05 末代までの恥

 その言葉の意味するところを理解するまで、たっぷり三トーアはかかった。

 そのあと、理解することを拒否した頭が何か反応を返せるようになるまで、更に三トーア

「お――俺はやらねえぞ!」

 再びカリアの腕を振り払って叫ぶ。ふたりの侍女は動じない。

「大丈夫よ、似合うって」

「似合うかよ、馬鹿やろーっ」

 エイルは、目前の女たちの衣装を改めて眺めた。

 カリアが着ているのは黒に近い濃紺の、若いメイ=リスの方は若草色の、すっきりした形をし、動きやすそうでいてなおかつ品のあるシルエットを作る侍女の衣装。襟とは袖口はどちらも白く、清潔さを印象づける。胸元のリボンはイルの光沢を持ち、長い髪をまとめあげるそれと同じだった。すっと姿勢よく立てば、余程の不器量でない限り、かなりそれらしく、何とも気品のある王宮の侍女に――見えること間違いなし、だ。

「そういうの、悪趣味って言うんだぞ! 俺にそれを着せようってのかよ!?」

「やあだエイルったら」

「冗談きついわね」

 ふたりは笑うが、エイルはそれで安堵などしなかった。もっと嫌な、予感がする。

「そう言う案も出たのだけれど、侍女ではやはり後ろに控えていなければならないでしょう? 適役とは言い難いわ」

「そこで」

 メイ=リスが前に出ると、ご照覧あれ、とばかりに芝居めいてを示した。

「ルーマ姫……セラー侯爵の姫君の、古いドレスよ。私の姉がルーマ様に仕えているのだけれど、姫様は快くこれを下さったわ」

「シュアラ様のものじゃ、エイルには少し高さが足りないと思って」

「何の話だ、何のっ!」

「やあだエイルったら」

「冗談きついわね」

 ふたりは、また言った。

「判ってるくせに」

「判りたくないんだよっ」

「エイル」

 カリアが少年の両肩に手をぽん、と乗せた。

「シュアラ様をお守りするためよ」

 真顔で言うが、少年をからかっていることは――間違いない。

「ささ、早く着てみて頂戴。必要なら手直ししなきゃ」

「着るかーっ!」

「往生際が悪いわね」

「男でしょ」

 男だからこそ女物のドレスなど着たくないのだが、もちろん彼女らはそんなことは判っているのだから性質たちが悪いというものである。

「エイル」

 カリアは真剣な眼差しを崩さない。これは余程――面白がっている。

「これ以外にもっといい方法があるというのなら言ってご覧なさい。私たちを納得させられたら、無理は言わないわ」

「給仕でいいだろっ。あのひらひらのお仕着せだって喜んで着るさ、これを着ないで済むなら道化師バルーガの衣装だって大歓迎してやるっ」

「いい加減になさいな」

 侍女は、ふっと笑った。

「私たちに押さえつけられて、脱がされたいの?」


 名だたる大都市に比べれば、盛大な、とはいかなかったかもしれない。

 だがここアーレイド城ではいちばん華やかで壮大なファンファーレが、宮殿狭しと響き渡った。

 それが王陛下及び王女殿下の出座を知らせるものか、客人たる東国の王子殿下のそれを知らせるものなのか、そんなことはエイルは知らない。

 もし知っていたところで、そんなことはどうでもいい。

 そんなことに気を回せるほど、彼はこの状況を楽しんではいなかった。

 もちろん警護の「任務」を考えれば楽しんで祭りに参加すると言う訳にはいかなかったが、だからと言って何故、レイジュに嬉しそうに、顔に粉などはたかれなければならないと言うのだ?

「本当はねえ、この暗めの朱が似合うと思うんだけど。ほら、キド伯爵の遠縁の、田舎からたまたま来ている姫って設定でしょう? あんまり洗練されてても、よくないと思うのよね」

「……それも、塗るのか?」

「当たり前でしょ、はい、口を閉じて。ちゃんと前を向く!」

 諦めて、言われた通りにした。

 そう、諦めた。

 これは恥だ。母にでも見られたら、一生笑いの種にされることは間違いない。一生では済まない。末代までの恥だ。

「悲壮な顔しないの。きれいよ、エイル」

 慣れた手つきで少年――それとも少女――の化粧を終えると、レイジュは満足そうに言った。

「レイジュ、あのなっ」

「喋っちゃ駄目よ。声を出したら、一発でばれるでしょう」

「……判ってるよ」

 渋々、答える。

「……シュアラは、知ってんのか?」

「お話はしておいたわ」

「見た途端、吹き出したらどうする。それこそ変だろう」

「そんなことされないわよ。内心でどう思っていらしても、そんなことは露とも見せずに微笑み続けることができなくちゃ、王女様なんてやってられないんだから。それに」

 にっこりと笑った。

「エイル、本当にきれいだもの」

「頼むからやめろ」

 げんなりとして頭をがくりと前に落とすと、つけ髪が崩れるからやめなさい、と言われた。

「あとはこの腰帯とケープね。踊りに誘われても応じちゃ駄目よ」

「応じるかっ」

 特製の帯で腰の後ろに小剣を身につけ、上質のケープでそれを隠す。全てはこれのためだ、というせめてもの慰めになる。

「支度はできたか」

「完璧です、ファドック様」

 レイジュが敬礼でもしそうな勢いで言う。エイルは、このまま背を向けて全力で逃げ出したい衝動に駆られた。

「これは――化けたな、エイル」

 王子殿下を迎える式典ともなれば、護衛騎士は正装だ。色合いはいつもと同じ濃紺だが、普段のものより装飾が多くなり、決して派手ではないがきらびやかだった。隣で一気に血圧を上げていることは間違いないレイジュに言わせれば、光り輝いているとでも言うことになるだろう。

「な……何でファドック様がここにいるんです。警護は」

「謁見の式の間は近衛兵が十何人と控えている。何かおかしな企みがあったとして、そんな場所で無体な真似をする輩ならば、いっそ簡単でいい」

「そうっすね。それなら、俺がレイジュとファドック様の前で恥をかいただけで済みますからね」

「そう言うな、美女が台無しだぞ」

「やめてくださいってば」

「なかなかですよね、私も驚いたんですよ、こんなに美人になるなんて。ファドック様、エイルも守ってあげてくださいね」

「レイジュっ」

「そうしよう」

 ファドックは笑ってそう言うと、エイルに向けて女性に対する礼をした。

「では、参ろうか?――嬢」

 ファドック様にエスコートされるなんてずるい、とあとで侍女に散々文句を言われることは間違いない。

 差し出された護衛騎士の腕を仕方なしに取りながら、エイルは天を仰いだ。

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