第33話 ~*~私は貴方~*~

 歌をくちずさみながら、金の髪の女性がブランコに揺られていた。


 私はあなた。

 この踏みしめる土を形作る者。

 あなたは私。

 大地に根ざす命保つ樹。

 星の上に生きる者を、包み込む大気。

 その儚き生を空から見守る者。


 薄紅のスカートの裾がなびき、その下に重ねられたペチコートのレースが覗く。

 一面淡い緑の草原と、ブランコが下げられた白い木肌の星樹。

 そして青と緑の混ざりあう葉からこぼれる光が彼女を彩り、美しい絵画のように見えた。


 薔薇色に頬を上気させ、子供のようにブランコを漕いでいた彼女は、見つめていたエシアに気付くと、ブランコを止めて振り向いた。


「今日は私の夢へようこそ」


 シュナは光をふりまくような輝く笑顔を見せた。

 エシアは誘われるように彼女に近づいた。


「こんにちはシュナ様。今のは何の歌ですか?」


 聞いた事が無かったので、エシアがたずねる。


「ずっと昔の聖女が歌ってたって言う、星振のことを詠ったものよ」


 聖域府と関わりの深い家では、子供の遊び歌としてこれが伝わっているのだという。


「昔はわたしも、聖歌みたいなものだと思ってた。けれど、今思えば星振には祈りが込められているって歌ってるのね」

「祈り?」


 エシアの問いに、シュナは微笑んで教えてくれる。


「人の生を願い、守ろうとする気持ちよ」

「守ろうとする、気持ち……」


 つぶやくエシアに、シュナがうなずく。


「そしてエシア、こうして私達が心を通じ合わせていられるのは、エシアの力がそうなっているからよ。おそらく死の大地へあなたが落ちた時、エシア自身の星振が、星の星振と共鳴して変質したんじゃないかしら」


 エシアの記憶を見たシュナは、そう感じたのだと説明してくれた。


 星へ落ちたその時、エシアはリグリアスが幸せに生きることを願っていた。

 それが、人を守ろうとする大地の星振と響き合い変質した。

 しかも変質した星振は、エシアが他者の星振と繋がりやすくなるよう変化した。


 なぜなら、星振は星の息吹、星の想い。


「昔の聖女も……そうだったんでしょうか」


 昔、死の大地に降りたって力を得た聖女も、そうして星振の力を得たのだろうか。

 エシアの疑問に、シュナがうなずく。


「星に祝福されているってことよ。だからどうか、私の分まで幸せになって」


 あの時とは違って、シュナは綺麗に笑って言った。

 リグリアスと一緒にいられるようになる。だけど自分が死んでしまうのは避けられなくて、シュナは心から血の涙を流しながら、一筋の幸せにすがっていた。


 今のシュナの笑みは、とても穏やかで。エシアは安心した。

 そしてエシアも忘れていたからこそ、沢山の経験をして実感できるようになっていた。


「あたしとシュナ様はもう一つなんですよ」


 目も耳も共有し、感情さえ通じ合う。もう一つの人格ぐらいの近しさで結ばれている。

 最初はシュナを拒否してしまった。

 でも記憶を失ったからこそ、新しい自分になったのだと受け入れられるようになった。

 たぶんシュナとエシアにとって、あれは必要なことだったのかもしれない、と思うほどに。


「ずっと一緒にいて、一緒に幸せになりましょう?」


 シュナのふくれあがる感情が、滝のように押し寄せてエシアの胸に溢れた。

 二人同時に、一筋の涙が頬を伝う。


 その感覚に促されるように、エシアは目をさました。

 目に映るのは白い聖域府の一室の天井だ。

 エシアは頬をぬぐったが、その涙にぬれた指を左手で包み込む。


 それはエシアの涙でありシュナの涙だから。

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