「消滅集落」
50年という歳月により、
人の作った道はここまで荒れてしまうものなのか。
デコボコ道に大きく揺れる車内。
シートベルトで体を押さえ、
ドア上のアシストグリップにしがみつきながら、
通り過ぎていく道を見つめる。
…道路は半ば自然に還りかけていた。
割れたアスファルトから草が生い茂り、
枯れた草の間からまた新たな植物が生えていく。
タイヤが背の高い草を踏むたびに中から虫が飛び出し、
すでに車窓には数匹のバッタが張り付いていた。
「…思ったよりもひどいな。
15年前には、まだここまで荒れてはいなかった。
最後の家族が出て行ってからだね、こうなったのは。」
曽根崎の言葉にスミ子は驚く。
15年前には、
まだここにも人が住んでいたのだ。
曽根崎は「本当にね」と付け加えた。
「委員会から補償を拒否した家庭が数件あった。
彼らは行方不明の家族が見つかるまでこの土地に居続けると主張し、
我々も彼らをなるべく見守るような形でライフラインを止める
ことはしなかったんだが、それも長くは続かなかった。」
世代が変わるにつれ、
苦しい生活に耐えられなくなった家庭は次々と離散し、
また度重なる地盤沈下の影響もあり街とこの土地とをつなぐ
インフラの整備は次第に追いつかなくなっていった。
そして最後に残った一家も、
あまりにも壊滅的になった土地に住んでいることができず
15年前に泣く泣く故郷を捨てねばならなかった…
「人は変わる、時代も変わる。
だが変えるきっかけを作ったのも人間だと
私は考えているんだよ…悲しいことにね。」
曽根崎はしみじみとそう言うと、
周囲を見渡す。
みれば、大分崩れてしまってはいたが、
ところどころ棚田の跡が残っていた。
人々がその土地に根を下ろし築き上げたもの。
長い年月をかけて積み上げてきた文化の跡。
だが、それらは空間の被害によって、
二次被害である地盤沈下の影響によって、
あっけなく崩れてしまった。
そして、この土地は人を寄せ付けない場所となった。
人が入れない土地となってしまった。
…崩れかけた橋を渡りきると、
そこにはかろうじて「町」と呼べるものがあった。
枯れたツタに覆われたアーケードの跡。
崩れかけながらも形の残った何軒かの家屋。
ガラスの割れた自販機の上には鳥の巣ができていた。
「…地面の隆起がひどくてこれ以上車は進められない。
ここまでだな、この先は歩いていこう。」
そう言うと曽根崎は車から降り、
後部座席から重そうなリュックサックを取り出し、
一緒に入っていたカバンをユウキの方に渡した。
「中には修理師の使う道具が入っている。
いくつか説明するから、ユウキくんは覚えておくように。」
そうして地面に広げられたものは、
腕くらいの太さのある大型のチューブに左官などでよくみるコテ。
計器や長いノズルの付いた掃除機といったものだった。
「特にこのパテは大事なものだからね。
これをコテで塗らないと空間の穴はふさがらない。
修理師の生命線のようなものだから、無くさないように。」
そういうと、曽根崎は大事そうにチューブをリュックに戻し、
計器や掃除機のような機材の使い方をユウキに簡単にレクチャーした。
「…主要なものはこれくらい、後でおいおい話していこう。
急にいろんな話をしても混乱するだけだからね。
よかったら説明書も入れてあるから、道中読んでおくといい。」
曽根崎はユウキにホチキスで止められた簡単な冊子を渡す。
ユウキは「はーい」と手を挙げ、小学生のような返事をした。
だが、なんとなくユウキは説明書を
読まないタイプだとスミ子は感じていた。
案の定。ユウキはさっさと冊子をカバンにしまうと歩き出す。
「で、これからどこに行くんでしたっけ。
病院って言ってもそれっぽい建物は見当たりませんよね?」
すると、曽根崎は首を振りながら前を指差した。
「大分崩れてしまっているけどね。
坂下総合病院は町のシンボルでもあったんだよ。
ほら、あの町の中心部にある建物だ。」
その言葉に、
スミ子もユウキも先を見る。
町中の、崩れたアーケードの先。
鉄筋コンクリートで建てられた
今にも崩れそうな白亜の建物が坂下総合病院だった。
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