真実を告げる音
第29話 新たな事実 1
記憶が蘇った瞬間、エシアは何かが自分の中に流れ込むのを感じた。
そして一番手近にいた、レジオールの剣が輝く。
「なっ……!」
驚くレジオールの前に、青銀の翼が広がった。レジオールの剣が鳥の姿に変化したのだ。
暗い部屋の中、鮮やかな光に目を奪われそうになる。
レジオールは問う眼差しをエシアに向けてきた。エシアが呼び出したのだと思ったのだろう。けれど違う。
――――これはシュナだ。
思い出したから、危機を悟った彼女が鳥を呼び出す力を送ったのだとエシアは感じた。
そして鳥は、エシアの意志とは別にレジオールとひとまとめにその足で掴み、ベランダ窓をさらに大きく破壊して外へと飛び出した。
「リグリアス!」
一人置いて行かれる形になったリグリアスだったが、鳥に意識を奪われた二人を剣で一凪ぎする姿が見えた。
「彼は平気です。もっと多い人数が束になってかからなければ、彼を殺すことは難しい。むしろ庇う相手がいない方が彼はやりやすいでしょう」
一緒に鳥の足で掴まれていたレジオールが、エシアに保障してくれた。
さらに何かを言おうとして、レジオールは咳き込んだ。
星振鳥の体の輝きが明かり代わりになって、口元を抑えた手についた血が見える。
「レジオール、どうして?」
「油断していました。飲み物に、少量ながら星の核が混入されてました」
「なっ……」
では、レジオールは内部から体を蝕まれているのだ。けれどエシアのよりもずっと症状が激しい。
「なんで血を吐くの? 熱が上がるんじゃないの?」
「女性は、という限定がつくんですよ」
星の核の持つ星振との親和性なのか、女性は死ぬとしても浸食度合いがゆるやかだ。
「だから聖女なんですよ。女性にしかなれないから……っ!」
「わっ!」
話しているうちに、星振鳥は目的地にたどり着いたようだった。
その姿が空気に溶けるように消え、エシアとレジオールの体が地に投げ出される。
シュナと飛んだ時よりもずっと乱暴だ。
けれど腐葉土の上だったので、それほどひどく痛まなかったのは幸いだった。
起き上がったエシアは、そこがどこなのかに気付く。
聖域の森の中。
海潜樹に囲まれた場所に、一本、白い樹が立っている。
その幹は、まるで背後の海潜樹によりかかるように伸び、一度二股に分かれた幹が再び一つにひねり合わさり、天高く枝を繁らせていた。
今のエシアなら、この樹が一体何なのかがわかる。
白っぽい木肌に藍と緑の葉が混在している不思議な樹。葉先から光の雫をこぼすには、まだ年数を重ねなければならないのだろう。
これは星樹だ。
そしてシュナがその身を変えた樹。
「ここは、エシア様がシュナ様と失踪した後、発見された場所ですね」
レジオールも、この星樹を目印に一ヶ月前の事件を覚えていたようだ。
エシアはうなずき、彼に教えた。
「あれが……星樹が、シュナ様なの」
「は!?」
レジオールの声が裏返る。
にわかには信じられないだろう。人が樹になるなど。
けれどエシアは見ていた。ずっと側にいたのだ。
「あたし、ようやく思い出した」
ぽつりぽつりとエシアはレジオールに話した。
シュナの星振鳥に乗ってここまで来たこと。シュナがうごけなくなって、樹になってしまったこと。
そこへリグリアスとホーンが現れ、ホーンに追い詰められたシュナが……なぜか星振で力まで通じ合うエシアの体を使い、ホーン達を倒した事を。
「星振で力が繋がるなど……」
レジオールは呆然とつぶやく。
しかし再度咳き込んで手を汚した彼は、自らの血で赤くなった手を見つめて言った。
「けれど星の核について、まだ私達が知り得ないことが多くあるのも事実です。飲み込んだ時の男女差にしても、小さな欠片でさえ大きな星振を生み出せることも、誰も解き明かしてはいない……ならば、人が星樹に変化することすらあるのかもしれません」
かすれ声に不安になり、エシアはレジオールの傍らに近寄る。
「あの……大丈夫?」
エシアと同じ症状ならば具合の悪さなどの予想がつくが、男性が星の核を飲み込んだ場合はどうなるのかわからない。このままにしていいのかと不安になって尋ねた。
「聖女の星振があれば、すぐに消せるでしょうが……やり方は思い出せますか?」
言われ、エシアは考え込んだ。あの時はシュナが星振を操って、エシアは出口として使われただけだ。
わからないと言いかけ、ふと思い出す。
「三日前、そっちの船を沈めた時には、リグリアスがどうにかして星振を引き出してたみたいなんだけど……レジオールにもできる?」
「やってみましょう」
レジオール咳き込みながらも、手に握って持ってきた剣を地面につきたてる。柄を握りしめて何事かを念じた。
エシアは何かが起きるのをじっと待った。やがてレジオールがため息をつく。
「シュナ様との契約をたどって力を使えないか試しましたが、どうも違うようです。やはりあなた自身と契約を結ぶことが必要みたいですね」
「それは好都合」
レジオールに応えたのは、エシアではなかった。
はじかれるように振り返った時には、レジオールは空気の固まりに襲われていた。
「ぐ……こふっ」
離れた場所へ吹き飛ばされたレジオールは、立ち上がる前に灰色の縄で首をしめられた。
「やめて!」
エシアは信じられない光景に、叫ぶことしかできなかった。
「レジオールを離して、アクスト!」
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