第34話 星鳴の聖女
「昔から、死期の迫った聖女が錯乱し、聖域の森の中で消息を絶つことはありました」
それを語ったのは、シュナの星振によって体内の「星の核」を取り払われたレジオールだ。
施術してからもしばらくは安静を余儀なくされていた彼だが、リグリアスと共にエシアについて聖域の森へ来ていた。
聖女は星の核により体を蝕まれるため、寿命が短い。
いくら聖女となって死ぬのが誉れと教えられていても、現実にせまる死に絶望しないわけがない。
だから失踪したのだと思われていた。
が、星樹の若木は時折生えるものなので、誰もそれを聖女と結びつけて考えることはなかったのだ。そして若木は聖域を支える星樹以外は、時が経てば朽ちていくのだという。
きっとそれが、樹になった聖女達が死んだ証だったのだろう。
「今、聖域にあるだけの星樹の場所などを確認しています。そして各樹に守人をつけるよう手配しています」
シュナがエシアを通して証明したように、星樹の若木はおそらく今も『聖女として』生きているのだ。
ならば聖女に準ずるものとして扱うよう、レジオールが指示を出したらしい。
世界のために命を捧げた彼女達が、寂しくないように。
「そういえば、聖女の騎士って執政官にも命令が出せるのね」
聖女の樹に関する一連のレジオールの言動で、ようやくエシアはそれを知った。
「聖女に関する事だけですがね。……ああでも、そんなことすらエシア様は知らなかったのですね。これから色々と覚えていただかなくては」
「ああ、まぁ……うん……」
エシアは返事を濁す。
でも嫌だと言う訳にはいかない。正式に聖女となったのだから。
今、エシアはシュナと同じ藍色のガウンに金の肩掛けをした聖女の装束を着ている。
執政官ホーンの証言通り、八代目の聖女に関する記述のある書籍がいくつか見つかり、それを前例としての聖女就任となった。リグリアスはエシアのことを心配して反対したが、それはなんとか説得した。
エシアにはどうしても一時的に聖女にならなければならない理由があったからだ。
「とにかく、次の聖女からは安全に選定されるようにするまでは、聖女らしくしないとね」
まずは死の大地へ降りたっても、安全なのかを確認しなければならない。
また、死の大地と接触すれば誰でも聖女としての力が得られるのかも確認する必要がある。
そして次代以降の聖女達が、命と引き替えに聖女の位につくのではない体制をつくりつつ、ホーンのように聖女輩出で権力を持った執政官や星振官の家から、力をそぎ落とすのだ。
これができなければ、また平和裏に各家が並び立つために、再び聖女が犠牲にされてしまうかもしれない。
シュナのように泣く人がいなくなるようにするのが、エシアと、そして心の繋がっているシュナの願いだ。
「それが出来たら……」
改めて聖女の位を返上し、静かに暮らすのだ。
「簡単に聖女の地位を降りられるかどうか、保証はできませんよ? 位を降りることができたとしても、以前の聖女と違って力を失うわけではありません。聖域の監察がつくくらいは覚悟していただかないと」
レジオールに釘をさされて、エシアは頬をふくらませる。
「それでもやるのよ。最初に誰かがやらないと、何も通らないのはよっく分かったから」
エシアの聖女就任だけでも、ずいぶんと苦労したのだ。
全ては執政官や星振官達の『前例がない』事を認ない慣習にあった。
レジオールが保証をしても、星の核を飲まずに聖女になるなどありえないと言い。
力を見せても、やっぱり同じことを言う。
けっきょくホーンの屋敷を捜索して文献を探しだし、前例を証明して、渋々ながらも聖域府の幹部達にうなずかせたのだ。
「でも、あたしよく無事だったわよね」
島から落ちたら、間違いなく死ぬのだ。事実、リグリアスは他の人々の遺体を見たという。
どうやって死の大地に、安全に降り立つことができたのだろう。
「地面が柔らかかったわけがないし」
エシアの記憶にある死の大地は、普通の赤茶けた地面で、固そうだった。応えたのは左隣にいたリグリアスだ。
「文字通り地面に『受け止められた』んだ」
「は?」
エシアもレジオールも首を傾げる。
ちょうどシュナの樹の前へ着いたので、足をとめてリグリアスの話を聞いた。
「地面から土煙みたいに無数の手が伸びてきて、お前を受け止めたんだ。指先に触れた瞬間にお前の落下がゆるやかになっていって、最終的に手に支えられて地面に下ろされたんだ」
だから怪我もしなかった。
エシアは星の核の大元だから、共鳴するとそんなすごい事ができたのかなと考えつつ、無数の手という単語にふと思い出す。レジオールも、同じ事を考えたようだ。
「無数の手というと、あの星樹の置物を思い出しますねぇ」
あの置物が巨大化してエシアを受け止める図を想像し、エシアはため息をつきたくなる。
ありがたみ減衰だ。
「やはり、戻ったらすぐにあの置物を広める布告を……」
けれどレジオールの想像では、神聖さがいや増すらしい。
盛り上がる彼に、リグリアスが冷静につっこんだ。
「あれは一人で作ってる代物だろう、各島に配布できるほど大量生産するのは無理だ」
そういう問題ではないだろうとエシアは思う。
が、しばらくレジオールとリグリアスは、像の大量生産方法について議論を交わし始める。
二人のやりとりに笑いながら、エシアは『シュナ』の樹に頬をよせる。
「偶像なんていらないよ。多分星やシュナ様とあたしが繋がっているのは、同じ気持ちを持っているからだもの。きっと皆も持ってるから、それを伝えればいいんじゃないかな」
ね? と上を見上げれば、応えるように枝葉が風にゆれてさわさわと音を立てる。
しばらく三人で見上げていたが、やがてレジオールが先に聖域府へ戻って行った。
「他の予定がありますので、エシア様はもうすこしゆっくりしていらしてください」
レジオールは、意味ありげに笑いながらリグリアスに視線を向け、去っていった。
エシアとリグリアスが二人きりになるのは、数日ぶりだ。
忙しさが途切れたことだしと、レジオールは気を遣ってくれたのだろう。
怖い人だけど、当初思っていたよりも人間味のない人ではないようだ。そう思いながら、エシアはリグリアスに話しかけた。
「あの、リグリアス。ここに残るって決めて本当にごめんね。ずっと私を逃がそうとしてくれてたのに」
聖女になるために、リグリアスを説得はした。
けれど改めて彼に謝っておこう。そう思って言えば、リグリアスは難しい表情をする。
「確かに俺は聖女なんて役職にはつけたくなかった。今までにない方法で力を手に入れた聖女だ。それこそ過去の八代目のように、殺されてもおかしくはないだろう」
星の核を飲み込まなかったはずなのに、八代目も長く生きたわけではなかったのだ。
「けれどお前なら、全て知ったらそうするだろうとも思ってたんだ」
だからシュナのことを思い出させないようにしていたし、思い出し始めた後も、聖域からエシアを遠ざけようとしたのだという。
「けど仕方ない。恩人のためにも、お前の願いが叶うまでは待つ。だが、全て目的を果たしたら、約束通りに聖域を出るからな?」
そう言ってリグリアスは微笑んでくれた。
「ありがとう」
笑い返したエシアを、リグリアスが抱きしめてくれる。
怖くて何もできなかった自分だったけれど、シュナのためなら、そしてリグリアスが傍で支えてくれるならがんばれる。
改めて決意しながら、エシアはシュナの樹を見つめていた。
星鳴らす姫の歌う大地で 佐槻奏多 @kanata_satuki
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