手繰り寄せる痕跡_04
エアポート二○二。そこが、わたしの目的地だった。
そこでできることは大きく分けてふたつ。廃棄と、廃棄物の査定。廃棄のためにいったい幾らほどのクレジットが必要になるのか、というところを判定する。大昔にはあったのだという、再起用目的での廃品回収。そんな制度はすっかりなくなってしまっているから、何を捨てるにもクレジット――金と信用――が必要になる。
べつに、今すぐメンタを廃棄しようってんじゃない。
言い訳じみた言葉が脳裏に浮かぶのを感じながら、溜息を吐いた。
隣人に疎まれ、不審がられさえしてなお維持しておくだけの資産価値は、彼らにはない。もうずいぶん昔にただのプラスティックだと断定されてしまった彼らを未だ生かしていられる、その一点においては我が家が富裕であることを周囲に知らしめるのによいのかもしれないが、そういったアピールは往々にしてただの反感の種にしかならないことは知っている。
メンタを廃棄するとして、生家の力に頼らずに、わたし個人のクレジットだけでそれができるのだろうか。
初期型といわれる我が家のメンタは、どんどんと内部の軽量化、省エネルギー化が進んだ後継機たちとは違ってプラスティックの中に重みのある、人間でいうところの臓器のような機関を備えているものだから、きっと廃棄だって一筋縄ではいかない。だから、正確な重量が分からなくとも過去の廃棄履歴をチェックすることで、いくらかのあてをつけられやしないかと考えたのだ。
利用者用の端末の小さな画面に流れてゆく、本日の査定価格一覧。家電が一回り大きくなるだけでクレジットの桁も一桁異なるのだということを、わたしは初めて知った。この分では、メンタの廃棄など到底できそうもない。
一時間程は眺めていようかとぼんやりとタイマーをセットし、アンドロイド、ヒューマノイド、メンタ―といった言葉を検索語に指定して通知の届くよう設定。利用者端末とわたしの個人所有端末を連携し、本来査定待ちに使われているのであろう長椅子に腰かけてふと気付く。利用者端末には、備え付けの有線イヤホンがぶら下がっていた。
「すみません、拝借しても。」
廃棄物を満載した何か、見たことのない機械を運転するスタッフに声を掛けたが、知ったことではないとばかりに一瞥の後に無視された。どうしたものか。どうしたもこうしたもないのは分かっているが、考えずにはいられなかった。きっとわたしが声を掛けたスタッフは運搬専任だか何だかで、そもそも利用者への対応すら義務ではないのかもしれない。となると利用者対応を職務に請け負う誰か別のスタッフを探して聞くのが道理だが、基本的に利用者は皆廃棄予約を済ませているようで、特段スタッフと会話をすることもなくその荷物を順繰りに計量し、廃棄スタッフの運転する機械の荷台へと置いてゆく。
仕方がないだろう。
考えること、思い悩むことの美点は、これだけ考えて打開策が見つからなかったのだから仕方がない、と、自分に対しての言い訳と免罪符ができることだ。わたしは一瞬空を仰いで、あの手記の筆者が見ていた空に想いを馳せた。
彼が見ていた空は、わたしが見ているのとは違うはずだ。わたしの見ている空には彼のいうような不変性はないし、呼吸の度に出入りをする空気の中身は人口ではない。――人口なのかもしれないが、少なくともそれは公然の事実ではないし、今の社会における研究者たちというのは、彼と理想の男の間にあったような隔たりもなくわたしたちと地続きの生活をしていると聞いている。<秘密主義は身を亡ぼす>。まるで洗脳のように繰り返すものだと思った日もあったが、実際に洗脳されているのかもしれない。ごく自然に脳裏に浮かんだ言葉を、今は必要ない、と判断して振り払う。
彼の見ていた空が実際にはどうであったのか。それは、この有線イヤホンを拝借してあのリンクの先、恐らくは動画であろうそれを観ればわかることなのだから。
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