放射線状に広がる記憶_04

 そして、私がプラント主任になってしばらくした頃。丁度新種と思しき外の生物の痕跡を持ち帰った調査部からのそれをスキャナに通して、さてこのスキャナもあと何度仕事をしてくれることやら、と、ぎいぎい、そして時々ぱきぱきと不穏な不満を垂れ流すそれを眺めていた時に、彼が私の元を訪れた。

 「どうした、何かあったのか。……いやそれより、お前、受付を通れたのか。」

 なんていう、恐らくはとびきりに間抜けな顔をしていた私に向って、彼はからからと爽快に笑った。

 「通れたよ。うちでアルビノが生まれたから、そのサンプルを、ってこれを見せたらね。」

 彼がそう言って私に見せたのは、もうすっかり見飽きてしまった検査用の、耐環境真空シリンダだった。外から持ち込まれるものも、この中で採取されたものも、私のもとへ渡される生命の痕跡のすべてが、その中におさめられている。彼もまた私にそれを手渡す立場になったのか、と、思うと感慨深くもあったが、それは同時に、あの頃ただ語り、笑いあった友人としてではなく、私と彼はすっかり社会的に、研究者と労働者というカテゴリに当てはまってしまったのだという実感すら呼び起こした。

 「品種は、」

 「ヒトだよ。俺の息子が白変してた。」

 だから、こんなことを平然と、笑顔のままで言えるのだ、。


 彼からシリンダを受け取り、保管庫ではなく、運搬用の氷冷バッグに入れて。そしてその頃には試用段階で、他のスキャナや、電源装置と変わらない過去の遺物に過ぎなかったメンタに留守を守るよう言いつけた。そうまでしてプラントを離れたいと思ったのは後にも先にもこの時だけで、私は、彼の手を引いて敷地内でいちばん奥まった機材室裏で、あの日植物園で彼がしたように静かに、と努めて深呼吸をした。

 そしてその時、最後に見たあの時よりもずいぶんと肌の色が日に焼け、掌が分厚くなって、肩もたくましくなっている彼の労働者としての変化に気が付いた。私ひとりが、置き去りにされてしまったような気持になった。あぁ、と視線を下げた先に、与えられたエリアで毎日繰り返し同じことをしているのであろう彼の首筋に、柔らかな布に覆われたその隙間に、焼け焦げたような痕があることにも、気が付いた。彼は畜産に携わっているはずで、加工業は専門外のはずだ。火気に晒されるのは当然の環境とは言い難いだろう。それだのに、なぜ。

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