第26話 その時の記憶

 今、唯一真実を知っている彼がそう保障した。


「訳あって俺はこの一ヶ月、お前から距離をおいていた。けどそうすべきじゃなかった。もっと強く、お前がエシアだと刻み込めばよかった。そうしたらお前だって、こんな疑問を持たなかっただろうに……」

「なんで距離を置こうと思ったの?」


 そこが一番解せなかった所だ。

 だからエシアは自分は同情されて保護されたのだと思い、シュナの記憶を見るようになってからは、自分がエシアではないと彼が知っているからこその態度だと思っていたのだ。


「お前に思い出してほしくなかったんだ」


 リグリアスはうつむいた。


「あの日のことは……実際に何が起こったのかは、俺も確かにはわからない。お前を見つけた時にはもう、何もかもが終わっていたんだ」


 ただ、とリグリアスは顔を上げた。エシアの目をまっすぐに見る。


「苦しんだ末に、記憶を無くしたのを俺は見ていた。だからお前を記憶から遠ざけようと、その場に居た俺も深く接触するべきじゃないと思ったんだ」


 全て、エシアのためだった。

 自分のために何もかもを飲み込んで、リグリアスは口をつぐんでいた。

 そうしながらも、エシアを人知れず守ってきたのだ。


「ごめんね。リグ一人にずっと悩ませてたんだね」


 気づかなかった自分が悔しい。

 そしてリグリアスの気持ちを束縛だと思い、不安からその手を振り払って自ら聖域に来た自分が、どれほど酷いことをしたのかわかった。何度謝っても足りない。


「いい。俺が何も言わなさすぎたんだ。それより早くここを出よう」

「うん」


 促したリグリアスが、エシアを抱きしめていた腕を離してくれる。

 エシアは急いで荷物をかき集めようとした。

 それに服ももう少し着なければ。

 いくら星の核で体調を崩す恐れが低くなったとはいえ、体は本調子ではない。夜風にあたって風邪をひいたら、リグリアスの足手まといになってしまう。

 しかし、そんな暇などなかった。

 ガラスが砕け散る音と共に、エシアはリグリアスの背に庇われた。

 響き渡る三重の星振にエシアは息を飲むが、リグリアスが剣を抜きはなって音を切り裂く。


「何者だ!」


 リグリアスの誰何の声に、いつの間にか侵入した三人の男が笑う。

 黒い外衣を纏い、口元を覆った彼らの姿は、月光の頼りない光では正体が判別しにくい。


「さすがは聖女の騎士の持ち物だけある。星振を切り裂く力は、聖女亡き後も剣に残っているようだ」

「――――死ね」


 リグリアスは彼らと話し合うつもりすらなく、宣言だけして走り出す。

 その手に持つ剣が一人を捕らえた。

 悲鳴を聞いたとたん、エシアは足がすくむ。

 リグリアスの横をすり抜けようとした一人は、彼に気づかれて足払いを掛けられ、転倒した。止めを刺そうとしたリグリアスは、残る一人の星振が生み出した炎を避け、転倒した敵から遠ざかる。

 エシアは思わず呟いた。


「あの時と……同じ」


 おそらくエシアは、シュナを庇いながらもそれ以上動けなかったのだ。

 震えて、立っているのが精一杯で。そして結局シュナに救われたのだ。

 エシアは唇を噛みしめた。震えよ止まれと手を痛いほど握りしめる。でも怖くて動けない。

 リグリアスに加勢したくても、咄嗟に星振を操ることもできない。その間にも、再び二人の敵はリグリアスを翻弄し、エシアに向かって今度は星振の雷を放つ。


 ――――避けられない。


 エシアが目を閉じたその時、地を這うような音が耳に飛び込んできた。

 音がエシアを包み込むようにしてとりまくのを感じ、目を開く。

 同時に、エシアに襲いかかった雷が白い霧のような膜に弾かれて消えるのが見えた。


「え?」


 誰が、と思ったエシアは、呼ぶ声に扉の方を見る。


「エシア様! こちらへ!」


 扉から入って自分を呼んでいたのはレジオールだった。

 けれど彼も唇の端から血を流し、足元がふらつくのか、扉の枠に寄りかかっていた。

 その光景を見た瞬間、エシアの脳裏を何かの記憶がかすめた。


(何かに……似ているような)


 リグリアスが、レジオールの元へエシアが行けるように、二人の敵をベランダ側へ大きく押し返す。

 エシアもレジオールの元へ走るべきだと思った。

 けれど足が動かず、それを察したレジオールの方がエシアに駆け寄ってくる。


「エシア様!」


 再びエシアの頭の中で、断片的な記憶が泡のように浮き上がっては弾ける。


(あのとき、呼んで駆けつけてくれたのはリグリアスだった)

(あたしはやっぱり足が動かなくて)


「エシア様、大丈夫ですか!」


 たどりついたレジオールが、エシアを体で庇うようにして背後に守る。

 その時リグリアスが、敵の一人の攻撃を左手に受けてよろめいた。


(誰かが、それでも守るからと言ってくれた)



 ――――助けてあげる。だから明け渡しなさい。


 そう言ったのは、シュナだ。

 彼女の言葉を思い出したとたん、エシアの中に押し込められていた記憶が蘇った。

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