真実の記憶

第21話 聖域へ 1

 エシアは、夢を見て思い出したことをレジオールに語った。

 最後の日に、シュナとエシアが逃げなければいけなかった事情を聞いたレジオールがうなずく。


「あの日、確かにシュナ様はひどく体調をくずされていました。……失礼致します」


 そしてエシアを抱き上げる。


「えっ?」


 意外と幅広の肩に頬を押しつける形になったエシアは、至近距離で微笑むレジオールに目を丸くした。


「ここから一気に聖域へ上がります」


 短い説明の後、りん、と鳴る星振と共にレジオールの背に青い翼が広がる。そして空へ飛び上がった。

 一度リグリアスに背負われてそれを体験しているものの、心の準備ができていないうちの上昇に、エシアはひっと息を飲んだ。


 着港したばかりの船が遠ざかる。

 霧の海から突き出すように絡みながら伸びる星樹の根の、全景がよく見えた。一本一本が家一軒どころか、村一つ納まるかのような太さだ。海面と根が接するところには、人が後から小さな港があり、へばりつくように無数の船が寄港しているのがわかる。

 港へ着いた人々は、本来根に作られた長い階段を登るか、もしくは星振の力で一段高い場所にある聖域の大地へと向かうのだ。

 エシアは星樹に中空で支えられた大地に目を見張る。

 岩盤の下には星樹に混じって、海潜樹のものらしい根が張りだし、髭のようにだらりと垂れている。聖域を支える岩盤はかなりの厚みがあり、風をきって上昇を続け、ようやく大地の上の緑が見えた。


 レジオールは、一度聖域を見渡せる場所まで上がってくれる。

 エシアはその光景に感嘆の息を漏らす。島は、中心部に一際背の高い木と白い建物の町がある以外は、緑の樹に覆われていた。


「中心部が聖域府とそこで働く者の住む町がある場所です」


 レジオールは説明しながら、町へ向かって降下していく。

 途中、大地から飛び上がってくる警護官が何人かいたが、彼らは聖女の騎士であるレジオールだと確認すると、それ以上追求せずに通してくれた。

 聖域に行くと決めた際、先に鳥便を使って知らせを送っていたらしい。

 名前を告げるだけで、警護官達が察してくれたのはそのためだ。エシアにも会釈をしてくれたところから、きっと聖女候補を連れ帰るという話も伝わっていたのだろう。

 やがて見えてきた町の中心には、時計塔に似た建物が背の高い樹を囲んでいた。建物はさらに四方へ広がって上からだと放射状に見える。

 レジオールはその一角に降りると、エシアを中へ招いた。


「これが聖域府です。どうぞ」


 エシアは緊張に足が震えそうになりながら、レジオールに手を引かれるまま聖域府の建物の中へ入った。

 石造りの建物は、空気までひやりとして冷たい感じがした。

 内側も白い石壁で、こつこつと藍色の石を敷き詰めた床の上を歩く音が反響する。


「そうそう、お尋ねになっていたのは失踪の日のことでしたね」


 エシアがうなずくと、レジオールは素直に話しはじめた。

 エシアを聖女として扱うと決めたレジオールは、予想通り、従順にエシアの願いを聞いてくれていた。

 彼に導かれて聖域府の廊下を進みながら、エシアはその従順さを怖いと感じていた。まるで主と決めた人間に、盲目的に従う犬のようで。

 殺されかけたエシアとしては、そうだと分かる方が決して自分に刃をつきつけないだろうと安心できるのでいいのだが。

 一方で、これは確かにシュナが不安になるのもうなずけると思っていた。


 立場が変わってしまえば、再びレジオールはエシアを殺すことをためらわないだろう。

 完璧なまでに情に左右されない人を、友達や家族のようには信頼できない。

 あくまで部下として、自分がその地位にいる間貸与された道具の一つとしてしか扱えないのだ。

 守られていても、孤独さを感じただろう。


「シュナ様が意識を失われた後で、聖域の端がくずれているという報告を受けました。駆けつけた私やリグリアスは聖女の星振をお借りして、その崩壊を止めるべく星振を安定させようとしたのです」


 聖女の星振を使えば、小さなほころびならば騎士でも修復ができる。


「けれど聖女の星振そのものが乱れて、ひどく扱い難かった」


 リグリアスとレジオールは、それでも必死に島を修復した。落ちていく欠片を集め、再び大地として結合するように。

 けれど島の反対側でも崩壊が起きた。

 そこでレジオールは、この異変に違和感をおぼえたという。


「聖女の星振の乱れや弱りだけでは、あれほど聖域がくずれることはないはずなのです」

「どうして?」

「聖域を支えているのは星樹です。星樹は自身の星振でこの島を保っている。多少は聖女の星振の影響を受けているにしても、被害が大きすぎました。誰かが星の核を使った術で広げているとしか思えなかったのです」


 こうして島の反対側が崩れるというのも、リグリアスとレジオールを引き離す罠かもしれない。だからリグリアスとレジオールは、犯人を警戒した。同時に、シュナの元へ警護官を向かわせたのだ。


「けれど警護官がたどり着いた時には、お二人とも姿を消していたのです。当然、お二人を追い詰めた者達も居なかった。そこで……当時エシア様は聖女ではありませんでしたので、申し訳ないながらもまず、あなたがシュナ様を殺そうとする者達の仲間ではないかと疑いました」


 エシアが騎士のいない合間に、シュナを連れ出す手引きをしたのだと考えたらしい。

 だからエシアが手引きしたと思われる執政官を追い、レジオールは現場には間に合わなかった。


「真っ先にお二人の元へたどりついたのは、リグリアスでした。遅れて駆けつけた警護官は、立ち尽くすリグリアスと、血まみれのエシア様を見つけた……のは以前お話しした通りです。その後は、急に倒れたエシア様を抱えたリグリアスが聖域から立ち去ったことまでしか、私はわかりません。けれどその後、シュナ様の星振が感じられなくなったとたんに聖域の崩壊は収まりました」


 エシアは首をかしげる。


「そういえば聖女って、どうやってなるものなの?」


 その詳細までは夢でも見たことはない。

 シュナの夢は、リグリアスの騎士承認の儀式以前に遡ることはないから。

 リグリアスに聞いて置けば良かったと思うが、彼は聖域へ来る前から顔を合わせていない。聖域行きの船に乗っている間から謹慎という形になったからだ。

 それを決めたレジオールとしては、聖域でなるべくエシアを一人にしたくないらしい。シュナの夢で見た今だからこそエシアにもその理由が推測できる。


 ホーン執政官は、聖女シュナを殺そうとしたことが露見していなかった為、今でも聖域府にいて権勢をふるっているのだ。

 更に、まだ聖女として承認されていないエシアの言葉だけでは、彼の罪を追求することはできない。

 だからエシアが、シュナのように狙われることを恐れているのだ。

 リグリアスはエシアが聖女であろうとなかろうと守ると分かっている。だから戦力として確保するため、聖域へ向かう船に乗っている間に謹慎を終わらせて、聖域内ではエシアを守れるように、万全な体勢をとろうとしているのだろう。


「聖女選定の儀は、エシア様は省略となります」

「省略?」


 尋ね返されたレジオールは、美しい顔に苦い笑みを浮かべた。


「聖女選定は、三人以上の者が立ち会いの元、星の核を飲むのです」

「それじゃ死人が出るんじゃないの!?」


 思わずエシアは立ち止まる。

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