Prologue-1.3


 涙の信託者オルクル

 左腕に魔紋章マラークと呼ばれる紋章をもち、そこから魔力ルナートを引き出し、属性として組み合わせ、術を発動する。


 その力を持つ者の総称。それが女神の神託を受けた者。


 魔力ルナートを持つ人は涙の信託者オルクルのみ。

 そうリシアは習った。


「……まだ生きてるか」


 巨大な猪の親玉は止まらない血をものともせず、地面の上でどうにか立とうと暴れている。


 術で仕留めた方が、楽か。


 リシアはエンに目配せをする。

 エンは武器を鞘に収め、頷く。


 抜いておけよ、と言いたい所だがそれが彼のスタイルと言うのだから仕方ない。

 いずれ、軍学校で厳しく矯正されてしまう。今のうちは自分の好きにさせておこう。


 リシアは術の詠唱にはいる。属性は、炎。


 異様な雰囲気に気付いたのか、魔物はさらに暴れる。暴れて暴れて、立ち上がった。


 しかし、スパンッと刃が空を切る。猪の後ろ脚は宙に飛ぶ。


「これ、さっきの仕返しね。あとこれは……」


 刀を鞘に戻し、先程リシアがつけたバツ印とは反対の面に移る。


「オレ自身に対する怒り!」


 もう一度鞘から引き出し、力を込めてリシアと同じバツ印をつくってやる。

 猪の魔物は奇声をあげる。そこに。


「―――熱せ紅蓮の炎、燃え上がれ!」


 術が出来上がったリシアの攻撃が加わる。 現れた炎は猪を包み、焦げた臭いが鼻を刺激する。


 最後に阿鼻叫喚をあげ、魔物は絶命した。


「ふはぁ…なんとかなったな。」


 そう言ってエンは座り込んだ。

 傷が痛むのか、腕を押さえつけ、呟いた。


「……酷なことしたな。ごめんな」

「魔物にたいしてか?」

「……ん?あぁ、うん」


 呟きが返されるとは思わなかったのか、エンの返答には少し間があった。

 リシアもエンのように座り、魔物を見る。


「この魔物にも…命があったんだよね。それを途中から自分勝手な怒りで奪ってさ…酷いことだなと思って」

「ことの発端は俺が下っ端やったとこだからな。怒って突撃したら、やられたんだ」


 リシアは話す。エンの黒い目は、同じ夜の目を見ながら言う。


「姉貴も謝っておく?」

「……人間の世界のルールは、人間に害なすものはその前に殺しちまえ、だ。それに、謝って何になる?自分の気持ちが軽くなるだけだろ」

「……うん、駄目?」


 エンは困ったように言うと、リシアも戸惑いながらも、俯いて言う。


「個人的には、お断り。相手の命が消えたのにはかわりないだろ。もう届かないものをしても、どうしようもないんだ」

「そうだけど……さ」


 エンは立ち上がり両手を口に当て、言った。


「ごめんなんていってごめん!そして怒り任せにやったのすまん!」

「なんじゃそりゃあ」

「だ……だって………」


 エンはまるで泣きそうな声で言う。それにリシアは笑って言う。


「こんなのが軍人になったら、世の中平和だねえ」

「ねぇ、褒めてんの?馬鹿にしてんの?」

「どっちもかな」


 と言ってリシアは大きく笑いだした。

 エンの頬が膨らむのも無理はない。

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