第30話 新たな事実 2


 なぜなら、レジオールを縄で締上げているのは、枯葉色の髪をしたアクストだったからだ。

 レジオールの顔色は見る間に青くなっていく。縄をほどこうと藻掻く指のうごきが、見る間に鈍くなっていく。

 アクストの方は薄笑いを浮かべたまま、力着きかけたレジオールを唐突に離した。

 地面に倒れたレジオールは、息を吸い込むだけで手一杯で、アクストが腕を縛める事すら構っていられない状態のようだ。


「俺程度の星振の力を込めても、海潜樹の縄ならあんたぐらい捕縛できるんだなぁ。どうだ、思うように星振を扱って抵抗できない気分は?」


 楽しそうに言うアクストに、エシアは「どうして!」と怒鳴った。


「なんでそんなひどいことするの!? レジオールは貴方に何もしてないのに!」


 すると、アクストがようやくエシアを振り向く。そして笑った。


「こっちより、自分の心配をした方がいいんじゃないのか? エシア」

「え?」


 その時、気配を感じられたのは運が良かったからだろう。

 背筋が寒くなるような感覚に、エシアはシュナの樹に抱きつくように飛び退いた。

 地面に突き刺さった剣が、月光の下で刃をきらめかせる。

 息を飲み、エシアは白い木肌にすがった。一瞬でも遅ければ、剣が突き刺さっていたのは自分の体だったのだ。


「なっ! 何?」

「せっかくひと思いに殺してやろうと思ったのに」


 不穏な言葉を吐きながら、木々の向こうから現れた男を見て、エシアは既視感を覚える。

 濃紺のガウンに赤い肩掛けが揺れる。

 現れたのは、執政官ホーンだ。


「ホーン……」


 その名を呟くと、ホーンが嫌そうに顔をしかめる。


「記憶が抜け落ちていると聞いていたが、もう思い出したのか。お前の情報は少し遅かったようだな、アクスト」

「申し訳ないです。最も忌み嫌う事を思い出させて、それ以上の記憶を掘り返す事を止めさせようかと思ったんですがね」


 殊勝に一礼してみせたアクストは、面白そうにエシアに視線を向けてくる。


「アクスト……どうして」


 友達だと思っていたのに、どうしてそんなに楽しそうに、エシアが怖がれば良かったのにと言うのだろう。

 短い問いに含まれた疑問を、彼は正確に読み取ったようだ。


「最初からだよ。君が、俺のいる村に来た。それを追って来たそこの執政官殿の部下とね、俺は取引をしたんだよ。聖女選定の一番やっかいな相手である、君を監視するのと引き替えに、聖域の役人にとりたててもらうって契約でね」

「どうして私なんかを監視するの?」


 尋ねると、うーんと少し考えたアクストは

「どうせ死ぬんだから、友達だったよしみで教えてあげよう」

 と切り出した。


「あの時、ホーン執政官は軽傷で済んだ。だから君を早々に始末したかったんだが、殺されそうになれば聖女シュナの力が守るだろうし、全てを思い出してしまうかもしれないじゃないか。だから君が思い出さずにいるのなら、執政官殿の娘が聖女になるまでの間監視さえしておけばいいと判断したんだ」


 シュナの力を引き出させず、ホーンの息のかかった者が聖女になった時、あらためて聖女に罪人としてエシアを殺させればいいとホーンは考えていたらしい。

 聖女の力に対抗できるのは、聖女だけだからだ。

 が、エシアはレジオールに見つかってしまった。


「聖女になりうると知られて保護されると厄介だからね。レジオールが殺してくれるのを期待して、君とリグリアスの向かった方向を教えたりもしたんだけど」


 が、エシアは聖女の力を覚醒させてしまった。

 当然レジオールは、その力を見てエシアを聖女として聖域へ迎えてしまったのだ。


「こうなったらなんとかして、全て思い出す前に死んでもらうしかなくなったんだよ」

「おしゃべりはそこまでにして、早く始末しろ」


 ホーンに命じられ、アクストは「はいはい」と応じる。

 アクストは腰に下げていた剣を抜き放つ。レジオールがうめき声を上げた。それを見ながら、ホーンが余裕の笑みを浮かべる。


 こわくて言葉も出ず、エシアは背後のシュナに心ですがった。

 だけどあの時は心に溢れる想いまで伝えてきたシュナは、何も応えてはくれない。

 自分が拒絶したせいだ、とエシアは青ざめる。

 リグリアスの事を伝えてほしい、エシアの目を通して外を見たいと言ったシュナの願いを、流れ込んでくる記憶が恐くて拒絶したから。

 シュナは、エシアを護ろうと言ってくれたのに。

 何も出来ないエシアに、アクストが一歩近づく。


「死出の旅路にもう少し教えてやろう。生への未練をひきずって霧海を漂うことなく、星振に還ってもらうために」


 アクストは慎重にもう一歩進む。

 エシアは唇を噛みしめながら、自分でまた星振を生み出せないか考えていた。あの船の上で、リグリアスに加勢するために星の核の星振を一筋操れた。

 もう一度同じことができないだろうか。


「そもそも、聖女が樹になるだけなら、星の核の作用だからと思うだけだっただろう。しかし聖女の力を他人が使うなどなかったことだ」


 慎重に間合いをつめてゆくアクスト。

 その動きにエシアは違和感をおぼえる。

 星振を扱えないと聞いているなら、ひと思いに剣を突き刺せばいい。

 けれどそうしないのは……さきほど星振鳥が現れてエシア達を運んだように、エシアの怯えを感じ取ってシュナの力が発現するのを警戒しているのかもしれない。


「探り当てたのは、聖女に関する記録の中だ。八代目に一人だけ特殊な聖女がいた。八代目は星の核を飲むことなく、聖女としての力を振るっている。そのため、長くとも十年しか在位できずに死んでいく聖女の中で、八代目だけは十五年も聖女の地位にあった。そしてリグリアスが、その記述について調べていた事も執政官殿達はつきとめている」

「……他の聖女の力を使えるようになった者は、他にもいたと?」


 レジオールが苦しげに問う。アクストが足を止め、嬉しそうに「そうだ」と応じた。


「いいねぇ聖女の騎士様の知らない事を俺が知ってるっていうのは」


 それを見ていたホーンが割り込む。それを調べたのは自分だと言いたげに。


「あの日見た状況からすれば、そうとしか推測しようがないだろう。しかしなぜそんな事が可能なのか。儂らはその秘密の解を得たのだ。そして……八代目は死の大地に降りたってその力を手に入れたという記述が見つかった」

「死の大地?」


 エシアは呟く。

 死の大地といえば、霧海の下に広がる星の核そのものだ。


「ずっとあの忌々しいリグリアスが隠してきたようだが、私の情報を甘く見て貰っては困る。この娘は一度、死の大地へ降り立ったのだ。そうだろう? エシア・クレイデル」

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