「アプローチ」

「…痛いところを突いてくるなあ。

 確かに空間委員会は通報や明確な証拠がない限り、

 現場に踏み込むことすらできないからね。」


そう言いつつ、

曽根崎はクリームパスタをフォークで綺麗に巻きとる。


時刻は昼の12時過ぎ。


街の総合病院から出たスミ子たちは、

とりあえず腹ごしらえしようという曽根崎の提案で、

先日入った隠れ家風のカフェに避難していた。


今日もスモーキングルームはガラガラ。


果たしてこの場所に曽根崎以外の人が

入る日などあるのだろうかとスミ子はいぶかしむが、

ユウキの言葉がそれを遮った。


「でも、これで調査はふり出しじゃないですか?

 鍵も取られちゃったし、女医さんからは何も聞けないし、

 第一、あの廃病院の爺さんは何なんですか。」


明太子パスタを食べつつ文句を言うユウキに、

曽根崎はコーヒーを飲み、少し目を伏せる。


「…おそらく病院に残った空間の残滓。つまり幽霊だね。

 40年前に死んだという証言も得られているし、

 私も事前に調査した時に死亡の書類を確認している。

 だが、それよりも気になるのは…スミ子くん袱紗ふくさ出してくれる?」


スミ子はベーコンの載ったほうれん草のパスタを食べていたが、

曽根崎の言葉にあわててポケットを探る。


「えっと、これですか?」


…それは、確かな重さを持った袱紗。


中にはあの廃病院の院長から

もらった香典袋と札束が入っている。


廃病院の中でスミ子を信者の身内と勘違いした院長が、

生活に困らないようにと渡してきたものだが…


それを思い出すとスミ子は

かなり恥ずかしい気持ちになる。


勝手に勘違いされたとはいえ、

早いうちに伴侶を亡くした未亡人という扱いで

院長からこの札束をもらってしまったのだ。


年齢イコール彼氏いない歴と合致するスミ子にとって、

これは結構深刻なダメージだった。


…確かに、まともに働いていればお局くらいの年だけど。

勘違いの上に哀れむような目で見なくてもいいじゃない。


そんなことを考えながら

パスタを食べていたせいだろう。


ユウキが驚いた声を上げるまで、

スミ子はお札に目を向けようとすらしなかった。


「すっげ、聖徳太子の万札なんて俺初めて見たよ。」


ちらりと見れば、それは昔のお札。


保存がしっかりしていてピン札で薄く、

綺麗に紙帯でまとめられている。


「発行年数が昭和60年代。

 法隆寺の透かしもあるから本物だな。

 だが、おそらくこれは…」


そう曽根崎が言った瞬間、

札束に変化が起きた。


じわじわと紙幣が黒ずんでいく。


それも一枚二枚ではなく、

束になったすべてが同時に。


袱紗も同様であり黒い線のようなものが無数に広がると、

あっという間に札束も袱紗も香典袋でさえも黒ずんだ何かに変色した。


…カビ臭い匂いが鼻につく。

それを見て、曽根崎が首を振った。


「やはりな、人もいない廃病院にまともに物が残っているはずがない。

 あの場所は40年前から時間が止まっていたと考えるのが妥当だろう。

 不老不死を研究していた院長らしい結果だな。」


慌てる様子もなく曽根崎は手近なナプキンをつかみ、

用意していたビニール袋に崩れたお札と袱紗を入れる。


「おそらく、本人は死を自覚していないんだろう。

 40年前から生きてあの場所にいると思いこんでいる。

 だからこそ、昔の感覚で我々に信者の儀式を施そうとしたわけだ。」


と、言いつつ。

曽根崎は眉をひそめる。


「…だが、それよりも気になったのは、

 空間から外に出た先が総合病院だったということだ。

 空間はもともと思い入れの強い場所へと繋がる性質があるから、

 あの場所から総合病院に繋がることはおかしいはずなんだよ。」


それに対し、ユウキが身を乗り出す。


「俺、思ったんですけど女医の天城でしたっけ。

 あの女が怪しいと思ってます。鍵の持ち主だし。

 それに曽根崎さんの言葉に微妙に反応していたじゃないですか

 えっと、確か『未来の』…」


「『未来の牛』の存在。

 廃病院の天城院長が使っていた言葉だね。」


そう言うと曽根崎は、

最後のクリームパスタを巻き取って口に入れた。


「…確かにね、引っかかるんだよ。我々に銃口を向けた時、

 あの場で天城院長は不老不死ではなく『未来の牛』を口にした。

 それも存在の横取りとかいう物騒な言葉を後に続けたし、

 それが今後のキーとなる気がするんだよね。」


そして、手近にあったナプキンで口元を拭い、

曽根崎は電話ついでにデザートを注文すると言って、

スモーキングルームから出る。


その場に残されたユウキは「うーん」と言った後、

皿に残っていた明太子のかけらをすくい取りつつ、

こう言った。


「…なあ、スミ子さん。

 空間内で俺たちと対峙したあの化物さ。

 砂嵐と降ってくるプレートでよく見えなかったけど、

 後半、何かと戦っていたように見えたんだよね。」


それを聞いて、スミ子はギクリとする。


そう、院長から信者として空間に飛ばされた時、

スミ子はとっさに空間を触り『小夜鳥』と接触していた。


その直後に砂嵐は弱まり、

結果的にスミ子たちは空間にある洞窟へと、

ひいては空間から外へと出れたのだが、

あれは互いが衝突している音だったのか?


スミ子はとりあえず砂嵐の中で化物と対峙していた生き物が

小夜鳥である可能性をユウキに話す。


すると、ユウキは「うーん」と難しい顔をして見せた。


「まあ、感覚的にしかわかんないけどさ、

 空間内を移動できる小夜鳥ってさ。

 もしかしてあの院長の信仰する化物と敵対関係にあるのかな。

 テリトリー的な感じでかち合うと喧嘩するとか。」


ユウキの考え。

だが、これは憶測でしかない。


確かな証拠もない限り、勝手な考えで話を進めても

今後、悪手にしかならないだろう。


スミ子がこの話を切り上げるべきか迷っていると、

チーズケーキとロールケーキを載せた

おぼんを持った曽根崎が部屋に入ってきた。


「二人とも、どっちか好きな方を選んでくれ。

 それと、一人この件に心当たりのあるの人物と連絡が取れた。

 多分我々に協力してくれるだろう。食べたら出発するぞ。」


席に座るなり一服する曽根崎に、

ロールケーキを突きつつ、ユウキは聞いた。


「それ、この街にいる人ですか。

 でも天城家の人は誰も…」


と、そこで曽根崎はタバコの煙を吐いて手を振った。


「いや、天城家の人間ではないが天城家のことを知る人物だ。

 スミ子くんのファインプレーで信者の名前が分かったからね。

 須藤と山口。この苗字を持つ人間が街にいたことを、

 私は思い出したんだよ。」


そして、曽根崎はスマホをタップすると

一枚の地図を表示させる。


「『津久毛神社』…器物を御神体とした鬼門封じの神社だ。

 で、神主の父親の旧姓が須藤でね。名前を須藤ミカゲと言ったんだ。

 なんでも都会で選挙に敗れた後に神道の学校に通い、

 帰郷した後に街の神社に婿入りし苗字が変わったそうだよ。

 これは空間の中で天城院長がしていた話とも一致する。」


そう言うと、曽根崎は嬉しそうに眼を細めた。


「教えてくれたのは神主の津久毛サトル。

 もともとこの街の歴史に興味の有る人物でね、

 以前、私に自分の家についても話してくれたんだ。

 …さすが、持つべきものは友人だね。」

 

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