十三章 狂い咲け!!
平野平正行が自分の意思を持って目を覚ましたのは、どれだけの時間が過ぎた頃だろう?
まず、泣きはらした目が痛い。
頭も、中に銅鑼や太鼓があってガンガン叩かれたように、痛い。
それから、喉がガラガラする。
声を出すと、掠れている。
周囲を見て苦笑した。
部屋は乱雑になり、いたるところに空になった缶ビールやワイン瓶が転がり、スナック菓子などの空き袋が散乱している。
部屋には酒の匂いが充満していた。
とりあえず、窓を開け空気を入れ替える。
冷たい空気が部屋の空気を清める。
多少、車などの排ガスなどが入るが気にはしない。
スマートフォンを見ると再び苦笑した。
そこには、メンバーからの謝罪の言葉やキャラクターが謝っているスタンプが大量に送られていた。
『都合よく使ってごめんなさい‼』
『平野平さんに甘えていました』
等などだ。
父親が行方知れずになってから、正行の精神は不安定であった。
何もかもが癪に障る。
大好きな母親でさえ怒鳴り散らし、悪態をついた。
病院から無事に退院して自分と同じぐらい不安な母に暴言を吐いた。
心にもないことを叫んだ。
大学に来ない事を心配して来てくれた学友たちにも心にもない酷いことを言った。
そんな自分が情けなく、惨めで、無様だった。
だから、近くのコンビニで大量に買ったおいた酒とスナックなど飲んで食べた。
誰にも会いたくなかったし、話したくなかった。
とりあえず、部屋の掃除をした。
それだけでも、疲れた。
『生きること』そのものに疲れた。
無力状態になったのだ。
正行は掃除をして空気のきれいになった部屋で折りたたまれた布団の上に体を乗せて微睡むままに夢の中に入って行った。
季節は春。
大学に入学したての正行は、今は改装中になっているが、家に庭先で木刀を振っていた。
晴れているが冬の気配が少し残る。
それでも、正行の身体からは汗が噴き出ていた。
上に着ていたブラウスは縁側に脱ぎ捨てた。
木刀は、祖父である春平が中学校入学からもらったもので、中には鉄棒が入っている。
重さは十キロ程ある。
最初のうちは数回振るだけで手に血豆が出来て汗が出た。
でも、泣き言は言わなかった。
むしろ、楽しんでいた。
子供のころから、友だちがやっているゲームや話題になるドラマや芸能人は、あまり興味はなかった。
全くなかったわけではない。
面白いのも認めるし、実際、友だちと共通の話題で話し、遊ぶのも楽しい。
でも、周りの友達のようにはならなかった。
周りに道場の弟子たちなど『大人』がゲームやネットより面白いことを教えてくれた。
ゲームやネットのように安易に『結果』は得られない。
だから、面白い。
自分の工夫次第で如何様にも変わる戦況が楽しい。
『裏社会』『闇社会』と呼ばれる厄介な厄介事の解決に祖父たちに同行することもあるので『楽しい』だけでは死んでしまう。
それでも、心の片隅で楽しんでいた。
「正行、昼飯だ」
縁側でスラックスとブラウスを着た祖父がお握りと唐揚げ、野菜の浅漬けを用意して声をかけた。
「何? また、唐揚げ?」
素振りを止め不満そうに正行が言う。
「嫌だったか?」
祖父である春平が問う。
満面の笑みで正行は否定する。
「ううん、最高!」
木刀を置き縁側で昼食を食べる祖父と孫。
文字通り、よく食べる正行に対して春平は唐揚げ一個と小さい目のお握りをひとつ食べて、あとは麦茶を飲んでいた。
「爺ちゃん、食べないね」
正行が心配そうに見る。
「貫徹して食欲より眠いな」
春平は眠そうにあくびをする。
嘘だ。
この時、祖父の身体は癌に侵されていた。
本来なら、病院のベットで安静にしていなければいけない状態だった。
しかし、祖父が最後に望んだのは家族と穏やかに過ごす時間だった。
