第12話 ~*~出会い 2~*~
次に意識が戻ってきた時、誰かがシュナの手を握ってくれていた。
暖かさに、自分を気遣っての行為だとわかる。
でも悲しい位に「違う」と感じてしまう。
何度か触れただけのリグリアスの手とは違う。ほんの一瞬だったのに、こんなにしつこく覚えている自分が嫌になるほどはっきりと分かるのだ。
「お気を確かに、シュナ様」
重たい瞼を開けば、そこにいたのはレジオールだった。
シュナのもう一人の騎士。ずっと騎士として、自分を守ってくれている人だ。
金の髪に彩られた細面の顔も美しく、最初は理想の王子様だとあこがれたこともあった。
けれど彼には心を預けるのは怖かった。心配そうな顔をしてくれるし、それは彼の心からのものだと思う。けれど、真実の意味では私を人間だとは思っていない人だ。
彼は【聖女】が存在すれば他はどうでもいいのだ。
一応人間としても扱ってくれる。女性への気遣いも見せる。
けれどそれはシュナが聖女である間だけのこと。
自分が聖女を降りたらどうする、と尋ねたら、彼はためらいもなく「新しい聖女にお仕えすることになります」と答えたのだ。シュナはただ人に戻り、その生活を守るのはその後に得る夫の役割だからと。
ただの一言だって、シュナ自身を惜しんではくれなかった。
その時にシュナの淡い初恋は砕け散り、以後は、もうレジオールを頼りにはできなくなってしまった。
……もっと自分がバカだったら良かったのだろうか、とシュナは思う。
そうしたら聖女という役職の人間を尊重してくれるレジオールが傍にいれば、それだけで満足できたかもしれない。
聖女だからと向けられる忠誠心や、心遣いに酔えたかもしれない。
まっすぐに自分個人だけを見てくれる相手を欲しいだなんて、無茶なことを願うわず、リグリアスを騎士にすることもなく、ひっそりと聖女の位を降りていただろうか。
「さ、お薬を飲んでください」
目覚めた時でないと、水も薬も上手く飲み込ませることはできない。
だから今の内にと思ったのだろう。
背を支えて抱き起こし、レジオールが二つの小さな緑色の錠剤を差し出す。
「粉はお飲みになりにくかったでしょう? 固めてみましたので、随分楽だと思います」
そう言って笑うレジオールの様子に、シュナは胸が痛んだ。
彼も悪気があるわけではないのだ。
シュナが聖女である限りは、何事からも守り、心を砕いてくれている。
わだかまりを、シュナが持ってしまっただけで。レジオールは悪くない。
それでも無意識に、薬から顔を背けてしまった。
「シュナ様……」
悲しそうなレジオールの声。それでも振り向けない。
かといって背中を抱えているのはレジオールだ。彼が離してくれない限り、シュナは毛布の中に逃げ込むことすらできないのだ。
一方でレジオールもシュナに強いることはできないでいた。
彼はたぶん、聖域で最もシュナの意思を尊重してくれる人だから。じっと待ち続けて、シュナがうなずくまで待ってくれるつもりなのだろう。
そこへ、部屋の中に入ってくる人がいた。
「シュナ様のお加減は?」
尋ねる声に肩が震えそうになった。
――――リグリアスだ。
レジオールが彼に困ったと説明する。
「お目覚めにはなったんですがね、シュナ様がお薬を飲みたくないとぐずられて」
「ああ、我が儘をおっしゃっていたんですね」
シュナは眉をひそめる。二人して人のことを子供扱いしているのだ。
「私は幼子ではありませんのよ」
思わずむくれて言うと、リグリアスがくすりと笑った声が聞こえた。
その響きに誘われるように、シュナは彼を振り返った。そこにあったのは、シュナが欲しかった、優しい笑顔だ。
「なら、飲んで下さらなければ、苦い薬が飲めない子供みたいな人だと、うっかり言いふらしてしまうかもしれませんよ」
「そっ、それはだめよ!」
なんて恥ずかしい。聖女がそんな噂をたてられるなんて。
とんでもないことを言う人だと、シュナは目を吊り上げた。
「ひどいわリグリアス!」
抗議したシュナに、リグリアスは気を悪くした風もなく肩をすくめてみせる。
「では薬を飲んでください。あと十数える間だけ待って差し上げます。いーち、にーい」
「ま、待ってよ!」
シュナはレジオールから薬と水をひったくるようにして、急いで飲み込んだ。確かに粉薬と違って苦さはあまり感じずにすんだ。
「あなたシュナ様の扱いが上手ですねぇ」
レジオールがほっとしたようにシュナを見ながら、しみじみと言う。
扱いって何なのよ……とシュナはいじける。自分は聖女なのに、犬猫みたいに言われるなんて、屈辱だった。
シュナの恨みがましい視線にも微笑んだまま、リグリアスはレジオールに答えた。
「昔、近所に妹みたいな子がいて。その面倒をみていたせいじゃないかな」
「妹ですか?」
まさか、あの少女のことだろうか、とシュナは思う。鳶色の髪の、リグリアスと一緒にいた女の子。
リグリアスは問いかけたシュナにうなずいた。
「幼なじみなんです。二つほど年下で。先日救って頂いた故郷の島で暮らしてたんですが、家と家族を失っていくところがないので、聖域で仕事を貰って働いているんです」
――彼女と話してみたい、とシュナは思った。
けれど現実的な壁がそこには横たわっている。
リグリアスの話によれば、彼女は聖域の庭の清掃をする、いわゆるお端下仕事をしているのだ。しかも星振官や執政官達とは関わりもない。そんな彼女と話したいと素直に告げても、侍女達が素直に連れてきてくれるわけがないのだ。
聖女様が掃除婦とお話をされたいだなんて……と眉をひそめるだろう。
そこでシュナは一計を案じた。
「私、新しい話し相手がほしいの。同じ年くらいの子がいいわ。余所から連れてくるのは大変だろうから、聖域に勤めてる子でいいのだけど、どうにかできないかしら、レジオール?」
そう願うと、レジオールはすぐさまシュナの願いをかなえるべく動いてくれた。
最初に連れてこられてきたのは、予想通り星振官達の縁者だった。
彼女達を「こうじゃない」「もっと違う人を」と断り続け、ようやく聖域に他の該当者がいなくなったのか、彼女が現れた。
やけくそ気味な態度で侍女に連れて来られた彼女は、名前をエシアと言った。
「助けて下さった、聖女様には本当に感謝しております。ありがとうございました。家も家族も無くしてしまいましたけれど、働く場所も与えていただいて……。おかげで毎日、安心して暮らすことができております」
エシアはあの、シュナが救いそこねたルヴェイエ島の住人だ。
そして島を復元できなかったことも、シュナの力が弱まっていることも知らず、ただ命を助けてくれたと感謝してくれた。
実際に彼女を助けたのはリグリアスだ。彼の必死な様子に心を打たれて、シュナは自分の力で創り出した鳥を彼に与えただけ。それでも、鳥がいなければリグリアスはエシアを追っていけなかった。
だからシュナのおかげだとエシアは笑うのだ。
無邪気な笑みに、シュナは心がちくりと痛むのと同時に、嫉妬の炎がゆらめくのを感じた。そのせいか、いつもより体が暖かく感じられたほどだ。
「気にしないでいいのよ。でも良かったら、またこうして私とお話してほしいの」
体の中の炎に押されるように、シュナは彼女に申し出た。
「あなたの島の事を教えて? 私、あまり聖域の外に出たことがないのよ」
そうしてシュナは、頻繁にエシアを呼んでは話すようになったのだった。
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