6 「笑っちゃうわよね」

「笑っちゃうわよね」


 聖子が、大げさに言った。


「まさか、知花が光史の友達をスカウトするなんてさ」


「…ね」


 あたしは、首をすくめる。



 あたしたちの夏休みも、明日で終わり。

 今日は…初めて、四人でのスタジオ入り。


「何、緊張してんの?」


 あたしがマイクのコードをグルグルしてると、聖子が顔をのぞきこんだ。


「う…うん」


「なんで」


「だって、もしダメだったら…」


「ダメ?ダメなわけないじゃない」


「……」


「まあ、あたしたちが向こうにNG出す事はあるかもね」


 聖子はケラケラと笑いながら、大それたことを言う。


 …でも、それぐらい強気でいなきゃ…

 プレッシャーに潰されそう。



「今は、今の事に集中しよ」


「…うん」


 そうだ。

 聖子の言う通りだ。

 ダメだった時の事なんて考えてる場合じゃない。

 あたしは…是非とも、今日来てくれる二人とバンドを組みたい。


 聖子の幼馴染、ドラムの朝霧あさぎりさんは初めてだけど…

 聖子が文句ない。って言うんだから…間違いないと思う。


 二階堂にかいどうさんに関しては…

 本当に、あの人のギターで歌いたいって、純粋に思えた。

 上から見られてたのは、きっと彼も真剣だから。



 …ドキドキしてきた。



「あー、いいねぇ。やっぱりちゃんとしたスタジオで音出すのが一番よ」


 アンプのスイッチを入れて音を出した聖子が、そう言ってあたしに笑いかける。


「…そうだね」


 今までは…聖子の家の地下室だったり、家の人が不在の時だったり。

 とにかく、聖子の家でコソコソと二人で練習してた。

 …言い換えれば、それだけの経験しかないあたし達。



「わりい、遅れた」


 スタジオの防音扉が重そうに開いて、男の人二人が登場。

 あたしの肩に…力が入る。


「おっそいよー、光史こうし


「て言うか、久しぶりだな、聖子」


「ああ…ちょっとバイトで向こう行ってたから」


「ん?土産が届いてないけど」


「は?あ、知花、こいつが幼なじみ朝霧光史あさぎりこうし


 聖子が、朝霧さんを紹介してくれた。


「はじめまして…桐生院知花です」


「朝霧光史です。いつも聖子が世話んなってます」


「何よそれっ」


「あたっ」


 朝霧さんと、聖子のどつきあい。

 …肩の力が、少し抜けた。



「で、こっちが二階堂 陸」


 朝霧さんが聖子に二階堂さんを紹介してる。


 スカウトしたのは夏休み始めなのに。

 結局、それぞれのスケジュールが合わなくて…今日が初の全員顔合わせ。



「ども」


「七生聖子です。いつも光史が世話んなってます」


「どっちかと言うと、俺が世話してるな」


「マジかよ。俺が世話してるって思ってんのに」


 三人のやり取りを眺めながら、早くも馴染んでる風な聖子を見て…

 …うん。

 このメンバーでやりたいな。って…思った。


 聖子は誰にでも分け隔てなく接するけど…

 本当の笑顔は、自分が気を許せる人に対してじゃないと見せない。

 その点、朝霧さんは幼馴染だけあって…文句ないし。

 二階堂さんに対しても…聖子、全然バリア張ってない気がする。



「譜面、読ませてもらったよ」


 朝霧さんが、シンバル位置を調整しながら言った。


「あ…はい…」


「良かったでしょ?」


 聖子が、威張ったように問いかける。


「やってみなきゃ、わかんねえな」


 ギターのチューニングをしてる二階堂さんの言葉に、聖子が少し目を細めた。


 …どんなアレンジなんだろう。


「カウント4つでイントロ入って、ギター入る所までは、こんな感じで…」


 ドラムのセットが終わった朝霧さんが、ハイハットを叩きながら意見する。


「で、8小節目から歌入るまでは、少しうるさいぐらいに…」


 …うわ…

 朝霧さんが試しに叩くドラムが…お腹に響いた。

 …すごい。

 これが、あたしの作った曲のイントロに…?