このことを知ったのは、祖父が亡くなってからで、この時点では正行は何も知らなかった。
ただ、繰り返される日常を謳歌していた。
お握りと唐揚げが正行の胃に収まった時、春平は不意に縁側に置いてあった下駄を履き、正行が振っていた木刀を片手で数回振った。
軽く振っているが重さは十キロ以上である。
慣れない者は振れば腰や肩を痛める。
『やっぱ、並みの爺ちゃんじゃねぇなぁ』
正行はつくづくそう思う。
無論、祖父は最初から重い木刀を持たせたわけではない。
小学生のうちは基礎体力を上げることと受け身や捌きなどを徹底的に教え込まれた。
木刀を振るえるようになったのは両親の離婚が裁判沙汰になった中学入学と同時からだ。
最初は普通の木刀だったが、師匠でもある祖父は、まず基礎を教え込んだ。
それから、徐々に中の鉄棒を重くしていき今の重さになる。
「おい」
何を思ったか春平は孫を呼んだ。
「何?」
「この木刀も小さくなっただろう? 今度、お前に合った木刀を作ってもらう。重さは二貫」
二貫とは現在のキロ換算で約八キロになる。
「え? 軽くなるの?」
正行は驚いた。
そんな孫を無視して春平は縁側に戻って座った。
「軽くなると言っても、今の身長に合わせて大きくなるから当分は慣れないよ」
そう言って、縁側に戻った春平は小鉢に入った萎れたきゅうりを口に入れポリポリと食べ麦茶で流し込む。
しばらく、静かな時間が流れた。
自動車の音や登山者の話し声も聞こえない。
一陣の強い風が吹いた。
庭先の角に植えてある桜の木が揺れ、花弁がはらはらと舞い落ちる。
正行はしばらく小さな桜に心奪われていた。
祖父が声をかけた。
「正行」
「なに、どうしたの?」
春平は花びらの散る桜を指さし問うた。
「お前は、あの桜を見てどう思う?」
「え?」
突然の質問に、正行は意図を掴みかけていたが、素直に答えた。
「……綺麗だと思った」
「じゃあ、どうして『綺麗』だと思った?」
ますます、分からない。
「ええっと……綺麗に咲いていたから?」
とりあえず、言ってみる。
「逆だ」
「逆?」
春平は麦茶を飲んで、一息ついた。
「激しく散るために桜は咲くのだ」
「死ぬために咲くの?」
正行は理解しがたい。
人は生きたいから生き、やがて、歳を老い死ぬ。
それから、気が付いた。
――人は生まれた瞬間から、確実に死に向かって歩き始める
――どんなものにも始まりがあって終わりがある
「お前は勉強の成績は悪かったが、物の本質を見抜く目と理解力は、そこいらの自称知識人共よりいいな」
「褒めているの?」
正行は怪訝そうな顔で祖父を見た。
彼はテレビに出てくる知識人などに嫌悪感を持っていた。
「褒めているよ」
それから、背筋を伸ばし春平は語った。
「俺は戦時中に徴兵され仲間が死んでいくのを見ていた。運がいいのか悪いのか、俺自身は今も五体満足で生きているが、ほとんどは死んだ。勇ましい戦死じゃない。不衛生な場所での疫病や下痢による衰弱死、飯を得るために夜中に拠点を移動して敵に見つかり銃殺、自殺……あえて言うが、誰かのために死ぬことは美しいことじゃない。美しいのは言葉の上だけだ」
正行は、かける言葉が見つからなかった。
祖父の目は、過去を懐かしみ、感傷に浸るわけでもなかった。
ただ、桜の木を見ていた。
また、風が吹いた。
桜の花びらが舞う。
「だから、正行に言っておく。『誰かのため』なんて綺麗ごとで死ぬな。死ぬのなら自分のために狂い咲くように死ね。他人の戯言なぞ捨ててしまえ!」
その迫力に正行は頷くしかなかった。
「は……はい……」
この時は、祖父が何を言っているかわからなかった。
目が覚めた。
部屋は街の光でうっすら明るい。
時計を見る。
夜だ。
正行は部屋にある風呂場へ向かった。
もう、何日、風呂に入っていなかったのか?
