第二話

魔術の都-1


 暗い裏路地は華やかな王都とは思えない程、浮浪人で溢れ、異臭が漂い、廃れた街を思い起こされる。


 そんなスラム街の中、ハンドベルの音が一回、間を置いて三回なった。それは不思議で不自然な程に美しい音色で、頭に直接響くようであった。


 それは、ここにいる薄汚い人々にも聞こえたのだろう。

 動ける者は音の聞こえた方向に歩き出した。残ったのは動けず、口から唾液を流しているものや、うつ伏せているものばかりだ。


 だがそこに、銀色長いの髪を揺らす者が一人。


 彼は薄暗いスラム街の中で、闇を照らす銀の光のように、この場では異質で異様だった。小綺麗、とは言えないが茶の上着、右手にはめた黒いグローブに左腕にはシルバーの腕輪。


 浮浪人ではない。だからと言って都民でもなければ貴族のようではない。どちらかというと―……旅人がしっくりくる。

 その旅人の視線の先は、この都と国の中で最も偉大な者が住む所だ。それは空に伸びるように高く、高い。見上げる首が疲れてくる。


―――遥か昔、世界アールマティに一つの星が落ちました。


 とある宗教の聖書の一節が聞こえる。


「――……とっとと終わらせるか」


 銀の髪をたなびかせ、彼は歩き出した。


―――――――――――――――――――


 商店街は区の中で最も騒がしくて最も活気があり、最も犯罪が起こりやすいとこだ。

 なぜなら、一般住宅街と商店街の建物の間にはスラム街が形成されており、飢えに悩まされている人々は金を持たずとも食料を得るため商店街へと足を運ぶ。


 窃盗、万引き、挙げ句は殺人が連日のように起こるこの区は、いつしか軍人が警備に回ってくるようになった。それで犯罪が減ればよいのだが、一向に減る気配がない。

 その軍人は手練れた者ではなく、軍学校から卒業したばかりの新隊者だ。犯罪の対処の仕方も危うく、暴力行為に走るものや知らん顔の者もいる。


――これだから最近の若者は。


 年配者の口癖も、これなら納得出来そうだ。だが、そうした制度を作ったのも年配者だ。

 世の中の皮肉と言ったところだろうか。


「お、リシアちゃん!今から学校かい?」


 今さっき通った食料屋の店主が笑いながら呼んだ。リシアは進めていた歩を止め、振り返る。


「おっさん。もう学校の講義は終わったよ」

「あれ、おかしいな。私立はともかく、国立のお得意さんは来てないぞ。…あ、リシアちゃんはサボリ魔だったか!」

「俺の興味が引かれる講義は終わったの。それに今日は色々あって学校には行けそうにないしさ」


 サボタージュと言われたらそうなのだが、リシアは興味のない講義にはあまり出ない。


 興味のある数学、化学や生物学は必ず欠かさず、場合によっては物理学や工学などの講義は出ている。基本は理数科目が多い。

 他は気分次第で、単位を取るために顔を出す程度だ。先生に、いい意味でも悪い意味でも目を付けられるもなんとか進級した。


「そーかいそーかい。色々あったのか」


 おっさんは言い訳にしか捉えてないだろう。もっとも、言い訳でしかないのだが。

 色とりどりの野菜や果物が並ぶ食料屋に近づき、リシアは尋ねた。


「それよりおっさん。この辺で髪の長い白髪の少年見なかった?年は俺より上っぽいんだが」

「白髪の少年?誰だいそれ。リシアちゃんの王子様とか?」


 一気に寒気と吐き気がリシアを襲う。


「そういう乙女表現止めてくれない!?特におっさんみたいな中年男性が言うのは気持ち悪い!」

「ひどいよリシアちゃん!」


 リシア『ちゃん』というのも実は気に入らない。だが何度言ってもこの店主は直す気は無く、面白がって言うので諦めた。


「とにかく、知ってんの?知っらねぇの?」


 リシアは荒々しく言う。軽く、ドスが入った。中年の店主も苦笑いを浮かべながら言う。


「ちょ、怖い怖いって…悪いけど知らない……!?」


 突然、言葉が途切れた。店に綺麗に並べられた果物を乱暴に手に取り、走って行く者がいた。


「ま、まて!このスラム街の鼠がぁ!!」


 おっさんは店から出て叫んだ。


 止まれと言われて止まる盗人はいない。

 その言葉の通り、万引きした子供はどんどん人混みに紛れ、早くも見えなくなった。店主は走らず、リシアの前で地団駄を踏んだ。


「くっそぉあいつぅ!!またやってくれたなぁ!!!」

「またって同じ奴に二回以上もやられてんの?なんか対処方法考えないとただの餌場だよ」


 リシアは言うも、店主は怒り収まらない口調で言う。


「じゃあリシアちゃん、なんで追いかけないの!涙の信託者オルクルなんだろ!?」

「ってもかなり早かったしな……俺の得意な術使って走るには人が多すぎるし、悪目立ちは勘弁してくれよ」


 メタトロニオス王国では、比較的涙の神託者は受け入れられているがそれでも忌み嫌われているのは確かだ。


――涙の神託者は力を暴走させがちで、傷は勝手に治るし……人じゃない!


 それが一般の人の見解だ。

 確かに魔力ルナートを行使して術を使ったり、中には力を持て余して暴走行為を行う者もいる。

 傷や怪我は普通の人より数倍も早く回復する。


 人類に分類されるのに、人々は力を恐れて「人じゃない!」と言うのだ。


 人前で術を使えば、人々に異端の目で見られる。たとえ、魔術が盛んなこの王都でも、同じことだ。

 それなのによくあの聖職者アルバはそんな偏見をものともせず、術を使ったものだと思う。一歩間違えれば批判の嵐になるのは必須だ。


 よくそんな勇気を持てたものだ。


「っはぁ… 一、二、三…三つも盗られた」

「いくらになるんだ?」

「174オーラム」


 店主は商品の前で肩を落とし、世界共通通貨の単位を口にした。この元、いくつ売れたら取れるかな… とも。


 リシアは別空間から財布を取り出す。


 この別空間をつくる術は、時空属性を使って作り出した特別な空間である。

 これは、魔晶器でも作れ、裕福な者なら持っていることがあるためこういう光景は珍しくはない。


 リシアは財布から200オーラムを、店のカウンターに静かに置いて、言う。


「じゃあ悪いけど、俺は白髪少年を捜さなきゃなんないから。おっさん、いつまでも落ち込んでんなよ」


 店主の肩を叩き、リシアは去った。

 別段、店主哀れんだわけではない。自分の不甲斐なさという罪から解放されたかったからだろう。


 店主が金に気付いたのは、リシアが人混みに紛れた後だった。

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