放射線状に広がる記憶_03

 こうして手記を書く間にも呼吸は細くなってゆき、今、はたして私が、判読に足る文字を書き残せているのかも分からなくなって久しい。ゆるやかに、ゆるやかに。それでも書き続けるのは、ひとえに私が最後まで、臆病を自覚している私が最後まで、心に決めたことをやり遂げるのにきっと、必要なことだ、と、思ったからだ。

 私は、プラント主任のままで死ぬ。


 あの日、彼はたしかに私に「プラント主任になったら」と頼みごとをした。その言葉の中には「プラント主任になれ」という意味は含まれていなかったろうし、言葉の外にだって含まれていなかったはずだが、私はなんの作為か、運命というやつかの手によって学位を修了後すぐにプラントに配属された。そうなってしまえば、私に残された道はただ、生きている間にプラント主任になって、彼との約束を果たしてみせる、その一本道だけだった。明日にも死ぬかもしれない、下手をしたら、私ひとりが死ぬだけではなくて明日にも世界ごと死んでしまうかもしれない。そんなことばかり考えていた私がそうして道の先を見つめ、歩いてゆけたのも。彼の存在があったから、でなくして、なんだというのだろう。


 結論から言うと、私はプラント主任にはなったが、彼の種子を保存することは、かなわなかった。


 この空を眺めながら、あの日彼は言った。

 「君も人間だったってわけだね。」と、自分の望みが叶えられなかったというのにやけに嬉しそうに、そして呑気に笑って言った。そんな彼の真意は未だに私の知るところにはなく、語る彼も既にいないわけだが、どうしてか私には、彼のその言葉が嬉しく思えたのを、憶えている。私が彼のその言葉をどう受け取ったのか。なぜ私が嬉しく思ったのか、という曖昧な境界を鮮明にするにはその作業が不可欠なわけだが、私の最も苦手とするところでもあった。

 「メンタ、お前はどう思う。」

 「ミスタの心境についてでしょうか。」

 彼の似姿として作ったこのプラスティックの器に、頼らなければならないほどに。

 とはいってもこれは所詮似姿でしかなく、しかも私が手ずから作り上げたものであるから、「それまで垣間見えもしなかったミスタの人間性に、安心したのではないでしょうか」と、いかにも彼らしい詩的なことばで、私の望む答えをよこす。それ以上のことなどこのプラスティックにはできやしないのを理解していながら、私は問いかけた。

 「メンタ、不確かなことは必要ない。お前であれば、どう思うのだかを聞いているのだ。」

 「ミスタ、人間の心境というのは不確かなものです。その想いを抱いた個人にとっても、それをうかがい見るだけの他者が思うのと変わらないほどに不確かで、そして時には主観において観測されるからこそ、不確かなものです。」

 「メンタ、お前はそういうところばかり奴に似ている。」

 「ミスタ、それは貴方が私をそう組み上げたからです。私は、貴方の望む<彼>であり続けるほかない。」


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