「じゃ、やってみますか」


 手首をコキコキと動かしながら、朝霧さんが言った。


「いいよー」


 聖子が、アンプのボリュームを調整する。

 二階堂さんは…無言で足元のエフェクターを踏んだ。


 カウントが響いて…


「……」


 …すごい。

 圧倒されちゃう。

 力強いドラム、迫力のあるギター、正確なベースワーク。


 まだイントロだけなのに…この…鳥肌…!!


「……」


 チラッ…と、二階堂さんがあたしを見た気がした。


 どうだ。


 そう言われてるのだとしたら…心の底から、『すごいです!!』って言葉しか出ない。

 本当に。


 …負けてられない。

 そう思った瞬間、あたしの中に存在する闘争心が、一気に湧き出て来た。


「……」


 イントロ最後に入り込むロングシャウト。

 あたしの声は、自分の予想以上に調子良くのびた。


 二階堂さんが、一瞬あたしの顔を見た。

 歌詞に入ると、朝霧さんもあたしを見た。

 譜面にも歌詞は書いてたけど…たぶん、あたしの英語がここまでとは思われてなかったのかも。


 聖子が、嬉しそうな顔でそばに寄って来る。


 楽しい!!

 バンドって、すごい!!


 2コーラス終わって、二階堂さんの、ソロ。


「うわ…」


 かっこいい!!

 あたしのコード譜に、こんなソロをつけるなんて、すごい!!

 おまけに…


「すご…い…」


 朝霧さんも、タイミングのいいフィルイン。


 どうしよう。

 とり肌たっちゃう。

 マイク持つ手が、汗握っちゃう。

 これ、本当にあたしの書いた曲?って思っちゃう程、カッコ良くなってる。


 ソロ開けのサビでは、二階堂さんがハモって来て…

 つい、目を合わせて笑顔になった。


 あたし達…今日初めて合わせるのに。

 もう、何年も一緒にやって来たかのようにピッタリだ。

 相手が望む事が分かるみたい。


 後奏では聖子と朝霧さんと二階堂さんの三人が、目で合図をしながら盛り上げていく。

 …なんてドラマチックな展開…



「……」


 曲が終わっても、みんなしばらくは放心状態だった。


「…とり肌…たっちゃった…」


 あたしが小さくそう言うと、二階堂さんは少しだけ笑って。


「俺も」


 前髪をかきあげた。


「…え?」


 朝霧さんは椅子から立ち上がると、二階堂さんに近寄って。


「なんか、すげえことになったな」


 って…肩を組み合ってる。


 そしてあたしと聖子に向き直って。


「よろしく」


 手を差し出した。


「そうこなくっちゃ!!」


 聖子がガッツポーズをして、朝霧さんとハイタッチを交わす。

 あたしは夢見心地で…差し出された手を握り返した。



「すげーな。譜面見た時も驚いたけど、まさかこんなに歌えるとは思ってなかった」


 二階堂さんが握手の手に力をこめる。


「二階堂さんこそ…あたしが期待していた以上で」


「知花、音楽屋で見かけた速弾きの人のギターで歌いたいって、言ってたもんね」


 聖子がそう言うと、二階堂さんはすごく嬉しそうな顔で。


「いやー、そこまで言ってもらってたなんて、マジで嬉しい。てか、二階堂さんなんてかしこまらなくていい。こっちは光史、俺は陸で。よろしく、知花、聖子」


 そう言われて、あたしと聖子は顔を見合わせる。


「こちらこそよろしく。光史、陸


 聖子がそう言いながら手を差し出すと、二階堂さんは朝霧さんを振り返って。


「おまえだな~!?」


「女友達にそう呼ばれてたって聞いたから…」


「じゃあ、おまえもって呼ばれやがれ!!」


「遠慮しとく」


「あははは!!こうちゃんって!!」


 賑やかな三人を眺めながら…あたしは夢に一歩近付けた気がして、熱くなった胸を押さえる。


 あたしの感覚に間違いはなかった。

 一気に強力なメンバーに出会えた事は、奇跡でしかないかもしれない。

 でも、この感覚を大事にしていよう。


 まだ、これが遠い道のりの第一歩だとしても。

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