04 儲け話

 関わるな、と言われたことを忘れた訳ではない。

 それは偶然の導きだったのだ。

 彼はどうしたものかと考えながらその小袋をいじり回し、少し前の出来事を思い返していた。

「──んだと、この野郎!」

 そのとき、店内の視線は一気にその卓に集中したらしい。

 揉めごとが起こりそうだ、と見るや否や店をあとにする者、好奇心を隠さず見物する者、巻き込まれないようにしようと隅の卓へ移る者、反応は様々であったようだ。

「何度きても同じだ。いくら積まれても、これは売らん」

 だが物見高い者たちも、その卓のふたりを見れば、まずいと気づいて顔をひきつらせた。

 見るからに戦士キエスという男が、やはり戦士らしき男に叫んでいるのだ。抜剣に発展しないとも限らない。むしろ、発展するだろうと考えた方が自然なのである。

「おいっ、喧嘩なら外でやってくれ!」

 店の主人の悲鳴めいた声が飛ぶが、そう言われて素直に聞く輩ならばはじめから騒ぎは起こさぬものだ。

 先に叫んだ戦士はずいぶん大柄で、両手使いの大剣などを身につけている。こんな男に凄まれればたいていの人間は必死で弁解をしたり、言いなりになったりするだろう。豪快に笑えば怖ろしげな印象は吹き飛ぶだろうが、いまは剣呑な目付きをしている。

 対するもうひとりは、しかしそれに怯むことなく睨み返していた。大男の前だからこそ少し華奢に見えるものの、身体つきはしっかりとしており、戦士として鍛錬してきたことを示していた。赤茶けた髪は長いこと日に灼けたもののようで、北を知る者には海の男を思わせただろう。

「――おい、何やってんだ、おかしな騒ぎを起こすなよ」

 その一触即発という雰囲気のなかに、彼は少し慌てて飛び込んだのだ。

「人を呼び出しておいて喧嘩か。怪我を見越して治してくれと言うんじゃないだろうな」

 新来の男の声に大柄の戦士は振り返り、不満そうな顔をした。

「何だ、もうきたのか。少し待ってろ。先にこいつと話をつけんと、お前との話ができんのだ」

「待てよ、人様からぶんったものを俺に売りつけようってんじゃないだろうな?」

 呆れた新来者の声に、怒鳴りつけられていた赤茶髪の男はふんと鼻を鳴らす。

「そう簡単に奪われやせんがね」

「おい、あんたも。この馬鹿が何を言ったのか知らんが、つき合って騒ぎを起こすような馬鹿な真似はしないでくれ」

「馬鹿だと、ラジー! いい話だって言ってるだろ、人の話も聞かねえで」

「ガディ、お前のいい話とやらのおかげで何度痛い目に遭ったか知れん。俺はもう、乗らんからな」

 セイゲル・ラザムス・ヒースリーは口をひん曲げて、悪友ハルガーディ・ボーンを睨んだ。

「俺はお前と違って真っ当なんだ、他人に迷惑をかけてまで儲け話はほしくないよ。――すまんな、あんた。こいつが何を言ったか知らないが、忘れてくれ」

 そう言われた戦士は、仲間が現れたのかとばかりに警戒していた目つきを少しゆるめるが、油断はせぬままで新来者をじっと見た。

「俺には、それに異論はないがね」

「こいつときたら、ちゃんと真っ当な価格を払うと言っているのにちっとも応じようとしない。値を釣り上げる気なんだぜ」

 大柄な戦士が不満そうにそんなことを言うと、赤茶髪の戦士はじろりと睨んだ。

「また最初から繰り返すのか? いくら積まれても売らん。これには行く先が決まってるんだ」

「……いまいち、話が見えないんだが」

 ヒースリーは咳払いした。

「金を積まれても売れないものだって、あるだろう。何もおかしくない」

 一生遊んで暮らせるほど積まれれば別だが――いや、それでも売れないものだってある。少なくとも彼はそう思いたかった。

「そもそも、真っ当な価格で買って、儲け話になるってのか? 後ろ暗いところのある話ならやめておけよ。俺はそんな話には乗らんし、お前が悪事を働こうってんなら遠慮なく町憲兵レドキアを呼ぶ」

