父の遺品は蔵にあるから、その方が早く済むし。」


そう言うと、何のことはない感じで

障子を開けて広い廊下へと歩き出す。


「折角の申し出だが、二人はどうする。

 一緒に行くかい?」


曽根崎の問いにユウキはうなずく。


「ええ、大丈夫です。

 スミ子さんもそうだよな。」


スミ子もうなずき立ち上がろうとするが、

…その時、気づく。


それは酩酊に近かった。


一瞬視界がグラリと歪み、

とっさに机の縁に手をつく。


その時、客間の畳から何かが生えているのが見えた。


それは人の顔のようなもの。

でも人ではない何か。


ねじくれた頭部を持つそれは、

畳の中を泳ぐようにしてスイスイと進んで行く。


「…スミ子さん、目に毒だ。

 あんなもの長く見ているもんじゃない。」


気がつけば、

ユウキがスミ子の手を取って言った。


だが、その顔もどことなく青く、

明らかに目の前のものを見て動揺している。


心配する曽根崎をよそに、

ユウキは先に行ってくださいと断り、

スミ子を立たせてから廊下を歩く。


「実はさ、敷地に入っていた時から気づいていたけど、

 この神社の空間は相当やばい。元からかもしれないけど、

 境界が他の場所より曖昧だし…何より多すぎる。」


「何が?」と問うとしたスミ子の横を影が通り過ぎる。


それは、先ほどと同じ、ねじくれた頭部を持つ生き物。

人間大ほどの彼らは列をなして廊下をゆるゆると歩いていく。


「…目を合わせない方がいい。

 迂闊なことをすると中に入られて虚になる。

 あれは空間の搾りかすが形をとって動き出しているものだ。」

 

ユウキはそういうと、

緊張した面持ちでスミ子の手を強く握る。


普段のスミ子だったら手を握ることすら拒絶しているところだったが、

今回ばかりはユウキの行動にありがたみを感じていた。


それほどまでに、

この場所に気味の悪さを感じていた。


「曽根崎さんはここを『鬼門』と呼んでいた。

 まあ、この手の場所はもともと危ないとは思っていたけど、

 よくまあここに住んでいる奴らは正気でいられると思うよ。」


そして、ユウキは近くの生き物を一瞥すると、

廊下を静かに歩き出す。


「この調子じゃあ、あの建築中の博物館も

 将来的にどうなるかわかったもんじゃないね。

 だってあの場所、この『鬼門』からまっすぐ先に

 位置しているところだもの。扉でもつけたら中に入り込まれるぜ。」


そう言うと、ユウキはブルリと一つ震える。

その後ろで未だに続く工事の音が聞こえていた。

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