Prologue-2.2


 水上都市ハルワタートは名前の通り水の上に浮く都市だ。

 メタトロニオス王国で最も魔術開発が進められ、涙の信託者オルクルでない者でも術が使える魔晶器の発展も著しい。


 自我を持つ高度な魔粒子生命体ルパーティクルが都市の警備をしていたり、上空を天蓋のように包んだり、地面のかわりでもあるこの透明な板も魔術によるものだ。


 目を凝らせば板の中の 魔力ルナートが複雑に、それでいて規則正しく電流のように流れていくのがわかる。

 だが、シロガネにそんなものを確認する余裕などない。


 耳で兵士の位置を聞き取り、特異な目で魔力ルナートの動きを読み取る。


 シロガネにとってあちらこちらに漂う魔科学のもの、特に足場の板は邪魔なものでしかない。

 兵士の持つ魔力ルナートや能力を知りたいのだが、板の中に流れる魔力ルナートが視界に入る。

 まったくもって余計な情報である。


 大通りへの曲がり道の角に立ち、首だけを回すと左回りの位置に幾つかの兵を見つけた。

 数人が涙の信託者オルクルでその者たちが指揮をとっている。


 ここを右回りすれば都の縁に出られる。

 都の縁とは上空の、足下の板の途切れる場所だ。

 その先は世界・アールマティの中で最も巨大な湖、タート湖が広がっている。

 ハルワタートはこの湖の中央に位置するのだ。


 湖に出ればこちらの勝ちだ。

 水を操る属性をも持つシロガネにとってなんの障害にもならないが、能力を持たない者もいる宗教軍の兵士はそうもいかないだろう。

 もし"水"属性の能力を持つ涙の信託者オルクルがいたとしても数は限られてくる。

 大人数では苦しいが少数なら術で何とかなる。


 問題はその都の縁までだ。


 都の縁は大通りの両端と港にしかない。どちらも人通りが多く、人の目が行き届きやすい。

 兵士からしても守りやすい位置だろう。


 だからこそ、問題なのだが。


 考えられた方法はただ一つ。強行突破だ。


 我ながらよくここまで生き延びられたものだと思う。それは強大な魔力と強力な術、それにこの特異な身体のおかげである。


 それが追われる理由の一つであるのだが。


 シロガネは術を発動するため、詠唱を開始する。


「―――七光り。無数の輝きて彼の者に降り注げ!」


 兵士の集まりの上空に黄の色の魔法陣が現れる。

 何事かと兵は上を向くが突如魔法陣から雨のように降る光の矢の餌食となる。


「おい!シロガネの仕業だ!!奴は近くに……グァッ!!」


 何とか光の矢から逃れていた兵に左手から出した火の玉をぶつける。

 これで都の縁にいる兵士の数人が駆けつけるはずだ。


 今のうちに、と細い裏通りを通り都の縁を目指す。


―――――――――――――――――――


 その様子を高台から見下ろす人物が一人。

 二十歳後半だろう男性で、赤茶の髪を肩につくかつかないかの長さにし、赤を基調に所々青が入った宗教軍の軍服を身に纏う。

 そして特徴的なのは――……赤い目。それと、腰に差す刀。


 青年はその刀に手をかけ、超人的な脚力で上空を駆けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る