 きっぱりと言う薬草師をその友人はしばらく見つめ、渋々と降参するように両手を上げた。

「ラジー。後悔するぜ、いまに」

「お前は、いまに俺に感謝するだろうよ」

 大柄な戦士は友人と「交渉相手」をじろじろと見、未練ありげに何かを言いかけ――だが舌打ちして首を振ると背を向けた。

「何なんだ、あいつは」

 呆れたように言ったのは、残された方の戦士である。薬草師は苦笑した。

「絵に描いたような戦士キエスさ。ばかりでかくて粗野で、金と女に目がない。少し目先の欲に捕らわれがちだが、つき合うと結構いい奴だ、という」

「そりゃ」

 「戦士」は笑った。

「俺たちを馬鹿にしたもんだな?」

 言われたヒースリーは肩をすくめて謝罪の仕草をし、戦士は、いいさ、と言った。

「あいつのお目当てが何だったのか、尋ねてもかまわんか?」

 薬草師の言葉に戦士は片眉をあげた。

「少し気になっただけさ。言ったように、俺は儲け話なんかに興味はないんだ」

 男が、これは二段構えの詐欺なのではないか、とでも言った様子で警戒するのを見てヒースリーは笑った。

「あんたから買い付けた何をどこにどんな値で売り飛ばす気だったのかと思ってね」

 商人トラオンの素質なんかないくせに、と肩をすくめる薬草師クラトリアを少しの間見て、男もまた肩をすくめる。

「俺には判らんね」

「何だって?」

「いや、あんたのお友だちが欲しがった品が何だか判らないというんじゃなく」

 男は苦笑して言った。

「高値で転売できるような品じゃないんだよ。相場ってもんがあるだろう。安く買い叩かれたり、相場より少々高く売られることはあるにしても、ぐんと高騰するってこたあない」

 言いながら、男は腰の袋を開くとそれを取り出し、薬草師に見せた。

「まあ、立派っちゃあ立派なもんだが、実際以上の価値があるとは思わんよ」

 ヒースリーは目を細めた。

 男が出したのは暗く深い緑色をした玉。

 ――翡翠ヴィエル

「……ガディめ、あいつまさか」

「何だ、心当たりでもあるのか?」

 男が眉をひそめるのを見てヒースリーは嘆息し、向かいの椅子を指して、いいか、と訊いた。男は少し考えるようにしてからうなずく。

「噂を聞いたことがないのかもしれんが、その緑色のもんをあまり見せん方がいいぞ。おかしなのが寄ってくるかもしれん」

「何の噂、だって?」

 戦士は胡散臭く思うよりも、面白く思ったようだ。

「〈魔術都市〉の噂だ。知らないか」

「ああ、あれか。聞いたことはあるが……」

 戦士は自らの杯をもてあそびながら言った。〈魔術都市〉が「魔法の翡翠」を探しているという話は、ちょっとした――言うなればの――噂だった。

 戦士は自らの杯をもてあそびながら言った。

「そりゃ、これは翡翠だが、まさか関係ないさ。これに魔法の力なんてない」

「そう言い切れるのか?」

「当たり前だ」

 言い切ってから肩をすくめる。

「まあ、わざわざ魔術師協会リート・ディルに行って鑑定してもらったことはないがね」

 普通は「魔力があるかもしれない」と鑑定してもらうものであって、「魔力がない」と思っているものを調べることはない。当然だろう。

「それなら、あるかもしれないじゃないか」

「あるもんか」

 戦士は鼻で笑った。

「俺は、その都市が欲しがってるもんについては知らないが、魔法の翡翠ならぬ――〈翡翠の娘〉を探す男に会ったことがある」

「何だって?」

 ヒースリーは聞き返した。

「俺もよく知らんが、とにかくそいつの道は翡翠に結びついてるんだそうだ。そいつならともかく、俺は違う。そんな道には縁がない。だから、これは魔法の玉なんかじゃない」

「……何者だ、その男は」

「さあ」

 戦士――ランドはまた肩をすくめる。

「あんたは、通りすがりのような顔をしながら俺から何か探り出したいのか? だが生憎と、俺は本当に何も知らないんだ」

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