手繰り寄せる痕跡
わたしが拾い上げられたデータは、ここまでだった。この手記は筆者の思い通りに、それが誰だかを特定されることなく存在している。ただし、この世界は彼が思ったよりもずっと安定しているし、彼の語る、まるで無菌室のような環境のもと人間が生活していた時期があったことなんてのは学校教育の中で習うくらいにポピュラーな、歴史的変化のあった時代として誰もに知られるようになった。
家の押入れで見つけた、化石のように分厚い液晶端末。
定量の人間を詰めて運搬する、モノレール。振動のひとつもないそれの座席に腰を下ろして、腰椎、脊椎、腸骨その他の関節が最も自然な角度になるように包まれて、わたしはこの手記を何度も読んだ。
かつてあった時代。歴史の授業で何度も聞いて、生物の授業でも何度も聞いて、その度に呆れかえるような気持ちで、過去のことを知ったところで、二度とその時代に戻ることはないだろうと言われるような不可逆的な修復をなし得た人間の、その優秀な遺伝子の力を信じておけば使い道はない。繰り返す歴史を学ぶことには、意味があると思う。未だ罹患する可能性のある病について学ぶのであれば、意味があると思う。けれどそのどちらでもないものを学べと強要されるのはひじょうに退屈で、大人の後悔に巻き込まれているような気持ちにさえなったものだった。
その時代を、生きていた人間の書いたもの。それは、この世代のおおよそすべての人間がそう思うだろうとおりに、見つけた当初はわたしにとっても、厄介極まりないものだった。お前のパパはアンディーだ、と、揶揄された幼いころを思い出しさえした。
<廃品回収はエアポート二○二にて本日十二時から……汎用調理器具、フィルムレンズ、……発電機、大きなものから小さなものまで……支給品は官公庁へ、個人所有品はエアポート二○二へ……、納戸に置き去りのヒューマノイドはありませんか……>
モノレールの中、はっきりとした女性の音声が繰り返す。月に二回か、三回かくらいのペースで遭遇する広告。
歴史の、ひげ面のメンタ―が語った言葉を思い出す。
「あの時代を経て、人間は自分たちがもし絶滅しても生き返ることができるように、なんてことを考え始めた。あの○番プラントがその代表格だけれども、もっと肝心だったのがヒューマノイドだ。」
「どうして? あんなのただのポンコツじゃないか。」
「保存した種を栽培して、花を咲かせるには、世話をする人間か機械が必要だろう?」
滅亡した時に、それきりで終わらないように。滅亡しないことを考えるのではなくてそれを受け入れてしまおう、と考えるほどに死が身近なものだったということすら理解できていなかったわたしは、実家のメンタ―のことを思い出しながら、苛立ったものだ。
「じゃあなんで、みんなはメンタのことを、アンディー、なんてばかにするの?」
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