03 悪目立ち

 腕のいい職人を見つけた、と王子殿下はご満悦だった。

 連れたちはその言い様に苦笑した。

 と言うのも、通常、職人というのは何かしら創るもので――壊すものではないからだ。

 港町で海賊シックルを見つけて、ラルを渡して自分の船を壊させる人間が、世界にどれくらいいるだろうか?

「何がおかしい」

 シーヴは自身の民たちを見回して言った。

「あと一旬ほど航海を続けられるくらいに壊せ、火は使うな、嵐に遭ったような拵えにしろ、完璧に注文通りじゃないか。これでファイ=フーの領主なんぞに感じたくもない恩を感じずに済む」

 ファイ=フーで雇った船員はここで暇を出し、新たに最低限の船員とアーレイドまでの契約をした。と言うのは、船を壊されることに反発する者もいるだろうが、壊れた船で先払いで雇えば文句もないだろうとの判断だ。

「こんな馬鹿なことにラルを使うなんて、呆れますな」

「そんな言葉の割に、ずいぶん楽しそうにしてるじゃないか、ルード」

 隣でにやにやする若者に、シーヴは言った。ルードはもちろん、とうなずく。

「楽しいですとも。シーヴ様が無茶苦茶されるのを見るのは、俺らは大好きですから」

「だから酔狂に、俺についてきてる訳だな。命は惜しくないと見える。いい奴らだ」

 子供を褒めるようにルードの頭をくしゃりとかき回してシーヴは笑う。

「でも何で嵐なんです。海賊シックルにやられた、とかでもいいじゃないですか」

「退治にでも乗り出されたら、可哀想だろう」

「成程。いい職人ですからね」

その通りアレイス。さて、アーレイドだ。乗り込むぞ。――スル!」

「はいっ、シーヴ様っ」

 少年が元気よく声を出す。

「衣装を持て」

「……衣装って、あの、シャムレイの、ですか?」

「もちろんだ」

「あの、でもあれは悪目立ちするってシーヴ様ご自身が……」

「隠れたいときは面倒だがな、こうしてわざわざご丁寧に人目を引くような東国風に作られた船だ、しかもぼろぼろ。放っておいても目立つことこの上ない。それに、シャムレイから来ていることを隠す必要はないんだ、目当ては城だからな」

「城、ですって?」

「そうさ。翡翠ヴィエルの娘なら――つまりはアーレイドの姫だろう。まあ、噂が届けば王の方から気にしてくるさ」

 そんな訳で――シーヴはシャムレイではごく普通の、アーレイドでは何とも人目を引く格好をして西方の街を歩くことになる。お付きとして指名されたスルもシャムレイの服を着ようとしたが、シーヴはそれをとめた。

「お前は、身軽な格好でいい。頭布ソルゥだけ巻いておけ」

「どうしてですか?」

に逃げづらいと困るだろう?」

「な」

 可哀想なスルは目をぱちくりとさせる。

「何をする気ですか、シーヴ様っ」

「俺は何もしないさ。ただ、面倒ごとってのは勝手に寄ってくる」

 シーヴの〈予言〉、或いはは簡単に叶うことになる。白く長い、引きずるような――実際には、引きずるようなことは決してなかったが――衣装に、ソルゥと呼ばれる頭に巻く布。すれ違う人々の好奇の視線を受けながら街路を歩くうち、奇妙なふたり組が彼らの後を尾けてきたのだ。

「……ほら、な?」

「楽しそうです、シーヴ様……」

「泣くな、馬鹿」

「泣いてませんよっ、泣くような目に遭わせないでくださいってお願いを」

「さて、どうするかな」

 スルの「泣き言」をあっさりとかわして、シーヴは周辺を見る。

「では少し休憩と行こう。どう出るかな、奴ら」

 店の主人は奇妙な格好をした男に少し驚いたようだったが、港が近くであれば遠方からの旅人が訪れることもある。すぐに営業用の笑顔を作って客を招き入れた。あとから入ってきた柄の悪い二人組には多少顔をしかめたが、そこは商売人である、ラルを出してくれれば文句はないのだろう。いささか素っ気ない対応はしたものの、入店を断ることはなかった。

