第17話 夜の会話
そのまま、エシアは熱を出して寝込んだ。
一度起きた時、ぼんやりとした状態のエシアに、リグリアスがささやくように促した。
「エシア、薬だ」
けれど熱のせいか、胃の中がもたれるような感じがして、何も口にしたくなかった。
首を横に振って、そのままうつらうつらとしてしまう。
するとリグリアスが、困ったようなため息をついた。
その様子にエシアは怯え、少しだけ目が冴える。
リグリアスを困らせて……もし見捨てられたらどうしよう。嫌われてしまったらどうしよう。
見捨てられたら、エシアはこのまま一人で死んでしまうかもしれない。
レジオールに酷い目にあわされた記憶が、今になって蘇る。あの時はリグリアスを助けるためならと思った。けれど助かった今、もうあの時の覚悟は薄れて、ただ恐いと思う。
だからエシアは、嫌われたくない一心で「薬、飲む」と申し出てしまう。
リグリアスはほっとしたように薬を飲ませてくれた。
あの苦い薬だ。
少しかさついた指が唇に押し込まれる。
舌に触れたざらりとした薬の味に顔をしかめそうになったところで、すぐにリグリアスが水を飲み込ませてくれる。
ようやく飲み下して、ほっとしたエシアはさらに眠った。
ふと意識が浮上したのは夜だ。
さすがに真っ白な霧も黒い闇に染まっていき、船室の窓はカーテンが掛けられているのが、薄くだけ開いた目でも確認できた。
それだけ見てとると、まだこびりついている眠気に勝てず、目を閉じたままエシアはうつらうつらとしていた。すると、誰かが部屋を尋ねてきたようだ。
リグリアスと、誰か知らない人の話し声が聞こえた。
「星の核を飲み込んでの発熱。ならば聖女と同じですな」
……聖女と同じって何だろう、とエシアは思った。
聞き覚えのある声。ややあって、ようやく甲板で会った老人のものだとわかる。
「けれど俺の知ってる聖女は、熱が下がってばかりいましたが……」
リグリアスが不安そうな声で尋ねた。
「同じ事ですよ。星の核は異物なのです。通常ならば毒となって血を吐いて死んでしまう。けれど聖女となる方は違うのです。体力がある間は風邪と同じように熱を出して毒を排除しようとする。けれど体力がなくなれば、そちらへ熱を振り向けることもできなくなって冷えていく。だから聖女交代の指標とされたのは、熱が下がる症状なのですよ」
熱が下がる。
その言葉に、エシアは背筋が寒くなった。
シュナは――聖女は、熱が下がって体調をくずしていなかったか?
頻度が増える度に、彼女は死が近づいていると恐怖に震えていた。
なぜエシアが同じ症状を患うのだろう。星の核を飲んだからか?
でも確かなことは、このままでは発熱する体力もなくなって死ぬことだ。
死にたくない。
シュナが痛いほどそう願った事を、エシアは実感する。
死ぬのは恐い。誰かのためでもなく、自分で選べない死ならばなおさら。
「俺は聖女の騎士といっても、三ヶ月ほどしか側にいなかったので詳しく知らなくて……」
「誰しも、最初から全てを把握している者などおりませんよ。でもそれならどうして聖域を出てきたのですかな? あそこは権力争いこそ熾烈ですが、聖女の体を保つ技や薬は豊富でしょうに」
「どうしても、彼女をあそこから引き離す必要があったんです」
「けれど聖女は、聖域を出て長くは生きられない」
「エシアは聖女ではないんです!」
激昂したようなリグリアスの声。老人は困惑したようだ。
「けれどあの聖域府の者達の攻撃を退けた星振、そして貴方が扱えるということは、この方は貴方と契約した聖女なのでしょう?」
契約した聖女。
その単語に「ああ」とエシアは自分の疑問を言い当てられた気がした。
何度も見たシュナの夢は、彼女しか知らない事ばかりの記憶だ。あげくに聖女の星振を持っていて、リグリアスと契約しているならば、自分は『シュナ』なのか?
でも『エシア』の姿をしていて、エシアとしての記憶もある。
姿を他人に生き写しに見えるよう、変えられるという話も耳にしたことはない。だが否定したくても、この記憶や力に説明がつかなくなるのだ。
自分は一体誰なんだろう。エシアじゃないんだろうか。シュナなのだろうか。
(知りたい)
そのためには、エシアが失った記憶をとりもどすしかない。
でもリグリアスは思い出さないで欲しいと思っているようだ。きっと手がかりのある聖域へ行っても、思い出しそうな物や場所には行かせてくれないだろう。
何かから守るために。
エシアは、聖女じゃなかったらと願ったシュナのことを思い出す。
もしかしてシュナが望みを知って、どうやってか姿を変えたシュナをリグリアスが守っているのだろうか。それならばリグリアスが心苦しくなるほど自分を守ってくれる事に納得がいくのだ。
一方で、やはり『エシア』がどうなったのかを知らねばならないと強く想った。
でなければ、自分の記憶にも自信がもてず、頭がおかしくなりそうだった。
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