裸になって備え付けられた鏡を見て苦笑した。
髪はさほど伸びてはいなかったが、顔には無精ひげが生えた。
ただでさえ、学校では同級生より年上なのに、ますます年寄りに見える。
髭を剃ってシャワーを浴び頭の先から足の裏まで洗った。
再び鏡を見る。
そこにいたのは、よく知っている自分の顔があった。
絶食したのか、泣き喚いたせいか、体つきも以前のものと近くなっている。
体を拭いて下着をつけ、引っ越してから開けていない段ボールから伸縮性のある黒の細身のスラックスと長袖のシャツを出して、着込んで運動靴を履いた。
それから、システムベットに置いておいた刀袋から白樺の木刀を出す。
スマートフォンを操る。
メールが来ていた。
そのメールを数分間凝視して、正行はスマートフォンをポケットに入れた。
ドアを開け、首だけ出して左右を見る。
誰もいない。
前を見ると、メモ書きがセロテープで貼り付けてあった。
「『正行へ 冷蔵庫にご飯があります。お腹が空いていたら食べてください。 母さんより』……」
台所に行く。
誰もいない。
部屋の入口に木刀を立てかけた。
冷蔵庫を開けると大きめのトレイに小鉢に入った数種類のおかずがあり、それらをテーブルに置く。
炊飯器にはご飯が炊きあがっていた。
お茶碗にしゃもじを使ってご飯を盛る。
照明をつけると母が起きるかもしれない。
明かりをつけなくても、大きな窓から入る街の光で物の形や色合いは分かる。
コンロを見れば鍋が一つ置いてある。
蓋を開けると味噌汁が入っていた。
これもお椀によそってテーブルに置く。
「いただきます」
箸を手に持つ。
一人で食べる食事。
初めてではない。
子供のころ。
両親は忙しく、三歳ぐらいには一人で準備された食事を用意して自分で食べていることが多かった。
それが当たり前だった。
小学校入学と共に祖父の家に預けられた。
食事作法は父から厳しく躾けられていた(あの当時の父、秋水は性格が百八十度違って寡黙で厳しかった)ので、さして注意は受けなかった。
祖父も多忙の時はあったが、出来るだけ孫と一緒に食べることを努めた。
この頃、正行の好物が決まった。
鶏の唐揚げ、卯の花和え、肉じゃが、叩き鱈の煮つけ、切干大根、きんぴらごぼう……
二十歳あたりの男にはいささか渋い料理だが、正行は好きだった。
そして、その中でも上位に位置する好物が小鉢に入っている。
正行は母の作った料理を丁寧に食べた。
味噌汁も正行の大好物のジャガイモと玉ねぎの味噌汁だ。
粉末のインスタントではなく、ちゃんと出汁も取ってある。
「ごちそう様でした」
正行は茶碗などを洗う。
水量が多いと大きな音がするので若干弱くする。
洗いながら、正行は考えた。
母は多分、荒れた自分に対して毎日毎日料理を作っていたのだろう。
元々家事が得意ではない人だ。
たぶん、ネットや社員の家族から見て聞いたのだろう。
石動に抱えられた母を見たとき、胸が痛くなったのを思い出した。
元・夫とは言え、愛する人を亡くした痛みは自分か、それ以上にあっただろう。
でも、母は息子の気持ちを尊重した。
本当は自分も辛いはずなのに……
父がいないのだから、正行が変わって母を支えるべきなのに……
自分の情けなさが正行を襲う。
冷蔵庫の中を見る。
調味料は多いが、思ったほど肉や野菜は少ない。
正行は少し考えて、目ぼしい野菜と豆腐、卵、麺つゆ、天かすを出した。
まず、野菜を適当な大きさに切る。
野菜は椎茸、エリンギ、茹でて冷凍したほうれん草、長ねぎ。
それらをごま油で炒め豆腐を手で崩してめんつゆで味付けし天かすを入れる。
最後に卵でとじて深めの皿に盛りラップをして冷蔵庫に入れた。
フライパンなどを洗い、備え付けのタオルで手を拭く。
木刀を腰に下げる。
玄関を出て、地下駐車場に向かう。
シービー400アール。
ホンダが販売しているレーシングバイクを模したバイクだ。
もっとも、各所に秋水の手が加わり便利になり、走りは過激になっている。
色が漆黒なのは元からだ。
ハンドルに手をかけたが、跨らなかった。
バイクを押して家を出た。
爆音で母を起こすのは気が引けた。
すでに、街は寝静まっていた。
表通りに出た。
ほとんどの居酒屋なども店を閉めて、開いているのはコンビニぐらいだ。
バイクを押しながら、ふと母の味を思い出していた。
――母さん、切り干し大根で少し砂糖入れすぎて醤油も多く入れたな
――まあ、俺の卵とじもカッチカチに固めたから半熟好きな母さんは嫌がるかなぁ?