「置いてあるものは、大して珍しくないな。ファイ=フーあたりとそう変わらん」

 厨房の方に並べられている酒瓶を見ながら王子は呑気に言い、自身はライファム酒、少年にラッケを注文した。

「あっ、自分ばっかり」

「何だ、酒を飲んでも暴れられる自信があるならとめないぞ」

「やめときます」

 スルは渋々というと、すぐに運ばれてきた杯に口をつけた。

「おやおや、おかしな格好なのがいるなあ?」

 そうするうちに酒の杯をもてあそびながら彼らの卓に寄ってきたのは、見るからにチンピラと言ったふたり組だ。もちろん、先程から彼らについてきている男たちである。

「きたぞ」

 シーヴは小声で言ってスルに片目をつむり、従者はため息をつく。

「目立つ格好をして。芸人トラントか? なら何か演ってみせろよ」

「生憎と」

 シーヴはそちらを見ようともしないで言った。

「お前たちなんぞに見せる芸は持ち合わせてない」

「言うじゃねえか、変な訛りの田舎もんが」

「俺から言わせれば、お前たちの言葉の方が訛りだらけだ」

 シーヴは続ける。

「用がそれだけならとっとと行ってくれ」

「生意気言うんじゃねえよ」

「俺たちゃ、お前の格好も言葉も目立ちすぎだ、と親切に忠告にきてやったんだぜ?」

 チンピラは笑う。

「結構な話だな。それでその見返りは何だ? 無法に高い授業料か?」

「判ってんじゃねえか」

「余所もんなのは見りゃ判る、騒ぎを起こせば面倒になるのはそっちだぜ?」

「そんなに治安が悪いのか、この街は」

 シーヴの台詞にチンピラは顔を見合わせた。意味が判らなかったのだろう。

「ここの町憲兵レドキアは、無害な旅人と社会の屑の区別もつかないのか、と言っているんだ」

「何だとう!」

 片方がシーヴの肩を掴んだ、と思う間もなく王子はライファム酒の中身をチンピラの顔にぶちまける。

「――こいつ!」

 酒が目に入ったのだろう、顔を押さえて騒ぐひとりを見て、もう一人がシーヴに殴りかかった。青年がそれをひょいと避けると拳は空を切り、男は均衡を崩して卓の上に倒れる。派手な音を立てて卓は倒れ、その上に乗っていた杯と中身ごと、男は酒場の床と仲良くなった。

「なかなかに無様だな」

「畜生っ」

 顔の酒をどうにかふき取った男が懐から何かを出した。

「おっと」

「ジェッツ、それはまずいっ」

「黙れハート、虚仮にされて黙ってられるか!」

 ジェッツと呼ばれた男が取り出したのは小さな刃物だった。街なかでの抜刀は、短剣であれ大剣であれ、戦士キエスであれ盗賊ガーラであれ、罰せられると決まっていることが多い。おそらく、このアーレイドでも同じだろう。

「自尊心だけは一人前だな」

「あのう、火に油を注ぐのはやめましょうよ」

 情けない声で言う従僕にはもちろん耳を貸さず、シーヴはジェッツに立ち向かった。

「お前もしっかりやれよ」

「ええっ、僕も参加するんですか」

「したくなくてもさせてやるよ!」

 ぱっと起きあがったハートがスルを捕まえようと両手を伸ばす。と少年は椅子から立ち上がった――いや、飛び上がった。そのままきれいに宙で一回転すると着地する。ハートの手は再び空を切り、今度は椅子に突っ込んだ。

「……大丈夫ですか?」

 スル少年は心配そうにチンピラを見やる。

「お前、そんな芸当見せてやる必要、ないのに」

「ガキども、なめやがって!」

「そっちがそう、大人にも見えんが」

 しゅっと音を立てて突き出された小刀をシーヴは素早く避ける。そのままジェッツの後ろに回り込むと、その長衣の下から足を高く上げて強烈な蹴りを入れた。男は相棒の上にそのまま倒れ込む。小刀はくるくると宙を舞うと、男の相棒のすぐ脇をかすめて床に刺さった。

「この野郎っ」

 ふたりは互いに押し合いながら何とか起きあがり、それぞれの敵に向かう。スルは怖々と椅子をかまえた。

「やめろ! 町憲兵レドキアを呼びにやったぞ、すぐにくる! これ以上はもうやめてくれ!」

 叫んだのは酒場の主人だ。町憲兵との言葉にチンピラはちっと舌を鳴らすと、旅人たちを警戒しながら、ぱっと踵を返した。

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