05 恥ですけれど
「あんなのは売り言葉に買い言葉だろう。父上がヴォイドを処罰するはずなんてない」
「ええ。父王陛下は寛大ですからね。リャカラーダ第三王子の行為の責任は王子当人にのみあると」
「有難いね」
皮肉ではなく、本音だ。彼の身勝手の責任を誰かが取るなど、いい気持ちではない。
「ですが、ヴォイドがそれで納得するはずないでしょう。彼の責任感の強さはラーダ兄上がいちばんよくご存知のはず」
「だからって、父上が信を置く中侍従長が」
「ヴォイドはその任を退きました」
「――何だって?」
「いまだに、リャカラーダ第三王子の第一侍従のままではありますが、仕える相手がいないのに城にいても肩身は狭いでしょう。中侍従長には、年長のバーディスがそのまま上がりましたよ。ええ、それくらいのことでシャムレイは変わりありません。第三王子殿下が一年近く、留守にしていたってね」
エムレイデルの言葉には隠すことない棘が含まれていることが多々あるが、たいていは意図して含むと言うよりもその性格でもって勝手に含まれてしまう類のものだ。
だが、いまの皮肉は痛烈だった。
妹姫は、この台詞で兄が少しでも衝撃を受ければいいと思って、はっきりと棘を入れたのだ。彼女がそのようにすることは稀であり、その事実だけでも兄王子に衝撃を与えるに充分だったが、それよりもやはり言葉の中身の方が――棘どころか刃となってリャカラーダを襲った。
「ヴォイドが……中侍従長を退いた? あの、それだけを生き甲斐にしているような男が?」
「そうです。少しは反省しましたか」
「……した」
リャカラーダが言うと、王女は眉を上げた。
「意外に、素直ですね」
少しは大人になりましたか、と続く。
「俺の勝手で誰かが割を食うのは気に入らん。いや、反省ならヴォイドがするべきだ。勝手な真似を」
「それはないでしょう、兄上!」
ばん、とエムレイデルが卓を叩いた。
「怒るな、冗談だ」
「その冗談は笑えません」
怒った表情のままで、エムレイデルは言った。
「場合によっては軽口も結構ですが、真剣になっていただかなければ困るときもあります。シャムレイの王子であるからには、為すべきことがあるはず。まだ継承位がつかないのをいいことにそうやってふらふらしていますが、父上がそれを許しているのも時間の問題なのですよ」
「この、小型ヴォイドめ。あいつがこなくても、お前の説教だけで充分だな」
「兄上っ」
「怒るなと言うに。話の合うヴォイドがいなくて寂しいんだろう。俺がいない間だけでも、あいつをお前の侍従にしておけばよかったのに。そうすれば、シャムレイの歴史上でも比類なき完璧な主従ができあがったぞ」
「それも冗談ですか。少しは真剣に」
「エムレイデル」
王子は、妹の言葉を遮った。
「お前には、俺はずいぶんいい加減に見えるだろうな。実際、王子としては失格もいいところだ、判っている。だが、俺にも真剣になるときはある」
「〈予言〉に関して、じゃないでしょうね」
「――何故そのことを知っている?」
その話をするつもりではなかったが、リャカラーダは驚いて問うた。妹に占い師の話やら〈翡翠の娘〉やらの話をしたことはない。
「砂漠の民というのは口が軽いですから」
「ウーレと話をしたのか。そんな言い方をするな、彼らは隠しごとや嘘を好まないだけだ」
「ものは言いようですね。ええ、聞きましたとも。我が兄上が愚かな冒険行に出ている愚かな理由のことでしたらね」
情けなくて涙が出そうでした、とエムレイデルは言った。
「王子の責を嫌って逃げている方がましです。出鱈目な予言に惑わされて、いもしない運命の娘を捜すなんて、愚かどころでは済みません。恥です」
「だろうな」
そう思われることは判っていた。だから言わなかったというのではないが、黙っていた理由のひとつでも、ある。
「何を考えているんですか、兄上。本当に、その予言とやらを信じているのですか」
「お前は否定の言葉を期待しているのだろうな」
王子は言った。
「エムレイデル。お前は俺に誠実でいてくれる。だから俺もそうあろうと思う。嘘はつかん。俺は予言を信じ、〈翡翠の娘〉を探す旅に出ていた。これからも――出るだろう」
「……では、兄上は自らを愚か者でシャムレイ王家の恥だと認められるのですね」
「お前がそう思うのなら仕方ない」
「残念です」
エムレイデルは言った。
「私はラーダ兄上を好きですし、王宮で大人しくなどしていたら兄上らしくないと思います。けれど、私は兄上を尊敬することはできません」
「仕方ないな」
リャカラーダは繰り返した。
「そう言われても返せる言葉はない。だがそれでも俺は、これからもずっと、お前を俺の可愛い妹だと思う。いくら王女殿下らしくなくてもな」
「嫌いになったとは言っていません」
エムレイデルは真面目な顔のままで言った。
「王子殿下らしくないラーダ兄上のことは好きです」
恥ですけれど、とつけ加える。
「聞いてくれるか、エムレイデル。俺にはひとつ、思っていることがあるんだが――」
リャカラーダの言葉は続かなかった。がちゃり、と音を立てて扉が開いたからだ。王子と王女はそれを見やり――アーレイドの姫ならば言うように、無礼だとは言わなかった――入ってくる人物をそれぞれの思いで目にする。
「ヴォイド」
白髪混じりの初老の男が、エムレイデルに気づいて丁寧な礼を向けた。王女がそれを返すうちに、男――ヴォイドはつかつかとリャカラーダに歩み寄った。
「生きてお戻りとは驚きましたね、殿下」
「それは悪かったな、期待外れか。だが安心しろ。俺が野垂れ死んだら必ずお前に連絡すると約束しよう」
「何なのですか、その格好は。そうやって砂漠の民のような姿をして。街ならばともかく、王宮でそのような衣服を着るなどどういう了見です」
「この姿で帰ってきたんだ。わざわざここで着替えた訳じゃない」
「減らず口は結構です。触れも使者も立てずに戻ってくるからそのようなことになるのです。すぐに湯浴みの支度をさせましょう。まさかそのお姿で陛下の御前に上がろうなどとはお考えでないでしょうね?」
「考えていたらどうする」
「私が許しません」
ヴォイドはリャカラーダの腕をぐいと引っ張ると椅子から立たせ、もう一度エムレイデルに礼をすると王子をそのまま引っ張った。
「おい、よせ。お前も相変わらずじゃないか。少しは丸くなったかと思えば」
「殿下が変わられたら、私も変わります。文句なら貴方の部屋で聞きましょう。さあ」
「判った判った、それではな、エムレイデル」
言いながらヴォイドの腕を振り払うとエムレイデルの頬に口づけて――「こいつ、別にへこたれていないじゃないか」と囁く。
「私はそんなこと、言いませんでしたよ」
さらりとエムレイデルは返し、卓に置いていた本を揃えて再び手にした。
「それではリャカラーダ第三王子殿下、ごきげんよう。今宵の夕餉の席では、久しぶりに兄弟姉妹が顔を合わせることができそうですね」
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