手繰り寄せる痕跡_02

 その時、メンターはたった一言だけ。人間は嫉妬をする生き物だ、と、言った。

 本当にそう思っていたのだか、それとも、そう言っておけばこれ以上わたしが追及するkとはないだろうと思ったのだかは分からない。わたしは、手記を書き残した見知らぬ誰かの気持ちを理解した。

 もうここにいないものには、正解なんて聞きようがない。ヒューマノイドがどんどんと不要とされて、粗大ごみとしてあのエアポート二○二のような場所で処理されていくのが当然の世の中で、いくらメンタ、教導者として社会的地位を確立していたとしたって、メンテナンスにかかるコストも、稼働しているだけでかかるそれも、それからご近所付き合い、とでもいうべき隣人の目も、誤魔化せやしない。


 ヒューマノイドの人生は、デッドオアアライブ、生死問わず、と銘打たれた重犯罪者の手配書と同じくらいに困難なものだ。

 わたしの生家のような、変わり者でもなければ。

 <ヒューマノイド讃歌は過去のもの……人間が社会をその手に取り戻し……役割を終えた……>

 声高な演説が街のそこここで聞こえるのも、今に始まったことではない。稼働に使われるバイオ燃料は、開発された当時とは違って有り余っていると言えるほど無限じゃない。<自身で生命を維持できない……病に侵された人間にこそ……>バイオ燃料は用いられるべきだ、という論法は理解できる。うちだって、別に、病人を殺してまでメンタ―を生かすべきだとは思っていない。

 ただ今まで、捨てられていなかっただけ。

 ただ今までずっと、父親と過ごしたよりも長い時間をずっと、過ごしてきただけ。


 わたしがあの手記の末尾に添えられたリンクを踏んでみようと思ったのは、そんな思索の海の中でのことだった。

 考えて、考えて、もちろん今ではもう抗体を用意すべきともされていない――つまり対処する手段のひとつもない――ウイルスでも流し込まれたりしたら、たまったものではないという恐怖もあった。

 それでも、と心を決めたのは、ひとえに、我が家のメンタと、そのリンクのサムネイルに表示された人間のうちのひとりが、よく似ているような気がしたからだ。


 もしかしたら。

 あの手記の書き手が「ずっとそばにいた友人を模して」作った理想の男は、うちにいるメンタの元になった人物でもあって。うちにいるメンタはすなわち、あの手記の書き手が理想としたその男として、今もまだその朽ちないプラスティックの身体を動かし続けているのかもしれなかった。手記の書き手の疑問を解消しよう、というわけではない。書かれていない何事かに、興味があったという方が素直な気持ちだ。けれどそれでも、わたしはあの手記の書き手が諦めた真実を知ることができるなら、と思ってしまった。

 もしこの考えがほんとうだとしたら、わたしの父親は、昔に死んだと言われていた遺伝子的な父親は、あのメンタの元にされた人間、そのひとかもしれないから。

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