第19話 ~*~嘆き 1~*~
本当に彼女は頑固だ、とシュナは思う。
「あっちへ行って」
シュナは手で払う仕草で、エシアを遠ざけようとした。
具合が悪いくて気遣えない上、苛々して、八つ当たりしたくなる。それが恋敵ならなおさらだ。
我慢できなくなるかもしれないから、早く部屋から出て行ってほしかった。
「いいえ。おそばにいます」
人払いをしたシュナの部屋の中、頑としてゆずらなかったエシアだけが寝台の横に椅子を置いて座っていた。絶対にここを離れないという決意を込めてか、藍色のガウンの裾を膝上できつくにぎりしめている。
「リグリアスもレジオール様もいらっしゃらないのです。お一人にはできません。それにあたしでも、シュナ様の盾にぐらいはなれます」
その様子を見ながら、寝台に横たわったシュナはため息をつく。
最近体調が良かったせいか、シュナへの襲撃が続いていた。
贈り物が爆発するだけならまだしも、庭園では直接殺されそうになったこともある。
もちろんシュナが気づいてしまえば、星振によって防ぐことができる。リグリアスやレジオールも、暗殺者を撃退していてくれた。
けれど度々狙われるシュナに巻き込まれ、あげく邪魔者としてエシアまで狙われるようになってしまった。
おかげでエシアはすっかりと怯えてしまったかとおもいきや――シュナを死守すべしと意気込み始めたのだ。
そこでシュナは嫌なことを思い出す。
つい昨日のことだ。
エシアが狙われるのだけは困る。
彼女と一緒に聖域を出たいと言う、リグリアスの言葉を立ち聞きしてしまった。
その気持ちは理解できた。
シュナと違い、一介の使用人であるエシアに護衛などつけられないのだ。このままシュナの傍にいたなら、間違いなくエシアは犠牲になるだろう。
訴えを聞いたレジオールも、他の事が気になって専念できないのならと、代わりの者を探すと請け負っていた。
これも聖女を守ることが主目的のレジオールにとっては、当然のことだ。
エシアが人質にとられたら、リグリアスは聖女を優先することができなくなる。レジオールにとってリグリアスが障害となる可能性もあるのだ。排除したいのだろう。聖女を守るためにも……。
(……私ってほんと間が悪い)
聞かなければよかったと思った。
けれど心理的に衝撃を受けたせいでこうして寝込むはめになり、あげく聖域の端がくずれたらしいので、襲撃の黒幕だと思われるホーン執政官達も、今は誰もエシアを構う余裕すらないだろう。
そのせいでリグリアスもレジオールも、出払ってしまっているのだが。
仕方なくシュナは、目を閉じて眠る努力をしようとする。
しかしうとうとする間にも、小さな地響きが伝わってくる。壁がびりびりと振動するたび、エシアが怯えるのを感じた。
同時にシュナは聖地が崩れる星振を感じ、その度に小さな頭痛に苛まれた。
自分でもどうしてなのかわからない。
確かに島を支える星振が乱れ、その音に重圧を受けることはある。
けれどその星振の音で、シュナ自身が痛みを感じることなどなかったのだ。
どちらにせよ、こんな状態では眠りにくい。
ふっとため息をついて、エシアに話しかけた。
「ねぇエシア」
「何ですかシュナ様?」
用事をいいつけられるのかと、表情をひきしめるエシア。
彼女が一心に見つめてくると、小さな子供に懇願されているようなくすぐったい気持ちになる。
もしかしたら、リグリアスはそんな所を気に入ったのだろうか。聖女然とした自分よりも。
そんな事を考えながら、シュナはずっと気にしていたことを尋ねた。
「あなた、リグリアスと恋人同士なの?」
とたんに、エシアが顔を真っ赤にする。なのに首を横に振った。
「幼なじみなのでしょう? それにいつも仲良くしているようだし……私からはそう見えるのだけど」
ここまで穏やかに押しても、エシアはなぜか言うのをためらっている。
なぜなのかわからない。
「今は女二人だけなんだし、教えてくれたっていいじゃない?」
更にシュナが押すと、エシアはおずおずとだがうなずいた。
相思相愛かもしれない……と、自分で聞いておきながらシュナは微妙な気分になる。
そんな気持ちが顔に出ないようにしながら、最も気になることを尋ねた。
「告白はしたの?」
両思いだから、リグリアスはエシアの安全を優先したいのだと思ったのだ。
リグリアスはシュナのことを守り続けてはくれない。それはわかった。それならばいっそのこと、二人が両思いだと確認してすっきしりようと考えたのだ。
エシアの答えを想像するだけで、シュナの胸は痛んだけれど。
黙り込むエシア。
再び建物がびりびりと震えた。
やがてエシアは、うつむいて首を横に振った。そして思いがけないことを言う。
「あたしは彼の事を好きって言っちゃいけないんです」
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