05 人が好いんだろう
「俺にはそんなつもりはない。だが」
ヒースリーは言う。
「あんたは翡翠を持ってる」
「そんな奴は俺以外にもたくさんいると思うがね」
「行き先が決まってるとか言ってなかったか? 宝玉に『行くべきところ』があるなんて、なかなかに詩的、と言うより」
「魔術的じゃないのかね」
だがランドは笑った。
「翡翠に足が生えてどっかに行くと言うんじゃない。これは、仕事の報酬として、いま話した男にやると約束をしたんだ。だから、同価の……いや、価値以上の
もちろん、それはいささか奇妙な話である。
普通に考えれば、同価値のラル、宝石、何だってかまわないはずだ。価値以上ならばかまわないどころか、万々歳であろう。だが、どうしてもその翡翠でなくてはならないと言うのなら、それこそ魔術的だ。
戦士はその物問いたげな視線に気づき、そんなんじゃない、ちょっとした約束さ、などと言った。
「しかし、〈魔術都市〉とやらがまさか本当にこれを探してるとも思えんぞ。何で、お前はそんなふうに言うんだ?」
「俺だってそんな訳の判らんものを探してる訳じゃないからな、実際のところはどうでもいいが、これも縁だから少し忠告を……と思ったんだが」
ヒースリーは考えるようにした。
「『行き先』はどこだと言った?……翡翠に結びつく道を行く男、じゃないのか?」
「何だって? いや……そう、なるな」
ランドは気づいて、うなった。
「じゃあ、あんたは本気でこれがそうだと言うのか?」
「知らんよ」
ヒースリーは天を仰いだ。
「少なくとも、ガディ……さっきの戦士には渡さないでくれないか。あいつは馬鹿だが、一応友人だ。魔術都市だの何だのに巻き込まれるのを黙って見ていられない」
言って、ヒースリーは頭を抱える。
「いったいあいつは、何を聞きかじったんだか。翡翠が連中に高く売れると思ってるに違いないな」
「んな馬鹿な」
ランドは笑った。
「そうさ、馬鹿だと思うよ。だがあんたはそれを不自然なほど強く拒否したし、そんな先入観がなかった俺でもあんたの話を聞けば」
「魔術的だと、思う?」
「
「ふむ」
戦士は頭をかいた。
「余計な世話かもしれんが、俺としちゃ、さっさとその玉を手放すことを勧めるね」
「しかし、渡したい相手の居場所が不明なのさ」
戦士は言った。
「正直なところ、また会えるかどうかも、判らんのだが」
「それなら売ってしまえ。もし会えたら、そいつには謝っておけ。そんなもんを持ち歩いておかしな連中に目をつけられ、まかり間違って冥界に送り込まれでもしたら、確実に会えん」
「何故……」
ランドは不審そうな目つきをした。
「そこまで警戒する?」
「俺は」
ヒースリーは少し躊躇い、続けた。
「奴らが探す翡翠については知らないが、それに関わる人間を知ってる」
「何だって?」
今度はランドが聞き返した。
「そいつが俺に警告をした。絶対に近寄るなと。はいそうですかと尻込みするのも悔しいが、意地を張って危ない目に遭うつもりもない」
「よく言うぜ」
ランドは笑った。
「それなら、俺のことなんか放っておけばいいじゃないか。ご友人に忠告だけすればいい」
「そうだな」
ヒースリーは嘆息した。
「俺は人が好いんだろう」
ランドはそんなヒースリーを面白そうに見た。
「だが、これは金に換えられるものじゃないんだ」
「意志が固いな」
「そうでもない。金には換えられんが、手放すときを見誤るなと言われたことがある」
ヒースリーが問い返す前に、ランドはその袋を卓の上に置いた。
「やる」
「何?」
薬草師は目を丸くした。
「何を言い出したんだ? 俺が金持ちに見えるって?」
しがない旅の薬草師はいささか焦った。
「買ってくれとは言ってない。やる、と言ってるんだ」
「いやいや、もらう理由がない」
ヒースリーはますます慌てた。ランドは首を振る。
「まさかご友人も、あんたが持ってるとは思わないだろ。あんたが売り払いたいなら好きにしていいし、その関わる人間とやらに渡してくれてもいい」
「……いや、だが」
ヒースリーは呆然としながら、差し出されたものと戦士を見比べた。
「俺は宝石の価格なんて判らないが、これは結構立派なもんだろう。やっぱり受け取る訳には」
「もし信頼できる相手を見つけたら、渡すことを躊躇うなとも言われた。あんたが信頼できるのかはよく判らないが……」
「そりゃ、そうだろう」
出会ってから一カイも経たない見知らぬ他人をいきなり信頼するなど、余程の危機的状況で決断を迫られているのでもなければ、ただの馬鹿だ。
「それでも、思うんだ」
戦士はにっと笑った。
「いまが、見誤っちゃいかんときだってな」
――名前も告げずに去った戦士の真意は、薬草師には判らなかった。
翡翠が〈魔術都市〉とやらに狙われるのなら厄介だと思って手放すのであれば、売ればいい。相手はガディやヒースリーじゃなくてもいい、町には宝石を扱う店だってある。
だが、金にはしないのだと言う。ただ、ヒースリーに渡すのだと。
真意は判らなかった。それから、運命と言われるものについても。
それでも彼は、どうやらついにはっきりと関わり、その動玉を引き受けることとなる。
「確か……」
彼は呟いた。
「アーレイドに行くと、言っていたな」
エイラは、これを探しているのではないと言っていたが、適当に売り飛ばして〈魔術都市〉の手に渡ることがエイラのためになるとは思えなかった。
自分は彼女の恋人でも兄でもないのに、何故そんなふうにエイラのために動こうというのだろう、と彼は自問した。
「俺は、人が好いんだろう」
椅子から立ち上がると薬草師は、アーレイドへの出立を決意する。
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