黄金の聖職者-3


 彼の言葉に、人々は戸惑った。


――本当に術を使う気か?

――失敗したらどうするのかしら。

――あの聖職者は本当にあの涙の信託者オルクルか?魔晶器で誤魔化す気かもしれん。


 言葉は言葉を混ぜ合わせ、疑問の声が口という口から溢れるほど出る。


 そんな中、涼しげな魔力ルナートの水を背にする彼の前に、一組の親子が前に出た。お世辞にも綺麗とはいえない服を着て、襟や袖が伸びきっている。

 子供は母の手を繋いで離さない。母がグイグイと歩くのに引っ張られ、躓き、転びそうになりながらもやっとの思いで青年の前に立った。


 もしかしたら、目が見えないのだろうか。


「黄金の聖職者様、この子は目の見えなくなる病気にかかってしまい、病院にも断られる状態です。もう既に、光を失ってしまいました。どうか、この子にもう一度光を見せて下さいませんか!?」


 涙の信託者オルクルの治癒方法といえば、属性の第十三番目、"癒"による身体能力向上治療だ。身体の傷や怪我などを人の自然治癒能力を術によって高め、治す。


 いかにも魔力ルナートの力で治しているように見えて、実はその人の生命力のおかげだ。

 とはいえ、この属性術は魔力ルナートの量で効果が変化する。痛みを緩和するもの、毒を無毒化するもの、傷の再生を早めるものなど、多種多様だ。


 だが、病院で断られる程重症な患者の目を治すことは、強大な魔力ルナートを持つ能力者でも難しいだろう。


 エンを連れて行っても良かっただろう、とリシアは今更ながらに考えた。エンも、我慢しているが怪我人だ。

 それに、夢もない酷い話だが、聖職者にとっての始まりのハードルとしては適任だったろう。


「――……分かりました。出来ることを尽くしましょう」


 長い沈黙の末、聖職者は返事をした。

 彼も、コレは難しいとは理解しているらしい。


 持っていた聖書をハンドベルの横に置き、両手を少年の見えない目の前に突き出す。浮かべていた微笑みすらを消し、目を閉じて集中をする。


 誰もが静かに、黙って金の髪の聖職者を見つめている。


 聖職者は詠唱を唱える。


「―――彼の者の光なき眼に、再び光の園を見せたまえ……」


 彼の手に光が現れ、少年の目を包んでいく。その光は光源のように明るく、眩しい。

 かなりの量の魔力ルナートを使って術を発動している。消耗が激しいのは確かだ。だが光が途絶えるまでは、彼は腕を下ろせない。


「くっ………」


 しばらくして彼の魔力ルナートが尽きたのか、術が完了したのか。もしくは、自ら出した力に耐えられなかったのか。

 どちらかわからないが、光が途絶えた瞬間、聖職者は膝を附いた。


 静かだったのが、長い無音になる。


 むせたような咳をして、聖職者の荒い息遣いが聞こえるようになって、人々はハッとした。


 少年はどうなったのだろうか。


 光が見えなかった彼は何度も瞬きをして、自分の手を見ていた。やがて首を動かし辺りを見渡す。


「母さん!僕、見えるよ!青い空も、白い雲も、サンサンに輝くヘメラ様も、母さんの顔も!!」

「なんてこと…本当に、本当に奇跡が起きたのね!」


 奇跡を起こしてクタクタになっている聖職者様を余所に、親子二人は抱き合い、喜びに満ち溢れている。

 ただ見ているのも何なので、リシアはエンと共に聖職者に近づき手を伸ばした。


「……すみません…」


 右手をエンに、左手をリシアに乗せ、彼はなんとか立ち上がった。


「…だっ、大丈夫ですか?」


 たまらずにエンが言った。彼は疲れの抜けない笑みを浮かべ、頷く。


「本当に涙の信託者オルクルだった…真の神託者だ!真の聖職者だ!!」

「奇跡の聖職者、黄金の聖職者よ!!」


 人々は黄金の聖職者に向け、讃美の言葉をかけた。

 かけまくって正直、何を言っているかよく理解出来ない。


 あの親子も、彼に向けて何度も何度も頭を下げ、感謝の言葉を口にする。


「いえ、彼の生命力と、女神オルフィスの力があってこそです。讃えましょう、彼の命を。感謝しましょう、女神様に」


 なるほど、確かに真の聖職者だ。

 怒りも自惚れもせず、こんなときも信仰する女神様のことを忘れてはいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る