手繰り寄せる痕跡_03

 モノレールの中。雑音などほとんどなく、強いて言うならば人の呼吸音くらいのその環境で、わたしは例の化石のような端末に繋ぐために、優先イヤホンだか、ヘッドホンだかを用意しなれけば、と、考える。データを移行してもっと手軽に観ることもできるけれど、それはあまりにリスクが高い。できるならばこの端末のまま、自己との接触を最低限にとどめた状態が望ましい。

 ジャンクショップは、どこにあったか。案外うちのメンタが管理しているモノの中に、埋まっているかもしれない。

 エアポート二○二へ向かいながら。わたしはひと眠りをした。


 <人間という種はすばらしいものですね。かつて万民の病と呼ばれた感染症を無毒化する遺伝子的進化、あの泥の降下で汚染されきった土壌を限定的にも除染して、作物を育て、畜産を再興することにも成功した祖先には頭が上がりません。―――本日の特集は、そんな遺世代の専門家をお招きしてお送りする、先の戦争から現在に至るまでの人類の進化について>

 目をつむったせいか、聞こえてくる女性の声。車内広告の一環か、それともわたしの脳裏が記憶をリフレインさせているのだかは分からない。ヒューマノイド讃歌の後は、人間讃歌か。目的地までのおよそ三十分。特集はきっと終わることはないし、おおよそ四十五分スパンで組まれているだろうプログラムはわたしが下車する頃にちょうど佳境を迎えて、いっそ名残り惜しさを感じさせたりなどもするのだろうか。


 パーソナリティはやはり、いつもの女性の声をしている。典型的な、聞き心地と耳ざわりのよいはっきりとした声。専門家と言われた声は年季の入った男性のようだった。やはり、威厳のようなものをある程度備えた人物として聞かせるには、このくらいが必要とされるのかもしれない。本題をきちんと聞こうとすると眠るどころではないし、聞いたところで、どうせ一昔前に流行っていたという移住計画の宣伝文句、新しい土地のマンションがどうの、新しい土地だからこそ、隣人との人付き合いが必要だとかなんとか、そんなのと変わらないちょっとポエミーで中身のないものだ。


 案の定、女性の声も、男性の声も、繰り返すのは一様に人間の遺伝子、その進化がいかに素晴らしいかというそればかり。それを手を変え品を変え、そして角度を変えて別の側面から、というふうに何度も何度も繰り返す。いっそこれを真面目に聞こうとする方がすっきり眠れたのではないか。退屈で仕方のなかった歴史や、生物の授業中のように。  

 <エアポート二○二、エアポート二○二、従量課金型廃棄場へお越しの方は、エアポート二○二でお下りください。>

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