足を止め、後ろを振り返る。
ここまでの距離があれば目は覚めないだろう。
『お前は、御仏の涙になれ』
そんな言葉を子供の頃、見たことさえない祖母の法要で訪れた僧侶から言われたことがある。
『御仏の涙は、慈悲の涙だ。慈悲の涙とは、地に恵む雨だ。雨は多くの生き物を生かす。お前の力は、そのように生かせ』
確か、こんな内容だと思う。
『御仏の涙……か……』
これからすることを聞いたら、あの僧侶は何というだろう?
怒るだろうか?
悲しむだろうか?
二十四時間営業のコンビニの前でたむろしていた高校生が正行に絡まろうとした。
だが、次の瞬間。
顔を青ざめ、文字通り脱兎のごとく逃げた。
彼に高校生たちは映っていなかった。
――父を殺した奴らのアジトを目指す。
そこは自衛隊払い下げの土地だ。
建物や訓練場などが残っているのでサバイバルゲームのフィールドやコスプレ会場に使われている。
今は建物の耐震問題などで立ち入りが禁止されている。
隠れ家には、うってつけである。
教えたのはポーが送ってきたメールだ。
これから、どうなるか。
正行にも分からない。
もしかしたら、警察に逮捕されるかもしれない。
それでも、正行はいいと思った。
『父を殺した組織を壊滅させたい』
それだけが、正行の脳と心を支配していた。
ヘルメットをかぶりバイクに跨り、エンジンをかける。
バイクの爆音は目覚めた野獣の鳴き声のように街に響いた。
一時間後。
ポーが送ったメールの通り、そこはバイスの極秘訓練場になっていた。
ヘルメットとバイクを隠し、正行は闇夜に紛れて夜間訓練をしていたバイスの兵士たちを倒していく。
黒い覆面を引きはがせば、自分より若いアジア系、日本人も数名いた。
上等な武器を持っている者もいた。
だが、所詮、付け焼き刃である。
正行たちのように訓練されているわけではない。
そこに、忘れもしない声がした。
「どうした?」
嬉々とした声に正行の毛は逆立った。
父を拳銃で撃ち、ナターシャを奪おうとした戦闘狂。
タンクトップに迷彩柄のズボンをはいた大男が出てきた。
身長は正行と同じぐらい。
岩のように厳つい顔だ。
「俺の名前は
少し癖があるが、おおむね聞き取りやすい。
正行も名乗る。
「俺は平野平正行……」
しばらく睨み合う。
お互いの力量を測るため。
油断を見つけるため。
二人の間には、一種の『結界』のような空間が生まれた。
そこに誰かが入れば身を真っ二つにされそうな鋭い空気。
呼吸すら油断できなかった。
そして、器から水があふれるがごとく、二人は一斉に動いた。
両手で相手の手を掴み、前傾姿勢になる。
純粋な力比べだ。
脚が地面にめり込む。
皮膚に相手の指が食い込み、骨がきしむ。
陳も正行もそのまま塑像のように動かない。
力が均衡しているのだ。
少しでも気を抜くと相手に骨を折られ負けてしまう。
陳は、真っ向勝負を挑んできた、この骨のある青年を喜んでいた。
正行は違った。
父を見殺しにした悔しさ。
自分の情けなさ。
それらを包括する怒りの中にいた。
「返せ……」
陳の顔が激痛にゆがむ。
『ボギッ‼』と骨の砕ける音がした。
「俺の父ちゃんを返せ!!」
そういうと陳を持ち上げ、レスリングのブリッジのように陳を地面にたたきつけた。
陳は、そのまま地面に激突し気絶した。
荒い息をして、正行は陳を見る。
父の仇は身動きをしない。
周囲には拳銃を構えた訓練兵が正行に銃口を向けていた。
その中にいて、正行は落ち着いていた。
いや、何か憑き物が落ちたように呆然としていた。
――殺せ!
と命じる自分がいる。
――もう、いいだろう
と言う自分もいる。
そこに爆発音がする。
驚く正行。
兵たちは延焼しないように現場へ向かう。
その姿を見送る正行。
頭が動かない。
その腕を取る力を感じた。
「正行、しっかりしろ‼」
「石動さん⁉」
隣にいたのは父の親友であり、正行の兄貴分の石動肇であった。
「とにかく、ついて来い‼」
正行は、走る石動へ何か言おうとした。
――なぜ、ここにいるのか?
――どうして?
