第7章「核心」

「病院の応接室にて」

「…どうぞ、ダージリンですが。」


そう言うと、応接室の向かいの席で

医師の天城ハルカはスミ子たちに

淹れたての紅茶を勧める。


広い室内は高価な調度品に囲まれ、

カーテンの引かれた窓からは

日差しに照らされた川と公園が見えた。


だがスミ子は厚手の服に安全靴という場違いな姿で、

なぜその服装なのかと問われれば返答に困らざるおえない。


何しろ、スミ子たちは10分ほど前まで、

立ち入り禁止の町の廃病院の中にいた。


そこから空間に巻き込まれ、

出た先は街でも有数の総合病院の廊下。


そこで、ばったり病院の女医に出会ってしまったわけだが

…それからの彼女のもてなしに、スミ子は当惑する。


「申し訳ありませんが夫である院長は忙しく、

 今日も学会での発表が入っているもので。

 私が代理ですが、ご了承ください。」


そう言いつつ、頭を下げる天城医師。


机の上には、先ほどスミ子から取り上げた、

廃病院の院長室の鍵がある。


隣に座る曽根崎は何も言わない。

だが、何かを待っているようにも見えた。


そして彼女も座ると、

紅茶を一口飲むなりこう言った。

 

「昨日、空間委員会から私の代理弁護士に電話がありました。

 天城家に関する情報を提供して欲しいという内容で、

 お話しすることもないと思い素直にお伝えしたのですが、

 …何かご不満でも?」


どこか、探るような言葉。


…ああ、そういうことか。

スミ子はようやく理解した。


つまりスミ子たちは、

招かざる来訪者だったというわけだ。


電話をした相手先が急に仕事先の病院まで

押しかけてくれば、誰だって怪しむ。


痛くもない胸のうちをさらさなければならないのなら、

誰だって嫌な思いになる。


だが、曽根崎は相互を崩さすにこう言った。


「まあ、そうですね。情報をいただけるのなら…

 例えば、あなたの祖父である天城カズラさんが、

 現在どこにいらっしゃるのか…とか?」


天城医師はしばらく黙っていたが、

急にコロコロと笑い出した。


「…何かと思えば、死んだ祖父の話ですか?

 それは、言うまでもなく天城家の敷地の墓の中ですね。

 何しろ40年前に死んでいますから。」


それを聞いてスミ子は驚く。


…この女医は何を言っているのだろう?


だって、先ほどまでスミ子たちは廃病院にいた老人、

天城カズラと話をしていた。


院長室に入ったことで銃口を向けられ、

信者だと偽ったことで儀式に巻き込まれそうになった。


それなのに、相手が死んでいると…


「では、これを見ていただけますか?」


そう言うと、曽根崎はジャラリと机の上に何かを乗せた。


それはスミ子にも覚えがある、

金属の輪に繋がれた二枚で一組のプレート。


片方は無地で、片方には『牛』の文様の入ったプレート。


…おそらく、空間に飛ばされた時に

砂塵の中で拾ったものだとスミ子は大方予想していた。


「これは先生の持っている鍵についていたものと同じものですよね。

 我々は、これと同じものを坂下総合病院の敷地内で見つけました。

 その際、気になる文言が入ったものを見つけましてね、

 ええっと、未来の牛だったかな…そんな言葉に覚えは?」


実際にその単語を口にしたのは

他でもない院長である天城カズラだったが、

交渉として曽根崎がその情報を出さないことは明白だった。


そして、天城カズラの孫を名乗る天城ハルカは

紅茶のカップを皿に置くと静かに首を振った。


「…いえ、覚えはありません。」


その言葉に曽根崎は「ふむ」と言いつつ、続ける。


「では、質問を変えましょう。こちらでの調べで分かったことですが、

 天城先生は先日マンションに住んでいる男子学生にあっていましたよね。

 近くの大学に通う2年生で調べたところによると彼はそちらの…」


「ああ」と天城医師は言葉を遮る。


「彼は私たち天城家の、ひいては娘の許嫁だったんだです。

 ですが、それは祖父と父の決めたこと。古い習慣に則ることは

 時代錯誤だと思いまして、先日こちらから正式に婚約解消の話を

 しに行きました。本人も了承済みの話ですが…それが、何か?」


今度は曽根崎が「いえ」という。

すると、彼女は背筋を伸ばして曽根崎を見た。


「…どうも、委員会は詮索がお好きなようですね。

 公的機関の一部とはいえ調査に法的権限はないと思っていましたが、

 弁護士を介しての発言に対してご不満があるようでしたら、

 今後、こちらの方に正式にアポイントメントを取っていただいて…」

 

だが、それ以上の言葉を遮ると曽根崎は慇懃に頭を下げ、

傍に置いてあったリュックを持って立ち上がる。


「いえ、大丈夫です。ただの確認のようなものして、

 今回はいろいろお騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。

 今後、こちらから連絡することもないでしょう。

 …さ、二人ともいくよ。」


そして、曽根崎は女医に再び一礼し、

応接室を後にする。


スミ子たちも後に続くが、

その時スミ子は机の上に置いた天城医師の顔を見た。


うつむきながらも整った顔立ち。


だが、その奥にはひどく暗く、

底知れぬ憤怒を隠しているようにも見えた。

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