第31話 決着 1
「え……?」
思いがけない言葉に、エシアは一瞬呆然とする。
あの故郷の島から落ちた時、リグリアスは間に合ったのではなかっただろうか?
けれどこればかりは、エシアが記憶を失ったから知らないのではない。あの時エシアは気絶してしまったのだ。
目覚めた時には、聖域府の船の寝台の上だった。大きな怪我も打ち身もなかったのだ。
「共通するのは死の大地に降りて、生きて戻った者という事だ。おそらく星の核の母体でもある死の大地に触れることで、体に何らかの変化が起きたのだろう」
「でもその八代目も十五年しかもたなかった。ならば星の核を飲み込んだのでは……?」
レジオールの疑う声に、ホーンが笑う。
「既に地位を固めていた星振官達によって、毒殺されたのだろうよ。聖女交代によって聖女を輩出する栄華を求めてな。神職のため表だっては優遇されないものの、聖女を擁する家は様々な特権が扱える」
「そんな。栄華の……ために?」
「我々の栄華を潰えさせる聖女など必要ない。これは私だけの意志ではないのだよ。数年ごとに交代するからこそ、各家は平穏に譲り合って存在している。この伝統を崩されては困るからな。以後誰も、死の大地へ降りた聖女を創り出そうとする者もいなかったのだろうよ」
自慢げに語るホーンの言葉に、エシアは息を飲んだ。
そうだ。死の大地に降り立つことによって聖女になれるのならば、星の核を飲み込まなくても良い。
そうすれば聖女になるために、生死を賭けなくてもいい。聖女になってからも長く生きていられる。
シュナのように、死の恐怖に震えることはなかった。
聖女になれなかった少女達が、死ぬこともなかったのだ。
エシアはぎりっと奥歯を噛みしめた。
「なんてことを」
この人達は、消耗品としてしか女性を見ていないのだ。都合が悪くなるからと、その命を代償にしている罪深さにも気づかずに。
怒りにめまいがしたその時、体の中へやわらかな霧が流れ込んでくるような感覚があった。
「――――え」
この感覚を覚えている。シュナと繋がったあのときと同じ。
さらさらと細い澪のように流れてくるのは、死にたくなかった、という哀しみと怒り。
それを感じ取り、エシアは理解した。
自分はシュナに拒否されたわけではない。シュナと同じ感情を持つことが必要だったのだ。
あの時は二人とも、ただリグリアスを守りたかった。
今はただ怒りに染められて――――。
「なっ!?」
突然吹き荒れた風に、アクスト達が吹き飛ばされそうになる。
レジオールを足で小突こうとしたホーンは、近くの木に叩き付けられた。縛られていたレジオールも、丸太のように転がって遠ざかる。
アクストは器用に吹き荒れる星振の一端を操り、離れた場所に着地していた。
「ちっ、あまり時間をかけると聖女の力を使えるようになるみたいだな」
アクストは銀色の細い金属の環、星叉環を取り出して爪で弾く。
弦の楽器を弾いたようなやわらかな響きに呼応し、エシアの足下に炎が広がった。
シュナの怒りの声のように、エシアから星振が風となって響き渡る。
しかし荒れ狂う感情そのままに、風の方向が定まらない。足下の炎はそれで少し遠ざけられるものの、離れた場所の炎は吹き消すどころか煽ってしまう。
「シュナ様、せめて水を呼ばないと」
エシアはそういった調節をどうすればいいのか分からない。しかし呼びかけても、シュナから伝わるのは、ままならない事への怒りだけ。
やがて風に煽られた炎が、シュナの変化した樹の幹を撫でていく。
「シュナ様!」
熱さにシュナが悲鳴を上げた。エシアは思わず耳を塞いだ。
が、それは耳から聞こえる声ではない。エシアの頭の中がシュナの絶叫で満たされ、真っ白になりそうだった。
「早く終わりにしようか」
我に返ると、アクストが再び一歩エシアに近づいてきていた。数日前、村で会話したときとかわらない優しげな表情で。
唇を噛みしめ、せめてシュナの樹を守ろうと手を広げた。
その時、体の中から新たに風が湧き出るような感覚がよぎる。
「シュナ様?」
同時に、アクストの体を青銀の輝きが弾き飛ばした。
アクストは脇腹を押さえながら、素早く立ち上がる。
彼にぶつかったのは青銀の星振鳥だった。くるりと宙を回り、アクストと対角線上にいる人物の剣へと吸い込まれて消える。
「リグ……」
ほっとしたあまり、エシアの声が震える。
エシアの目を通して見たシュナが、少し落ち着きをとりもどしたのがわかった。風が水気を帯び、炎に絡んで鎮火させていく。
呼び声に気付いたリグリアスが、エシアの無事を確かめるように目を細め、すぐにアクストに視線を向けた。
「お前がホーンの側の人間だったとはな」
リグリアスも彼とは親しくしていた。
エシアが追われる立場になった時、アクストを頼ったところからも信頼具合が伺える。それなのにアクストはエシアを監視し、聖女となる可能性があるとわかった今は抹殺しようとしていたのだ。
表情がないのは、リグリアスなりに衝撃を受けているからだろう。
「俺は、気付かれてるんじゃないかと思ってたよ。どんなに誘導しても、お前はあまりにも情報をしゃべらなさすぎたからな」
アクストは音を奏でる星叉環を、再度指で弾く。音がたわんで、また同じ響きに戻る。
「その程度の星振では、俺は止められないぞ」
「君のその自信、俺はとても嫌いだったよ」
その瞬間、やわらかな響きだった星振が、何重にもかき鳴らす音へ変化した。
音色は違う。だけど一人で何重もの音を出せるのは聖女だけだ。
「どうして? 聖女じゃないのに」
エシアの疑問に答えたのは、彼女を背に庇ったリグリアスだった。
「星の核だ」
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