しかし、陳が身じろぎを始めた。
今、起きて再び戦うのも面倒だ。
石動の背を追い、正行も駆けだした。
石動の足が止まったのは、小高い丘であった。
おおよそ、紅白戦の司令部などの用途で使われていたであろう高さで辺りがよく見える。
遠くに煙が見える。
「奴らの移動手段を爆破したんだが、上手くいったな……」
兵士の動向などを見て石動は言った。
彼の衣装は正行と同じだった。
「あの、石動さん……」
肩で息をしながら正行は石動に問うた。
茂みを通ったので服に付いた枯れ枝や蜘蛛の巣を払う。
「なんで、あなたがここにいるんです?」
同じ道を通ったのに、石動にはごみは一切ついていない。
それどころか、息も上がってない。
「そうだな……たぶん、正行と同じだ」
「……?」
「俺のスマフォにポーからメールで『バイス』がここにいることを知った……本当なら、お前に『敵討ちはやめろ』と諭すべき役割なんだろうが、今回は止めた」
「石動さん……?」
「俺もおやっさんの仇を討つ。法律も規範も関係ない! これで、地獄に落ちるというのなら喜んで落ちてやる!」
決意する石動に対して正行は考えた。
自分でも驚くほど、妙に冷静な自分が、いつの間にか、いた。
――敵をすべて倒したとして、それからどうする?
きっと、父がいたらこういうだろう。
「君たち、熱くなりすぎ。もう少し冷静になりな」
この言葉は正行の胸の内の言葉ではなかった。
石動も驚いた。
それから、ゆっくり後ろを振り向く。
最初、夢かと思った。
自分たちが生み出した幻影だと……
しかし、その声の主は、自分の足で一歩一歩、歩いてやってきた。
懐かしい声、大きな体、野性味の溢れる顔、綺麗になっているが別れた時と同じ服装……
その全てが懐かしく、全てが欲していた男。
「父ちゃん‼」
正行は普段、心の中で読んでいる名称で父を呼んだ。
全ての感情が体の中で爆発して涙が吹きこぼれた。
敵地だというのに号泣した。
感情が溢れて何を言っているのか、どうなっているかさえ分からなかった。
「はい、気持ち切り替えて……」
秋水はそう言って落ち着き始めた正行の背を叩いた。
涙を拭う。
「石動も悪かったな。心配かけて……」
と、石動は沈黙を守っている。
少し、秋水は考え言った。
「正行、少し周りの様子を見ていろ」
「……うん」
正行は父の体を離れて丘の端に立った。
まだ、鎮火活動をしているようで下は平穏だ。
だが、正行は前を見ていた。
後ろで父と兄貴分がどんなことをしているか分からない。
石動肇は祖父の言葉で言う『伊達男』である。
人前で感情の発露はあまりしないはずだ。
秋水は、それを推し量って正行を一人にした。
だから、聞こえてくる泣き声などは無視した。
それに、『なぜ、姿を現さなかったのか?』を聞いているのだろう。
やがて、鎮火を終え兵士たちが正行たちのところへやってくる。
「やばいなぁ」
正行が漏らす。
「あら、正行。ビビっている?」
近くに来た秋水が軽口を叩く。
「そんなわけないよ。ワクワクする」
正行は強がってみせる。
「それで、どうします?」
涙の痕もない石動の問いに秋水はニヤリッと笑った。
「ありったけの弾丸ぶっ放して大暴れしつつ臨機応変で敵のボス目指して中央突破……俺たちらしく派手に行こうや」
「銃を持っているのおやっさんだけですよ」
「それってなにも考えがないってことじゃん」
石動と正行が冷静にツッコミを入れる。
「そうだったっけ?」
「……そうですよ」
いつもの空気だ。
正行は、この危機的状況に安堵すらしていた。
横を見ると、石動はマイオトロンの電力を上げていた。
流石に殺すことはないだろうが、当たったら、当分は痺れて動けないだろう。
つまり、この男も内心楽しんでいるのだ。
父は嬉々としてデザートイーグルの弾丸を装填する。
正行は片手で木刀を振る。
祖父が正行のために特注で作らせたものだ。
中に鉄棒が入っている。
素人が扱うと、自身が振り回される。
操るには筋力や握力が必要だ。
相手は銃を持っているし、装備もいいだろう。
しかし、それでも……
この三人で荒事の中に飛び込む楽しさは何よりも得難い。
「それじゃあ、久しぶりに三人揃って行くぞ!」
「はい‼」
三人は駆けだした。
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