第32話 決着 2

 見れば、アクストの握った右手の隙間から、一度レジオールが使おうとした時のように銀の火花が散っている。

 星の核だと認識したとたん、シュナの星振が増した。


「うっ……く」


 強い星振が体内にもたらす圧力に、エシアは呻く。

 エシアとリグリアスを囲むように、白い結晶が宙に現れた。冷気をまとった結晶が、風とともにアクストに襲いかかる。

 が、アクストの周囲にうずまく炎に触れて結晶は溶けた。風の刃が炎の表面を削ぐものの、越えることはできなかった。


「聖女の力ってこんな程度ものなんだな」


 アクストが楽しげに鼻歌をくちずさみだすと、さらに銀の火花がアクストの手の中かから散って、空気にとけていく。

 かき鳴らされる音色が更に増えて、波立ちながら広がって周囲の木々を焼いていく。


「レジオールが!」


 吹き飛ばされて離れていたレジオールの元にまで、炎がせまっていた。このままでは焼け死んでしまう。

 エシアは焦ったが、シュナの風が不安定に揺れただけだ。シュナもこの状況をエシアを通して見ながら、どうしていいか戸惑っているのが伝わってくる。

 アクストはそんなエシア達を笑いながら、見せつけるように右の手を開いてみせた。


「星の核が……あんなに」


 揺らめく炎の向こうで、アクストの手の上に赤く輝く石が五つも見える。そのうち二つが火花を散らしていたが、さらに一つが反応し、かっと光を放って新たな波をつくりだした。

 炎が増す。

 もはやシュナの力は、エシアとリグリアスを囲む狭い範囲だけを炎から遠ざけるのが精一杯になっていた。やけるような熱に炙られ、シュナが焼け死んでしまうのではないかと、白い幹を抱きしめた。

 触れるとより強く、シュナの気持ちが流れ込んでくる。

 炎を前に自分の力が効かず、シュナの心が震えていた。


 死んでしまう。怖い。


 シュナの気持ちにひきずられるように、エシアも怖いよと返して涙ぐんだ。

 そこへ風が生まれ、熱さが遠ざかる。

 驚いて見れば、リグリアスの剣が青い霧をまといつかせ、それが波のように広がってエシア達を覆っていた。


「泣いている場合じゃない。これもたいして保たないからな」


 リグリアスはエシアに釘を刺し、叱咤した。


「これをどうにかできるのはエシア、お前だけだ。それに俺に言っただろう。今度こそは受け止めてみせると。なら果たしてみせろ。そしてシュナ様を守り抜いてみせろ」


 リグリアスは振り返って柳眉を険しくする。


「でも、さっきから……」

「感情に任せて、力を播き散らかしているからだ。冷静になれ。そしてシュナ様を誘導しろ。できないなら、俺たちはみんな死ぬだけだ。シュナ様も焼け死ぬだろう」


 シュナが死んでしまう。この、死ぬのをとても怖がっていた人が。

 その言葉に、エシアは冷水を浴びせられたように感情が冷えた。

 リグリアスはエシアの答えを聞かず、次にシュナに呼びかける。


「シュナ様。貴女には言いたいことが随分ある。エシアを巻き込んだこともそうだ。けれど体が蝕まれながら、聖女として人を救い続ける貴女を尊敬していた。そしてエシアを助けてくれて……ありがとう」


 シュナが息を飲むのが感じられた。

 彼女に捧げられたのは尊敬だけ。リグリアスはエシアを選んでいるのだと、シュナは直接突きつけられたのだ。何も今、そんなことをシュナに言わなくてもと、エシアは焦るが。


『私の声が聞こえる?』


 シュナの声には、冷静さと決意が滲んでいた。彼女の心に怒りによる揺らぎが消えている。


『聞こえます、シュナ様』

『私の星振の音はわかる?』

『大丈夫です。今度は見分けがつきます』


 千の鈴を振るような音は、星の核と共鳴して作られる聖女の星振音だ。

 知識をえて、自分で少しずつ星の核の力を体感した今だからこそ、それがわかる。

 そしてシュナの言葉も。

 記憶を少しずつ受け取った後だからこそ、冷静に彼女の声だけを受け取れるのだ。


『でも、待たせてすみません』


 エシアが拒絶をしていた間、シュナは一人世界から隔てられていた。いつだって寂しがっていたシュナには辛かっただろう。

 そんなエシアの気持ちを感じ取ったのだろう、シュナが呟くように言った。


『私を忘れた時間は、あなたにとって大切なものだった。だからいいわ。私にとっても必要だったのだし』


 エシアと夢見る間だけ、記憶の交換をしたのはシュナもだったようだ。エシアの考えや気持ちを記憶とともにシュナも知ったからこそ、エシアの行動を理解してくれているようだ。


『さ、早くあのアクストという人を排除します。手をお貸しなさいエシア。私を振ったひどい男に、目にものをみせてくれるわ』


 言葉の激しさとは反対に、伝わってくる気持ちはごく穏やかだ。

 シュナは今自分の心に寄り添う相手がいることを再認識したのだ。


『お願いします。失敗なんてしたら、死んだ後までひどい事を言われそうだから』

『本当にひどい男よね』



 だけど、好きだから。貴方の望むままに。



 エシアはシュナと、心で微笑みあえたのを感じる。

 暖かな気持ちが、二人の間に一本の線をつくった。力を世界へ解き放つための道だ。

 その道を通してシュナから力を受け取ったエシアは、さらにリグリアスへ預ける。どんな状況でも、必ず自分を守ってくれる人へ。

 リグリアスの剣にさらに強い青の光が宿った。

 剣が一閃した瞬間、炎は二つに裂け、青い波に浸食されて空気にほどけて消えた。

 幻のように。

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