十七章 幸福な終わり方(ハッピーエンド)がいいじゃない

 ゆっくり太平洋へと向かう船を見ながら平野平秋水、平野平正行、石動肇は停泊されていた星ノ宮港のふ頭にいた。

「終わったね」

 ヘルメットを取りバイクに座った正行が言う。

「終わったな」

 グリフィスの助手席で秋水も言う。

「終わった」

 その車の運転席で感慨深げに石動も言った。

 石動の胸には銃弾を受けた傷のせいで包帯がまかれている。

「でも……おやっさんも無茶言いましたね。俺に『拳銃を使え』だなんて……」

「しょうがないだろ? 向こうが決闘したがっていたんだ……俺は石動君の腕前は知っていたし、無下に断ったらエラいことなっていたぞ」

「俺、石動さんが拳銃、得意ことをはじめて知りました。というか、普段、使いませんよね」

「あれは明確に命を奪う武器だ。俺は使いたくなかったが、それが言える雰囲気ではなかった」

 確かに、あの時のポーは皆殺しも辞さない雰囲気ではあった。

「それに、俺も腹痛で身動き取れなかったんだぜ」

「親父、単に尿道結石だろ?」

「馬鹿‼ あれ、目茶目茶痛いんだぞ‼ まあ、あの後、石動君と強制入院になったけど……翌日に出たときは嬉しかったなぁ」

「でもさ、運がいいよね……親父は別にして、石動さんもポーさんも無事で……」

「ポーはともかく、俺は、胸のポケットに入れたUSBが弾丸の軌道を逸らしてくれたおかげだ」

 そう言ってポケットを探す。

 と、ズボンのポケットなどをもたたき出した。

「あれ⁉ USBメモリーがない‼」

「あらま……ま、いいじゃない? どうせ、弾丸で砕かれたんだろ?」

「ええ……でも、入院した時にはあったのに……」

 あっけらかんとした秋水に困惑する石動。

「俺たち、何だかんだ言って、人がいいよねぇ。見送りまでしちゃうんだから……でもさ、親父。何でビアンカさんがポーさんの娘だってわかったの?」

「親子……だからかな?」

「親子?」

「雰囲気がさ、どことなく似ていたんだよ。で、彼女の話と世界的裏の情報サイトなどで探ったらビンゴしたわけ」

「俺、全然、気が付かなかったな」

「それが普通だ」

 石動が正行を慰めた。

「でも、これから、あの二人はどうするんだろう?」

 小さくなった船を見ながら正行は心配そうに言った。

「さあね、後の話はあの親子が決めることだ。俺たちが関与できる話ではあるまいよ」

 秋水は返事をした。

「そもそも、俺たちは彼女に父親の居場所を知らせただけだ」

 石動も簡単に言う。

 だが、正行は口をへの字にした。

「そう言いつつ、ポーさんを国外脱出するために尽力したじゃん」

「それは、猪口さんの……正確には日本政府の思惑が大きいな。今回のことでツンドラ王国と変な関係になったら入国してもらえないからね。向こうとしても、身内の不祥事だ、秘密裏に処理したほうがいい。暗殺時に置かれた金は必要経費を除いて全部、ビアンカ……チセさんに渡したし」

 秋水はそう言ってあくびをした。

「俺はナターシャさんのお見舞いついでに出航までに石動と変な動きがないか調べたが、正行は何で来た?」

「レポート提出で学校に行ったんださ……みんな、まだ俺にビビっているの……チセさんは退学しちゃったし教授たちも少ししょげていたから海を見に来たの」

「何が学生らしい……」

 秋水が問うとしたとき、彼らの後ろにダイハツのトールが止まった。

 三人は振り向くと少し驚いた。

 長谷川綾子がスーツ姿で出てくると怒りの形相のまま運転席のドアを乱暴に閉めて三人の前に立った。

 正確には秋水の横、グリフィスのドアに立った。

「あなた……」

 声からして明らかに怒りを内包しているのが分かる。

「今日、何の日か分かっている?」

「今日?」

 しばらくして、悪びれる様子もなくゴリゴリと秋水は頭をかいた。

「……分かんねぇなぁ。お前の誕生日ではあるまい?」

 その言葉に綾子の堪忍袋の緒が切れた。

「今日は、あなたの、尿道結石の診察の日でしょ‼」

「別にいいじゃん。石は出たんだし、今のところ俺、平気だぜ」

「あなたね、他人の事ばかり心配しているけどたまには自分のことも心配しなさい‼ 病院へ行くわよ‼ 正行もだらだらしてないで早く家に帰って繊維質のおかず作りなさいね!」

 そういうと、半ば強引に秋水の手を取りグリフィスから出し、自分の車へ連れて行く。

 秋水は仕方なしについていく。

 呆然とする二人。

「仲がいいのか、悪いのか、よくわからないな……あの二人」

 正行が呆れたように言う。

 と、石動は正行を手招きして、助手席に乗せた。

 そして、小声で言った。

「ルームミラーを見てみろ、自然にな」

 正行がルームミラーを覗く。

 目を丸くして驚いた。

 父の上着を母の小さい手が握りしめている。

 驚きの声を上げようとする正行の口を石動が塞ぐ。

 直後、【元】夫婦を乗せた車が去っていく。

「なんか、本当によくわからないな」

 口を解放された正行がつぶやく。

 走り去る綾子の車。

 素直な正行の言葉に思わず石動は折れた骨に響くほどの声を上げ笑った。

 正行が両親の関係を理解するには、もう少し人生の甘味と酸味と苦みを知らないといけない。


 よく澄んだ青空の元、人々は思い思いの人生を過ごしていた。


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