第25話 告白

「星の核がない……」

 

 エシアは部屋の中、独り呟いた。

 体を破壊するほど星振を放ち続ける星の核。

 それがなくなるというのは、どうしてだろうとエシアは考えた。


 治療をしようとしていたフィナリアも首をかしげながら、治療自体が一体どういうものであるのかをエシアに教えてくれた。

 星振を打ち消すために、他人からの星振を星の核にぶつけるのだと。


「そんなこと、した覚えはないんだけどな」


 部屋の隅に置かれた寝台の上で、エシアはころりと横向きになる。

 頬にあたるのは、柔らかな鳥の羽を詰めた枕。体を包むのは、同じように鳥の羽を入れた暖かな上掛けだ。毛布と厚手の布の中に綿を詰めた寝具よりも暖かいのに軽くて心地よい。

 寝台自体も両手を広げたよりもまだ広かった。

 寝間着として用意されていた服も、青いつるつるとした布でできている。


 けれどエシアは目が冴えて、眠れる気がしなかった。

 だからつらつらと、今までのことを思い返していたのだ。


 確かに、星の核を飲み込んだ当初は具合が悪くて死にそうだった。

 少し緩和されたのは、リグリアスに飲ませてもらった薬のおかげだ。あれの効用も、フィナリアの治療と同じことだという。星の核に反発する星振を発するよう、調整された薬を飲み込むことで、星の核の力を削ぐのだという。

 次に飲み込んだあと吐き気が納まったのは、恐ろしいことに自白剤だ。

 レジオールに尋ねたら、平伏して謝罪された上で説明してくれた。あれも星振で効果を調節した薬だったので、星の核の力を抑える作用をしたのかもしれないとのことだった。

 その後、


「星振を使った後で……寝込んだけど、熱もほとんど引いたんだ」


 けれど聖女の使う星振は、体内に取り込んだ星の核を共鳴させてその力を増幅するもの。

 だから星の核の力を増幅することになるから、体を蝕まれるはずだ。


「だから聖女は、星振を使うほど死期が近づく」


 フィナリアには「お気を付け下さい」と言われた。

 まだ残っている小さな星の核でも、人間のかよわい体は浸食されてしまうのだと。

 島を救う要請がない限り、むやみに星振を使わずに過ごすようにと言われたのだ。


「そうはいっても……」


 どう扱って良いのか、未だにわからないのだ。

 星叉環をレジオールに持ってきて貰って鳴らしたりもしたけれど、あの恐ろしいまでの星振は一向に呼び出せる気配がしなかった。

 なんなんだろう、あたし。


 呟こうとしたエシアは、物音がして我に返る。部屋の中を見回した。

 エシアがいるのは一階の部屋なので、庭へ続く大きなベランダ窓がある。そこから入り込む月の光の中、見慣れた人影が立っていた。


「リグリアス!? もう謹慎は終わったの?」


 エシアは思わず起き上がる。

 裸足のまま床に降り、リグリアスに向かって駆け出そうとした。

 けれど数歩も進まないうちに、同じように歩み寄ってくれたリグリアスに抱き留められる。

 ほんの三日離れていただけなのに、彼の香りが懐かしくて、エシアは思わず涙ぐみそうになった。


「裸足のまま歩くな」

「う、あの、ごめん」


 じゃあ靴のある寝台まで戻ろうと思ったが、リグリアスが離してくれない。

 エシアは焦った。

 リグリアスの腕が痛いほど自分を締め付けて、だけど彼の気持ちが全部自分に向いていると感じられて嬉しい。そう思う自分が恥ずかしかったが、やがて慣れてくるとリグリアスの行動に首をかしげた。


「リグ……」

「今すぐ聖域を出ようエシア。聖女にならなくてもいい。俺の事なら大丈夫だから、いますぐ一緒に逃げよう」


 熱烈とも言える逃亡の誘いに、エシアは自分の心が揺れるのを感じた。

 リグリアスが一緒にいてくれるなら、ついていきたい。

 けれど一方で、自分のことを気遣ってそう言ってくれているのだと思った。


「ううん、いいの。今まで同情ばかりさせて……頼ってごめん。星の核もなんでかなくなりかけで体調崩すこともないっていうし、もう一人で大丈夫だから気にしないで。もし聖域にいるのが辛いなら、リグリアスだけここから出てくれてもいいから」

「違う!」


 今までにない激しい声に、エシアは思わず縮こまった。


「リグ、なん……」

「同情って何だ!? お前にそんなことを言った覚えはない」

「だってリグもわたしも家族や友達みんな亡くしたわ! 昔のこと懐かしめるのはお互いだけじゃない。だから気を遣ってくれてるんでしょう? でも無理しなくてもいい……」

「崩壊したのが故郷だと知って、お前が落ちたのを見て、俺がどんなに苦しかったと思うんだ。お前を助けられないなら、俺も死んでも良かったんだ!」


 左腕で包み込むように抱きしめ、逃れられないように右手が頬に添えられる。


「俺が言えずにいたから勘違いしたんだな? なら分からせてやる」


 その言葉のすぐ後に、唇にやわらかな物が触れた。

 思わず目を閉じてしまったエシアは、ざらりと唇を舌先で撫でられ、首筋が震えるような感覚に襲われた。

 驚いた隙に、より深くまで侵入を許してしまう。


 お互いに、言い訳のできないキス。

 エシアは拒まないことで、自分の好きという気持ちを伝えてしまった。

 リグリアスは彼女に何度も口付けることで、間違いや同情などではないと示した。そしてエシアが息を切らせた所で、ようやくリグリアスが顔を離す。


「警護官になって、三年経つと宿舎を出て聖域のどこかに自分の家を借りて住めるようになるんだ。そうしたら、大手を振って迎えに行くつもりだった。それが、エシアの父さんとの約束だったから」

「父……さん?」


 ぼんやりとした頭で、エシアは反芻する。

 エシアの父と、リグリアスが約束をしていた?

 いつの話だろうとエシアは思う。疑問はすぐにリグリアスが明かしてくれた。


「俺が警護官になるため、島を離れた時。お前を連れて行きたいと許可を求めたら、そう言われた。言われてみればあの時は俺も焦りすぎていた。お前はまだ十四歳だったし」

「あ、あたし何も知らなかった……」


 エシアは呆然とする。そんな約束が、自分の知らない間にされていたなんて。


「エシアの父さんの気持ちもわかる。娘を遠くへ連れて行かれるのは寂しかったんだろう。でも、あの時連れて行くべきだった。そうしたら今、こんな事にはならなかったはずだ。だから……エシア」


 リグリアスが、エシアを見つめてくる。

 射すくめられたようにエシアは動けなかった。視線の強さに、体が熱くなる。


「もう後悔はしたくない。聖女にならずに、一緒に遠くへ行ってくれるか?」


 二人だけでいられる場所に行こう。そう誘われて、エシアは心が震える。


「でも、あたしでいいの? あたし、なんでシュナ様の記憶があるのかわからない。だけどエシアとしての、聖域で過ごした記憶がどこにもないのよ。もしあたしがエシアじゃなかったら……」


 リグリアスの告白は、受け取るべきではない。

 そんなエシアの逡巡に気づいたリグリアスは、はっきりと言った。


「大丈夫だ。お前は間違いなくエシアだ」

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